アジトである地下室に戻って数分後、そこは本来の目的を取り戻したかのような賑わいを見せ始めていた。

カラフルな民族衣装の男女がくるくると回っている一方で、

手回しオルガン(ハーディーガーディー)やアコーディオンの音に合わせて、口笛は手拍子でリズムをとる男達の顔は、

大量の火酒とワインのせいで火のように赤くなっていった。



 その輪を眺めながら、は壁際にあるカウンター席に座り、

お気に入りのウィスキーをロックで嗜んでいた。

初めてこの地を訪れた時に紹介してもらった店のものということもあってか、

懐かしい味が喉を通っていく。



 カウンターテーブルに寄りかかりながら、踊り回る人々を観察する。

いや、観察しているように見える。

実際に視線を向けているのは、その遥か50メートル先にいる神父とエステルだった。

そしてその耳に届くのは、その2人の会話だった。



 50メートルと離れているのに、には彼らの会話がしっかりと聞き取れた。

いや、正確には、アベルの周辺の会話がすべて聞き取れていた、と言ってしまった方が正しいかもしれない。

それはが、アベルにとってかけがえのない存在(・・・・・・・・・)だから、

という理由があるからだと言える。



 エステルからホットミルクの入ったマグカップを受け取ったアベルが、

口の周りを白くしながらお礼を述べている。

それに半分呆れながら、は手にしているロックグラスを口に運んだ。

耳元に聞こえる会話から、どうやらお酒はもう見たくないということで、ホットミルクになったらしい。

確かに、あの光景を見てからでは、同じ色合いの赤ワインを嗜むのは少し酷な話かもしれない。



 つくづく自分がウィスキー党でよかったと思いながら、

空になったグラスをイグナーツに渡し、本日2杯目のウィスキーロックを嗜み始める。

黙々と飲むわけにもいかず、時々イグナーツと会話をしながらではあったが、

アベルとエステルとの会話から耳を離すことはなかった。

そして、エステルをじっと見つめているアベルが少し気になっていた。




(……全く、こんなことで酔っていたら、この先、やっていけないわ)




 アルコールのせいにしたくはなかったのだが、めったにないことだっただけに、

は心の中でため息をついてしまう。

アベルに興味があった元同僚――任務中に命を落としてしまったのだが――の時でさえもなかった感情が、

こんなところで表れるとは思ってもいなかった。




(でも、アベルは観察力が鋭い人だから、普通に観察していただけかもしれないわね)




 そんな風に自分へ言い聞かせながらも、また耳を会話へ向ける。

どうやら、ディートリッヒを踏まえて、パルチザンがこれまでにして来たことや、

イシュトヴァーンの現状を語っているようだった。



 恐ろしいほどの美形であるディートリッヒに対抗してなのか、アベルがきっと顔を引き締める。

だがどうやら寒気でも起こったのかと勘違いされ、

エステルから毛布を掛けられてしまい、は思わずくすっと笑ってしまう。

それに気づいたのか、アベルがの方を見て、かすかに、だがわざとらしく睨みつけたため、

周りに気づかれないようにグラスを上に上げて合図を送った。

 「ご苦労様」、と言ったところであろうか。




「あんた、酒強いんだな」




 アベルに合図を送った直後、横から声をかけてきた男は、例の人相が悪い男だった。

確か名前は、エルケル・ヴァーミルと言っていた。

そう言えば 大災厄(アルマゲドン)”より遥か昔に、

エルケル・フェレンツというハンガリア王国出身の作曲家がいた。




「ウィスキーをロックで飲む女なんて始めてだぜ、大尉さん」

「『大尉』は止めて下さい、エルケルさん」

「俺もエルケルでいいぜ、




 最初の印象はお互い最悪だった2人のはずが、たった半日だというのに、

すでにこうやって酒を交わす仲へと変わっていた。

これも1つに、がどんな人でもすぐに仲良くなってしまうからであろう。




「それにしても、あの銃さばきはすごかったなあ。まるで、踊っているようだったぜ」

「そう言ってくれると嬉しいわ。ありがとう」




 優しく微笑めば、どんな男でもドキッとしてしまう。

エルケルも例外なく、そんなの笑顔に鼓動が思わず早くなりそうだった。




「そう言えば、。お前さん、待ち人には会えたのかい?」

「待ち人? 何だよ、それ、イグナーツさん?」

「昔会った時に、が言ったんだよ。『私には待っている人がいる。だから戦っているんだ』ってな」

「へえ〜。そいつって、男なのか?」

「さあ、どうでしょうね」




 が意味深な答えを返し、再びグラスを口に運ぶ。

そして、再びアベルの方へ視線を注いだ。






 待ち人は今、同じ理由で、同じ場所にいる。

 同じように、一緒に……。






さん、よろしいですか?」




 横から少女の声が聞こえ、がそちらに視線を動かす。

先ほどまでアベルとディートリッヒと共にいたエステルが、

彼女がいるカウンターまで来て声を掛けたのだった。




「ええ、大丈夫よ、エステル。どうしたの?」

「神父さまに、さんのことを紹介しておこうと思ったんです。ほら、同じローマ出身ですから、

安心するんじゃないかと思って」

「分かったわ、エステル。イグナーツさん、私の分、ちゃんと取っておいて下さいね」

「勿論さ、。こいつらに飲まされないようにキープしておくぜ」

「おいおい、イグナーツさん。俺ら、そんなに飲めねえって」




 エルケルの言葉に、他の男達から笑いがこみ上げる。

はそんな彼らに手を振って離れると、エステルと共にアベルとディートリッヒのもとへ向かった。




「神父さま。こちら、ローマの元特務警察特殊部隊大尉、さんです」

「初めまして、ナイトロード神父。神父様のことは、エステルから伺っております」

「初めまして、大尉。ずいぶんとおきれいな大尉さんですね〜。思わず見惚れてしまいます」

「お褒め頂き、恐縮でございます。どうか、『大尉』ははずして、気軽に名前で呼んで下さい、神父様。

もう退役している身ですから」

「それでは……、さん、でよろしいですか?」

「ええ、構いませんわ」




 ぎこちなく演技が出来るのがお互い不思議だったが、

特に気にすることなく自己紹介を済ませると、を呼んだエステルに事情を伺った。




「それで、どこまで話したの?」

「一通りはすべて話し終えました。……で、神父さま。この待ちにいる限り、

ハンガリア候からは逃げられません。特に今晩みたいなことがあったとなると……、

神父さまの為にも、以後は我々と行動を共にして頂きます。よろしいですね?」

「はあ。よろしいも何も、あんなことがあったんじゃ、もう私、教会には戻れませんしねえ……。

ううっ、一生、あなたについていくしかないじゃないですか」

「え!? あ、いや、一生ついてこられても迷惑なんですが……」




(確かに、この男に一生ついてこられたら、寿命がいくつあっても足らないわね)




 口にこそ出さなかったが、の突っ込みは相変わらず鋭かった。




「おお主よ、私の人生なんだか袋小路です。……あ、ミルクがない。すみません、

おかわりもらってきていいですか?」

「え、ええ、どうぞ。キッチンはそっちの階段を上がったらすぐです」

「私が案内しますわ、神父様。こちらです」

「ありがとうございます、さん」




 えぐえぐと泣きべそをかくアベルを連れ、は少し呆れながらも、彼をキッチンへと案内した。

宴会場を出るまでは他人の振りをしていた2人だったが、そこから出たあとには……。






「いつまでメソメソしているのよ、この泣き虫神父―!!」

「ウガーッ!!」






 の華麗なるどっ突きが炸裂していたのだった。











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