宮殿に、ディートリッヒらしい緻密さで計算されたロケット弾の爆発音が、

パルチザンがいる旧応用美術館まで聞こえてくる。

どうやら、作戦通りに進んでいるらしい。



 双眼鏡を眺めていたエステルがそれをおろすと、彼女の背後にいる達の方へ振り返った。

ディートリッヒ率いる誘導作戦に向かっている者以外のパルチザンのメンバーは、

まだ幼さが残る少年から、真っ白な髭を生やした老人まで、幅広い年齢層を誇っていた。




(こんなことまでして、彼らは戦わなければいけないだなんて……)




 作戦の確認をしているエステルの言葉を聞きながら、は誰にも気づかれないようにため息をついた。

こんな人達まで戦いに出なくてはいけないという現実から、

思わず逃げ出したい気持ちで一杯になってしまったからだ。



戦わなければ生きていけない。

その現実が、に重くのしかかって来るのを感じ、目を伏せたくなってしまう。




「残りの班は本部内で陽動作戦です。なるだけ派手に騒いだら、後はひたすら逃げ回って敵の目を

引きつけて下さい」

「何だ、いつもやってることだな」




 こんなおどけた声も、にとっては胸が詰まる想いに引き込まれてしまう。

しかしそれをエステル達に気づかれてはいけないと、

必死に平然の顔を装っていた。




「ただし、あまり長い時間動き回っているのは危険です。宮殿に引きつけている市警軍が帰って来る恐れがあります。

現在の時刻が6時。突入予定時刻が6時30分ですから……、7時には、作戦の成否に拘らず、

とにかく全員撤収すること。そのあたりの指揮は、さんにお願いして大丈夫ですね?」

「ええ、心配ないわ」

「皆さんも、よろしいですね?」

「「「おう!」」」




 鬨の声を上げたパルチザンが、各班の班長が点呼を取り、

あらかじめ定められた順番で地下通路へと進む。

も自分が任された班の点呼を済ませると、地下通路へと消えていく他の班の動きを観察していた。



 がエステルの様子を伺うように視線を向けると、彼女は何か複雑な面持ちで仲間を見送っていた。

彼女とて、市民を使ってまでして吸血鬼であるジュラを倒すことに躊躇わないわけがない。

出来ることなら、こんなことさせたくないはずだ。




「あのぉ、シスター・エステル?」




 そんなエステルの耳に届いたのは、おもいきり力の抜ける声で、

そしてそれがアベルのものであることに、はすぐに気づいた。

どうやら、市警軍本部までの距離を知りたかったらしい。

だがエステルとしては、彼にここへ残ることを奨めていた。




「でもそうすると、一件落着してローマに帰った後、出世に響くんですよ。ほら、仲間を見捨てたとか何とか……。

教皇庁(ヴァチカン)は、意外にそういうの煩いんですよねぇ」




 現に教皇庁に仲間意識があるかどうかは分からないが、

少なからず彼にはその心はあるようだ。

説得力があるとは言えない言葉に、はため息をつきながらも、どこかで納得してしまった。

――確かに彼女にばれたら、ただじゃすまされないかもしれない。




「それじゃ、エステル。私達も行くわね」

「あ、はい、さん。皆さんのこと、よろしくお願いします」

「分かったわ。……あなたも、どうかご無事で」

「はい!」

「ナイトロード神父も、絶対にエステルから離れないようにして下さいね」

「分かりました、さん」




 アベルと交わした会話は、表向きで言えばこれだけだった。

しかし彼らの脳裏では、まだその続きがあった。






さん、気をつけて下さい。何かあったら、すぐ連絡を)

(アベルもね。エステルとヴィテーズ司教様のこと、頼んだわよ)

(了解)






 アベルにしか分からないように、軽く手でサインを送る。

 それに答えるかのように、アベルが微かに頷いたのだった。









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 が市警軍本部へ到着した時には、予定時刻を少し過ぎていたこともあり、

先に到着していたパルチザンが手製の小銃や散弾銃を振りまわしていた。

それに混じるかのように、を先頭にして到着したパルチザンが、

各々の武器で攻撃を開始した。



 手にした短機関銃(サブマシンガン)を、まるで踊っているかのように華麗に振りまわしながら、

は出来るだけ多くの市警軍の足を止めようとする。

振りまわしていても、決して命を奪うことなく、相手の肩や腕、足に狙いを定め、一気に撃ち込んでいく。

視線を向けているのは数秒しかないのに、確実に目標場所に命中する当たりは、

“ガンメタル・フレイユ”という称号そのものだった。




! 宮殿にいた市警軍が戻ってきやがった!」




 少し離れた位置から、自分の名前を叫ぶ声がして、はすぐに視線を動かす。

別の班の班長を勤めているエルケルのものだ。




「あなたはすぐ、自分達の班と一緒に逃げ回って! 市警軍は、私が押さえる!」

「分かった! 気をつけろよ!」




 心配するかのように言う彼の姿は、最初のイメージとはもう離れたものになっていた。

それは彼が、必死になって仲間へ呼びかける姿を見てもすぐに理解出来た。



 「人は見た目で判断してはならない」。

まさに、その言葉がぴったりだった。




「……さて、私も本気を出しますか」











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