空になった弾倉を落とすと、2つの銃を上空へ飛ばし、懐に入っていた2つの新しい弾倉を取り出す。

銃が落ちて来るのを確認しながら、手にした銃倉も上空へ投げ、同時に手元に2挺の短機関銃が戻って来る。

そのグリップを上に向けて持つなり、上空を回転しながら飛んでいた銃倉が、

蓋が開いた状態のグリップにカチャッという音と共に収まると、はそれを回転させてしっかりと持ち直し、

太股でスライドを押し当てながらおもいっきり引いた。



戻って来たと思われる市警軍に向かって引き金を引けば、先ほどと全く違う威力で、

相手の肩や肘、膝を撃ち抜いていく。

特性の調合弾である。




さん、聞こえますか?)




 交戦中なのを分かってか、脳裏の横切る声は少し遠慮がちに聞こえる。




「聞こえるわよ、アベル! そっちはどう?」

(それが、ヴィテーズ司教様を含めた聖職者達の代わりに、市警軍を率いたハンガリア候がいまして……)

「……何ですって!?」




 相手の言葉に、は思わず耳を疑った。

ヴィテーズがそこにいないとなると、一体どこにいるというのだろうか?




「居場所は!? 分からないなら、スクルーに頼んで……」

『その必要はない、我が主よ』




 黒十字のピアスから聞こえる声は、いつも通り冷静ではあるが、

どこか慎重に話しているように感じる。

妙な違和感に、思わず身を硬くしてしまうぐらいだ。




『ローラ・ヴィテーズの居所は、もうすでに判明済みだ。ローラ・ヴィテーズは……』

、もうじき時間だ! 俺達もすぐに退散するぞ!」




 背後から叫ぶエルケルの声で、耳元で鳴っていた声がかき消され、

何が言いたかったのかが聞こえずじまいになってしまった。

近くにある時計を見れば、もうすでに6時50分を超えようとしていた。




「エルケル、みんなはもう逃がしたの!?」

「今、逃げている最中だ!」

「そう。それなら、あなたもすぐに……!」




 の言葉は、そこで途切れてしまった。

左肩に激痛が走ったと思えば、そこからぽたぽたと何かが床に落ちて行く。

見れば、黒い服が何だか濡れているかのように湿っていた。




「な、何、これ……?」




 意味も分からず、エルケルの方を見れば、彼の手にしている散弾銃からは一筋の白煙が上がっていた。

銃口は鋭くに向けられているのだが、

表情は今自分がした行動が信じられないかのように驚きを隠せないでいる。




「ど、どうしたんだ、俺……?」

「見ての通りだよ、エルケルさん」




 どこからともなく聞こえる声は、もエルケルも聞いたことがある声だった。




「あなたがに向かって発砲した。――それ意外にどう言えって言うんだい?」

「――――!!」




 再び発砲された銃弾が、今度はの右膝を貫き、バランスを崩れてその場にしゃがみ込んでしまう。

痛みの余り、視界がだんだん曇っていくのがよく分かる。




「あ、あ、あ……」




 ガクガクと振るえる銃口が、エルケルに何かの恐怖を与えられていることが伝わってくる。

後退したくても出来ず、銃口を下ろしたくても下ろせないところを見ると、

誰かに操られているようにも見えた。




「違う……、これは俺がしたんじゃない……。……俺がしたんじゃないんだ、ディートリッヒ!!」




 彼ら意外の人影もないのに、エルケルは第3者の名前を呼び叫ぶ。

それに反応するかのように、近くからカツンという足音が聞こえ始めていた。



 足音が大きくなり、2人のパルチザンに近づいていく。

最初は物陰で見えなかった顔も、近づくにつれて明らかにされ、

もエルケルも驚き、そして不思議そうな顔で相手の顔を見た。




「ディート、リッヒ……?」

「そうだよ、。――いや、Ax派遣執行官“フローリスト”、シスター・




