「さて、これからどうするの、アベル?」
「そうですね……。……とりあえず、教会に戻ります。ヴィテーズ司教に、事の説明をしなければいけませんしね」
「ヴィテーズ司教? ……もしかしてそれって、ローラ・ヴィテーズのこと?」
「ええ、そうですよ。……ご存知なんですか?」
「ここに旅行で来ていた時、聖マーチャーシュ教会で雨宿りしてもらったことがあってね。
その時にお会いしたのが、彼女――当時で言えば、シスター・ローラね――ヴィテーズ司教だったの」
それはまさに、彼女がイグナーツの友達――この酒場を紹介した男を助ける前のことだった。
到着した直後に振り出した雨に、傘を持っていなかったは、駅で雨が止むまで待っていた。
その時、同じく傘を持っていなかった、買い物途中のヴィテーズと会い、
すぐ近くにあるという教会に招き入れてくれたのだった。
「あの時のことは、今でも鮮明に覚えているわ。丁寧にシャワーも貸してくれた上に、淹れてくれた紅茶が温かくて、
とても優しい味がしたの。一緒にいた小さな見習い修道女さんがかわいらしくてね。雨が止んで、
教会を出ようとした私に、白の小さなコスモスをくれたの」
「へえ、そうだったんですか……」
その少女は、最初会った時、恥ずかしそうにヴィテーズの影に隠れていた。
優しく微笑めば、顔を赤くして部屋を飛び出し、少しだけ困ったこと覚えがあった。
そして帰り際に、彼女がにコスモスの花を1つ、プレゼントしたのだった。
「となれば……、私も一度、教会に挨拶に行った方がいいのかもしれないわね。一応、
変装用で尼僧服を持って来ているし」
「準備がいいですね、さん」
「用意周到と言って欲しいわね」
どのみち、時間があったら教会に顔を出そうと思っていたため、
トランクの奥底に尼僧服を詰め込んできていたのだ。
奥底に入れた理由は、今の自分の身分を隠すためである。
「……さん」
「ん? 何?」
コンロの反対側にある配膳台に軽く腰掛けるように立っているアベルが、
を自分の前に来るように手で合図を送る。
言われたように前にくれば、手にしていたマグカップを横においたアベルが何の躊躇いもなく、
の左肩に自分の額を置いて、腰に両腕をしっかりと回した。
「ア、アベル!?」
突然の行動に驚かないわけがなく、は少しあたふたしながら、アベルの肩に手を置いた。
しかし相手はすぐに離れようとせず、逆にをより強く抱きしめるだけだった。
「……すみません、さん。少しの間だけ、こうさせてくれませんか?」
アベルの声が弱っていることを、が気づかないわけがなかった。
いや、本当は随分前から気づいていたのだが、自分から言ってしまったら、
逆に強がってしまうだろうと思って言わなかったのだ。
「……分かったわ、アベル。少しだけよ」
「はい。……ありがとう、さん」
ロイヤルミルクティは、普通のミルクティよりも体を休める力がある。
事実、がアベルにこれを淹れた理由もそこにあり、
自分から発することをあまりしないアベルの手助けをさせようと思って作ったと
言ってしまっても過言ではなかった。
マグカップをアベルの横に置き、彼をそっと、だが強く抱きしめる。
さらに安心させるように、髪をそっと撫で下ろせば、アベルが安心したかのように、
のうなじにそっと唇をあてた。
「……大丈夫なの、アベル?」
「大丈夫です……、なんて、この状況で言う台詞じゃないですね」
苦笑しているのが分かり、はアベルの心をすぐに察知する。
駅での騒動が終わったかと思えば、すぐにジュラの屋敷に招かれ、
パルチザンの生首を見せられた挙句に襲われたのだから、平気はなずはない。
「必死になって押さえていたのに、さんのロイヤルミルクティにはやられましたよ」
「だてに付き合いが長くないわよ」
「それもそうですね」
腕が緩み、の肩から頭を上げたアベルの表情は、
先ほどよりも元気を取り戻したかのように見え、は安心したかのように微笑んだ。
それを返すようにアベルも微笑むと、お礼を言うようにそっとの唇に自分のそれを重ねた。
あまり深くはないのだが、それでも力が抜けそうになって、
自分の体を支えるのがやっとだった。
「……さ、戻りましょうか、ナイトロード神父」
「はい。……またしばらく、演技合戦ですね」
「そうね。ま、私はともかく、あなたはばれないように気をつけなさい。演技、下手っぽいし」
「し、失礼な! 私はちゃんと……」
「分かりましたわよ、神父様。さ、行きましょう」
まるで茶化すかのような笑顔を見せながら、は扉の方へ向かって歩き出した。
その姿を、アベルは焦りながらも見つめていたが、
1つため息をついて、配膳台に置いてあるマグカップを取ってポツリと呟いた。
「ありがとう……、」
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