「全く、あなたって人は、どうしてそう、すぐにトラブルに巻き込まれやすいわけ!? 

もっと私やトレスを見習いなさいよ!!」

「そんなこと言われても、私だって好きでこんな目にあっているんじゃないんですってば!」




 人気のないキッチンは、すっかりの説教部屋へと化していた。

 ターゲットはもちろんアベルである。




「むしろ、私がこんな立場になったのがいけないんです。さんやトレス君の立場だったら、

絶対にこんなことにはなりませんって」

「アベルの場合、どこのポジションに立ってもトラブルを起こしそうな気がするんだけど、

そう思うのは私だけかしら?」

「うわっ、それ、酷っ!」




 小さな鍋で牛乳を温めながら、2人の口論にも似た会話は続いていた。

どんなに大声上げても、の部屋同様に防壁ガードを貼ってあるので問題はない。




「まっ、毎度のことだから、私もだいぶ慣れて来たけどね。今頃トレスも、同じこと思っているでしょう」

「本当、好きでこんなことになっているんじゃないのに、はあ、なんで私ってこんなについてないのかなあ」




 ふと窓を覗いてみれば、夜が明ける時刻なのか、外がかすかに青み始めていた。

時計があれば分かるのだが、ここに到着した時に列車に置いてきたため、

いつもより長く感じてしまう。




「久しぶりに田舎でゆっくり出来ると思ったら、初日からこれですよ。全く、体がいくつあっても足りやしない。

……ああ主よ、私の人生なんだか大変です」

「それは毎度のことでしょ、アベル」

<シスター・のおっしゃる通りですわ、アベル神父>




 とアベルしかいないキッチンで、突然耳元でしのび笑った穏やかな女性の声に、

アベルもも何の違和感を感じることなく、お互いに耳にしているものを軽く弾く。

の黒十字のピアスが、静かなキッチンに甲高く鳴り響く。




「こんばんは、シスター・ケイト。……いや、もうおはようございますかな?」

「そうなるわね。いつ、こっちに来たの?」

<到着したのは、ついさっきですわ。今し方まで、“ガンスリンガー”の報告を受けてたんです。

何でも、近いうちに、大規模な市警軍の作戦行動がありそうだとか……>




 昨夜の騒動のこともあって、この市警軍の対応の仕方は決して間違ってはいない。

きっと今頃、トレスは忙しく、その準備に取りかかっていることであろう。




「で、ケイトさん、“ガンスリンガー”は何と報告を?」

<それはまだ不明です。ただ、市内の教会に対して、監視が強化されることになったそうですわ>

「イシュトヴァーンにある教会は、確かアベルがいる、聖マーチャーシュ教会だけよね?」

「ええ。……ふむ、ではいよいよ圧力をかけてくるつもりかな?」

<カテリーナ様は、聖職者達の召還が望ましいと見ておられるようです。ただ、いま表立ってローマが動けば、

かえって相手を刺激することになるかもしれませんわね>

「となると、こっそり市外に脱出させるしかないですね。……難しいな」

<少なくとも、その準備だけは調べておくべきでしょうね>




 考えているアベルの前で、ミルクが入った鍋が沸騰をしている。

が慌てて火を緩めると、アベルがお礼を言って、何かを決心したように頷く。




「仕方ありません。それはパルチザンの皆さんの力を借りて何とか手配しましょう。さんや

“ガンスリンガー”の報告通り、彼らはとても有能なグループです」

「そうね。私もアベルの意見に賛成だし、心当たりはあるから何とかしてみるわ」

<シスター・、アベル神父、そのパルチザンのことなんですが……>




 わずかに曇った声に、アベルとも少しだけ表情を変える。

 どうやら、何か問題が生じているらしい。



<実は、1つ問題があります。先ほどの彼らの襲撃……、襲撃直前、市警軍に奇妙な動きが見られました。

火薬庫から、貯蔵されていた武器弾薬のほとんどが搬出されていたそうです。ちょっとタイミングがよろし過ぎますわね>

「……こちら(パルチザン)側の情報が漏れていた?」




 耳元に聞こえる新たな声に、アベルが目を顰めさせる。

だがは、前から分かっていたかのように、特に変化することはなかった。

ついに動き出したようだ。




「……アベル、ケイト。私、言わなくてはいけないことがあるの」

「言わなくてはいけないこと?」

<何ですの?>

「……実はこっちに来る途中で、ステイジアがパルチザン側に、敵の情報提供者が紛れ込んでいる

