地下室に集められた人数は、ざっと計算しただけでも25名はいるだろうか。

そのほぼ中心にある地図を見ながら、エステルは周りに聞こえるぐらいの大きさで説明をし始めた。




「“血の丘”へ行くためには、ここ、鎖橋を渡らないといけないのですが、そこの監視塔には市警軍の下士官がいます」




 地図を指差しながら、1つ1つ指示を出していく。

その姿は、どう見ても17歳の少女の姿には見えなかった。




(頼もしいというか、リーダーシップを取るのが上手だと言うのか……)




 説明を聞きながらも、はエステルを観察していく。

最初に会った時から、いや、ここに来る前から彼女のことは気になっていた。

なぜなのか分からない。

 ただ、不思議と目が行ってしまうのだ。




「……そこで、鎖橋から南に位置ずる、エルジェーベト橋を利用しブダに入り、“血の丘”まで行きます。

そこで二手に分かれ、1つは火薬庫を爆破し、もう1つは私と共にナイトロード神父の救出にあたります」




『なかなかやるわね、彼女』




 エステルの声に耳を傾きながら、耳元に聞こえる声に、は心の中で1つ頷く。




(私やステイジアが思っていることと同じことを考えていたとなると、かなり頭の回転が早いと見たわ)

『そうなるわね』




「これで大丈夫かしら、ディートリッヒ」

「ああ。僕は問題ないよ。はこれで、問題ないかい?」

「ええ、私も大丈夫よ。……ああ、そうそう。エステル、これを使いなさい」




 何かを思い出したように、は先ほどの鞄から何かを取り出し、それをエステルに渡した。

それは、鏃から紐らしきものが出ている太矢だった。




「……これは?」

「鏃に特殊の催涙ガスと少量の爆薬が入っていて、爆発すると、白煙と共に相手の嗅覚を狂わせることが出来るの。

これを使って、神父様を助ける方法がいいんじゃないかと思ったんだけど、どうかしら?」

「使ってもいいのですか?」

「勿論。絶対に役に立つわよ。それと、ガスマスクを持っていかなくてはならないわね。

仲間まで被害を蒙ったら、大変ですもの」

「そうですね。人数分ありますし、問題ありません。……ありがとうございます、さん」




 嬉しそうに受け取るエステルに、は優しく微笑むと、それを返すように笑顔を送る姿は、

17という年齢以上に幼く見えて、なぜかは安心したかのように胸を撫で下ろしていた。

その理由は、結局最後の最後まで分からず時舞だったのだが、

普通の少女であったことにほっとしたのであろうと解釈してもおかしくなかった。




「それでは、早速作戦に取りかかりましょう」

「「おーっ!!」」






 拳を掲げた者達が、目出し帽やマスクをつけ、表へ出て行く。

 その輪に混じりながら、は髪を上げ、目出し帽を深くかぶったのだった。









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 エルジェーベト橋にいた市警軍の兵士は、予想通り手強い相手ではなかったため、

すんなりと中へ入ることが出来た。

連絡用の無線とかがあれば破壊する予定だったが、それすらなかったことに対して不審に思ったが、

今はそんなことより、吸血鬼であるハンガリア候ジュラ・タガールのもとから、

神父アベル・ナイトロードを救出することの方が先であった。



 王宮付近で2手に別れると、ディートリッヒを筆頭とした1つは火薬庫へ向かい、

残りは王宮の周りの草叢に隠れるように移動していく。

入口付近まで動いたエステルとが、お互いの武器を確認しながら、

王宮周辺を取り囲んでいる市警軍達の様子を伺う。




「入口にいるのは、わずか小人数のようね」

「みたいですね。……何だか、思ったよりも警備が少なくて、少しだけ拍子抜けしてしまいました。

やはり、主人が吸血鬼だからでしょうか?」

「……そうかもしれないわね……」




 エステルは安心しているようだが、としては疑問が残るところだった。

相手が吸血鬼だから、そんなに多くの警備は必要ないと考えたのかもしれないが、

それとはまた少し様子が違って見える。

まるで、こちらが相手に招かれているようだ。




「エステル、!」




 小声で、それでもエステルとにはっきりと聞こえる声が耳に入り、

2人は声のした方向へ視線を向ける。

そこから現れたのは、鳶色の目が印象的な青年の姿だった。




「ディートリッヒ、準備は万全なの?」

「ああ、大丈夫だ。いつでも作戦に取り掛かれる」

「そう。……それじゃ、早速始めましょうか」

「はい。ディートリッヒ、あれを」

「分かった」




 ディートリッヒが懐から、花火のついた小さな発射台のようなものを取り出すと、

2人から少し離れて、それを地面にセットし、端から除かせる細い糸に火をつけた。

パチパチという音がし始め、糸がどんどん黒い灰へと変わっていく。

そしてすべてが変わると、甲高い音と共に火薬庫に目掛けて発射された。

それを合図に、火薬庫の周りを取り囲んでいたパルチザンのメンバーが、

次々と花火を打ち上げて火薬庫を爆破し始め、あっという間に火の山へと姿を変えていったのだった。




「進入します!」

「了解」




 エステルの声と共に、とディートリッヒを含めた他のパルチサンが、

一気に王宮の中へと突入していく。

中にいる警備用の自動人形(オートマタ)が一気にこっちを向いたが、

雑用係用に作られた「彼女達」に戦闘能力はなく、

銃で数発撃たれただけで簡単に倒すことが可能だった。



 階段を一気に上り、目的の部屋の前へ辿り着く。

鍵が掛けられているのか、なかなか開くことが出来ない扉を、

エステルとディートリッヒ、の3人でおもいっきり蹴り破った。



 中では、火薬庫の爆発によって割れた窓ガラスに向かって歩き出したジュラが、

破かれた扉に視線を覗かせている。

そしてそこから少し離れたところでは、今にも死にそうな顔をしているアベルが床に這いつくばっていた。

その原因になっているものが、神父の目の前にあるテーブルの載っているものだと

気づくのに時間などかからなかった。




(な、なんて惨いことを……!)











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