ラジオ放送終了後、地下室では早速作戦会議が開かれ、エステルとディートリッヒを中心に進められた。
その様子を、壁に寄りかかりながら聞いていたの耳元に、
何者かの声が流れ始めていた。
<“フローリスト”、聞こえますか?>
(聞こえているわ、ケイト。どうしたの?)
「力」を少し取り戻したことによって、は声を発しなくても交信相手と会話することが可能となっていた。
そのため、周りに怪しまれることなく用件を言えるようになった。
<今、カテリーナ様から連絡が入りました。――教皇庁軍が、メディチ枢機卿の指示のもと、動き出したと>
(だと思ったわ。……さすがに今回ばかりは、カテリーナもメディチ猊下の指示に従うしかなさそうね)
耳元から聞こえてくる声の持ち主――ケイトによれば、
国境線状に配置していた教皇庁軍が、イシュトヴァーン市警軍に攻撃をしかけられており、
教理聖省長官フランチェスコ・で・メディチ枢機卿の指示で攻撃を開始というものだった。
本人曰く3日でカタがつくとのことだが、国務聖省長官カテリーナ・スフォルツァ枢機卿は、
ある1つの「兵器」のことが気になるようだった。
<それで、そちらの方はどうですの? 聖マーチャーシュ教会の皆様が捕われたとか>
(ええ。今、作戦会議中よ。……また連絡するわ)
<了解しました。お気をつけて>
今までテーブルに広げられていた地図の前にいたエステルが自分に視線を向けたのを感じ取ったが、
すぐに相手との交信を中断し、彼女の方へ歩み寄る。
どうやら、作戦が決まったようだ。
「さん。あなたはあたしと一緒に旧応用美術館まで来て、一緒に指揮を取って下さい。
ディートリッヒには、宮殿に爆弾を仕掛けてもらって目を引かせます」
「了解。……で、ナイトロード神父はどうするの?」
「一応、私達と一緒に来てもらって、旧応用美術館の中で待機してもらおうと思ってます。さすがにそれ以上は……」
アベルの本当の事情を知らないエステルにとって、彼は単なる足手まといぐらいにしか思っていないのだろう。
が予想していた通りの回答が返って来たことで、それがはっきりと分かった。
だがそろそろ、アベルももそれぞれの身分を説明しなくては、今後の任務が効率よく進まないかもしれない。
ここで言ってもいいかもしれないが、さすがにこんだけの人がいる中で話すわけにはいかない。
――特にあの男の前では。
「詳しい説明は、現地に到着してからします。今はとりあえず、目的地まで移動しましょう。ディートリッヒ、
宮殿の方は頼んだわよ」
「ああ。エステルも無事で。もね」
「ええ。……ありがとう、ディートリッヒ。あなたもご無事で」
仮面を被ったような笑顔に、相手は気づいただろうか。
いつもとは違うものを作ったに、ディートリッヒは1つ頷き、
彼と共に向かうパルチザンのメンバーと一緒に地下室を出ていった。
それを確認すると、エステル達は支度をし始め、もその中に混じって銃弾の弾倉の中身を確認し始めた。
普段は自分で調合した銃弾を使っているも、今回は周りと合わせるために普通の銃弾を使っている。
それでも、使用しているのは強装弾なため、彼らが持っているものよりも威力は上であることには間違いない。
それを1つ1つ確認しながら、は愛用している2挺の銃に収めていった。
「さん」
懐に銃を収めた時、他のメンバーを励ましに行っていたエステルがのところにやって来た。
「あの、1つお願いがありまして」
「お願い? 何かしら?」
「司教さまの救出……、出来れば私1人で、任せて欲しいんです」
「……何ですって?」
エステルの発言に、は顔を顰めてしまう。
それもすべて予期していたようで、彼女は表情を変えることなくに告げる。
「さんにとって、司教さまがどんなに大事な人なのかは分かります。でも私、自分の手で助け出して、
少しでもあたしがしていることを認めて欲しいんです」
真剣に見つめる眼差しに、彼女の決意がヒシヒシと伝わってくる。
だからも、それを一身に受け止めようと、視線を反らすことなく、
だが温かく見つめていた。
「私はいつも、司教さまに迷惑ばかりかけて、心配させてばかりいます。だからこそ、
その恩返しをしたいのです。私の手で、彼女を……」
「……分かったわ、エステル。あなたの指示に従うわ」
全ての理解したようにも見えるが、には疑問も横切っていた。
この少女に、すべてを任せていいのであろうか。
もしこのこともすでに伝えられていて、相手が何らかの対処をしていたら、
きっと彼女の肩にさらなる錘がのしかかってくるに違いない。
だが、この視線を見てしまったら、さすがのでも何も言い出すことが出来なくなる。
まだ17年しか生きていないはずの彼女が、今までどんな想いでここまで来たのかが、
視線1つで伝わってくるぐらいだ。
「……で、私はどうすればいいの?」
「本部内で暴れるメンバーの指示をして欲しいのです。もし彼らが危険にさらされそうになったら、
すぐに掩護して下さい」
「分かったわ、エステル」
ほっとしたように微笑むエステルの顔に、少女のようなあどけなさを感じ、
は彼女が普通の女の子と変わらないことを確信する。
安心して他のメンバーのもとに戻る姿を見ながら、
目の前のテーブルに置かれている予備用の弾倉を取り、中に仕込んである銃弾を全部外した。
(ヴォルファー、トランクから調合した強装弾を転送して。彼女と行動を共にしないのであれば、
多少強いのでも問題なさそうだから)
『了解、我が主よ』
テーブルの上に、箱らしきものが浮かび上がり、はその蓋を開ける。
中に入っていたのは、彼女の手で調合された特性の強装弾だ。
威力は、普通の強装弾の2倍、いや、それ以上とも言われている。
1つ1つ弾倉につめ直し、懐に収める。大暴れをするのであれば、それなりの量が必要となるため、
弾倉も予定より増やして、懐へしまえるだけしまった。
もう誰も失いたくない。
の想いは、より一層強くなろうとしていった。
それ願いが、叶わないということも知らずに……。
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