という報告を受けたの」

「敵の情報提供者が?」

<それは、どなたですの?>

「それが、まだそこまで分かっていないの。今、スクルーに頼んで調査中よ」




 本当は該当者が誰で、今どこにいるのかも分かっていた。

だがわざと、彼らに伝えることはなかった。

あとでそのことを知ったら、きっと彼はまた、辛い顔を彼女に向けることになるだろう。

だとしても、は彼に、これ以上の負担を掛けたくなかったのだ。




「とにかく分かり次第、すぐに伝える予定よ。もちろん、市警軍にいるトレスにもね」

<分かりました、シスター・。こちらからも調べてみますわ。それと、くれぐれも

お気をつけ下さいまし。また連絡しますわ。あたくしはこのまま、ここに待機しておりますから>

「了解。……そちらも気をつけて下さいね、“アイアンメイデン”」

「任務が終わったら、ハーブティ、ご馳走してね」

<もちろんですわよ、さん。用意して待ってます>




 再び、お互いの耳元についているものを軽く弾くと、アベルはミルクが入っている鍋をかき混ぜながら、

何かを考え込んでいるような顔でそれを見つめていた。

だがしばらくして、何かを決断したかのように、横にいるへ告げた。




さん。私、思ったのですが、エステルさんに少し私のこと、説明した方がいいと思うんです」

「それは、私も思っていたわ。私もこのままずっと、元特警大尉のままでいようとは思ってもいなかったしね。

……あ、ちょっと待って、アベル。ヴォルファー、あれを」

『今、机に出ているやつだね。了解』




 どこからともなく聞こえる声と同時に、が左掌を上に向けて差し出す。

その上に、何やら立方体の缶のようなものが映し出され、徐々に姿を現していく。

アベルが喜びの雄叫びのように目を輝かせたのは、立方体の缶の正体が明らかにされた時だった。




「うわおっ! これは、さんご自慢のコレクションの……!」

「フォートナム&メイソンのアールグレイよ。こうなるんじゃないかと思って、持ってきていたの」



 近くにあったスプーンで、密封されている缶の蓋を開けると、

そこからアールグレイ独特の香りが広がり出す。

その茶葉を鍋に入れると、再び誰かに話しかけるように声をかけた。




「スクルー、3分測ってくれる?」

『了解した』

「ありがとうございます、さん。私のために、そこまでしてくれるとは……」

「あら、勘違いしていなくて、アベル? これは単純に、私がロイヤルミルクティを飲みたかっただけなの。

あなたの分は、そのついで」

「またまた、そんなこと言っちゃって〜」




 アベルの目が冗談交じりに疑っているのはよく分かるし、

が半分嘘をついていることもよく分かっている。

はたから見れば、少し楽しんでいるようにも感じられるほどだ。




「あ、もしかしてさん、エステルさんのこと、妬いてるんじゃないんですか?」

「そういうアベルこそ、エルケルのこと、妬いているんじゃなくて? 知っているのよ。

あなたがエステルとディートリッヒとの会話をしながら、こっちを見ていたこと」

「おやっ、私、そんなことしてましたっけ?」

『3分経過した、わが主よ』




 会話を中断させるように、の耳元から再び声がする。

それに反応するかのように、は2つのマグカップに、茶漉しを使って慎重に注いでいった。

ロイヤルミルクティはあまり作らないのだが、手馴れたように淹れる姿に、

アベルは思わず惚れ惚れとしてしまいそうだった。




「……どうしたの、アベル?」

「えっ、あ、いえ、何でも」




 視線に気になったのか、に問いかけられ、少し焦ったように手を左右に振った。

まあ、大したことはないだろうと思ったは、いつもと変わらず、

砂糖を13杯入れたマグカップをアベルに手渡した。




「ありがとうございます、さん。……う〜ん、やっぱさんが淹れる紅茶が一番美味しいです〜」




 アベルの満足げな顔を見るのが好きなにとって、

今の彼の表情は何物にも変えられないぐらい幸せを感じていた。

思わず笑顔をこぼしながら、自分用のロイヤルミルクティに少しだけ砂糖を入れると、それを口に運ぶ。

ほんのりした甘味が、体をゆっくりと休ませてくれるようで、

少しだけ力が抜けそうになった。











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