「パルチザン!」
「撃て!」
エステルの合図と共に、目の前にいる自動人形が全身を蜂の巣のように穿たれ吹き飛ばされていく。
だが、対象物はそれではなく、この館の主人だ。
「ジュラだ! 雑魚は構わず、ジュラを倒せ!」
「汝は“星”か!?」
鋭い声を上げて石弓を引くエステルに、ジュラは真っ先に反応する。
太矢が相手の心臓目掛けて飛来していくが、ジュラはそれを“加速”を使って、
他の銃弾と共に避けていく。
十数発の銃弾は空しく貴公子の影を掠め、影の彫刻を石崩れの山へと変える。
その中で、ジュラはエステルが放った太矢をいとも簡単に掴まえていた。
「そら、返すぞ!」
獣のような叫喚が重なったジュラの声が、パルチザンの1人の胸に向かって飛んだ太矢と共に放たれる。
胸に太矢が刺さったパルチザンのもとから、
悪臭と一緒に矢柄に仕込まれていた硝酸銀の反応で煙が上がる。
「ラ、ラヨシュさん!」
「駄目だ、“星”! 彼はもう助からない」
エステルが慌てたように彼のもとへ行こうとしたが、それを阻止するかのようにディートリッヒが叫ぶ。
手にしている細身の機関拳銃をフルオートで銃弾を広間にばら撒きながら、
エステルに指示を送る。
「それより、早く神父を!」
「だ、だけど、ディートリッヒ……」
「彼の言う通りだ、“星”! こっちのことは心配するな!」
「急げ!」
ディートリッヒの言葉に助だしするかのように、も普段ではあまり使わない男口調で、
少しだけ声を低くしてエステルに言葉を飛ばす。
本当ならすぐにでも助けたいぐらいだったが、
心臓を確実に射られてしまっている状態では、いくら彼女でも治すことなど出来ない。
ここは諦めて、本来の目的を達成させることを優先させた方がいい。
エステルは唇を噛み締めて立ち尽くしたが、
すぐに頭上に上げていたガスマスクを面前に下ろすと、仲間に向かって指示を出す。
「みんな、掩護を!」
疾風のような素早さで走り始め、先ほどから受け取った
催涙ガス入りの太矢を石弓にしっかりとセットする。
ジュラが待っている広間へと走りこみ、素早く石弓の下のレバーを上下させる。
スプリングと梃子の力で貼られた弦が、ジュラの心臓に向かって太矢を勢いよく放つ。
「“星”! むざむざ殺されに来たか!」
予想通り、ジュラの手には太矢がしっかりと握られている。
しかし、その奇妙に膨らんでいる鏃が火花を散らしていることには
気づいていないようで、次に起こった爆発に大きく目を見開いた。
「……何!?」
小規模な爆発ではあるが、そこから出る白煙と催涙ガスによって視界と嗅覚を奪われる。
達も嗅覚を狙われないために、しっかりとガスマスクをしてそれに応じる。
「くそっ、小癪な真似を……。許さんぞ、“星”!」
“加速”を解いたジュラが、反射的に視界をめぐらし、
背の高い影に小柄な影が近寄るのを確認する。
その影に、もう1つ別の影が来たのはそれからすぐのことだ。
「2人とも、大丈夫か!?」
「こっちは無事だ。……ナイトロード神父、こっちへ! 外に早く!」
「げ、げほげほっ! な、何が……」
「窓の外に出すぞ、“星”!」
「分かりました。……せーの!」
「わわっ!」
とエステルは、わが身に何が起こったのか分からぬままの神父を窓の外に蹴り出すと、
その後を追うように、2人は同じ窓から外へ飛び出した。
中庭の一角、彼井戸のあるあたりで誰かがランタンを振って合図をしているのを確認し、
芝生にへたり込んでいたアベルを引きずり上げるように立たせた。
「あそこまで走れるか、ナイトロード神父?」
「はあ、何とか。……それよりエステルさん、なぜ、あなたがこんなことを?」
「…………」
どうやら、相手はエステルの存在に気づいていたらしい。
は一瞬驚きながらも、観察力の鋭い彼らしい発言に、
思わず感心してしまった。
「あたしとしたことが、お喋りが過ぎましたか」
ガスマスクを脱ぎ捨てたエステルが舌を打ったが、その間にも警備の市警軍が態勢を立て直したのか、
あちこちから叫び交わす声が聞こえて来ていた。
「おい、早くしろ! 他の部隊は撤退を始めている!」
涸れ井戸から身を乗り出しているイグナーツの声に、真っ先に反応したのはだった。
エステル同様ガスマスクを脱ぎ捨て、すぐに彼女を促す。
「エステル! 早くここから離れましょう!」
「分かりました! ……とにかく、今夜のところはアジトに引き上げます。
……神父さま、逸れないようついてきて下さい!」
「さあ、こっちへ!」
エステルとアベルを助けるかのように、はしっかりと2人の手を取り、
イグナーツが待つ涸れ井戸へ向かって走り出した時には、
背後の広間の煙幕が、次第に薄れつつあったのだった。
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