 相手の口から出た言葉に、真っ先に驚いたのはエルケルだった。

今まで元軍人だと思っていた人物を、

目の前の男――ディートリッヒは全く違う名で呼んだのだから当然である。




「お、おい、ディートリッヒ。それってどういう……」

「彼女が教皇庁から派遣されたシスター、……つまりこの騒動を起こした張本人だ」

「違う! 私は、彼らを……」

「彼らを、どうしたかったと?」




 再び鳴り響いた銃声が、今度はのわき腹を掠めるように放たれる。

だがなおも痛みを堪えたかのように、その場にうずくまっているだけだった。




「ディートリッヒ! 俺は一体、どうなってるんだ!?」

「見ての通り、目の前にいる裏切り者に攻撃しているんだよ。――こんな風に」




 その後に聞こえたのは、轟音と言ってもおかしくないほどの銃声の嵐だった。

腕、肩、足を貫き、の体が大きく後退し、その場に倒れこむ。




「う、う、うわーーーー!!!」

「煩いなあ、少し黙っててもらえないかな?」




 胡散臭そうに言いながら、ディートリッヒが右肘を曲げ、

人差し指と中指を上に立て、何かを引っ張るかのように手前へ押した。

するとエルケルの顔の表情が徐々に変わっていき、顔がどんどん青ざめていった。




「僕は野郎のギャーギャー言う声が大嫌いなんだ。しばらくの間だけ、大人しくしてくれない?」

「ぐっ……、があっ……」




 もがくかのように漏れる声に、

エルケルが器官を詰まらせて呼吸出来ない状況にさせていることは一目瞭然だった。

それを満足そうに見つめながら、ディートリッヒはその場に倒れているの方へ足を進めた。




「ようやくあなたに会えたよ、シスター・。待ち遠しかったなあ」

「――――!!!」




 最初に撃たれた左肩を強く踏まれ、言葉にならない声が漏れる。

ぐいぐいと踏まれれば、出血が再び溢れだし、地面を赤く染めていく。




「あなたの噂はいっぱい聞いたよ。もちろん、“神のプログラム”のことも」

「ディート、リッヒ……」

「ああ、もちろん、美人で強くてかっこいい、というのも聞いているよ。まるで、身内自慢みたいだったなぁ」




 痛みを堪えながらも、何とか目を見開き、相手の顔を見つめる。

今までの顔とは打って変わって、まるで悪魔の笑顔のように覗き込む相手に、

は鋭い視線を向けた。




「私が……」




 まだ言葉を発する気力はあるようで、出来るだけ大きな声で、相手に向かって投げ飛ばす。




「私が、何も知らないと思っていたの……? “薔薇十字騎士団(ローゼンクロイツ・オルデン)”階位8=3、

称号“人形使い(マリオネッテン・シュピーラー)”……、ディートリッヒ・フォン・ローエングリューン……!」

「何だ、もう知っていたんだ。つまらないな」




 予想外の展開のちょっと不満そうな顔をしたディートリッヒに向けられたのは、

いつの間にか上がっていたの右手だった。

向けられた銃口が、しっかりと彼の眉間に合わされ、鋭い牙を向けている。




「ふーん、まだそんな力があったんだ。それじゃ……、もっと強く踏みつけた方がいいのかな?」




 踏み付けていた足を一度上げると、ディートリッヒはもう一度上から勢いよく踏みつける。

更なる激痛に、は声を上げ、右腕ごと銃口が彼から離れてしまう。




「うあーーーーっ!!!」

「うーん、やっぱ男より女性の声の方が最高だね。こんなにきれいな人だし。

ヴィテーズ司教も、こんな感じで鳴いたのかな? 聞きたかったなあ」




 ディートリッヒの口から出た名前に、は思わず顔を顰めた。

踏みつけられる痛みと一緒だから、きっと酷い顔をしていたに違いない。




「今、何と……?」

「あれ? もうとっくに知っていると思ったけど、まだだったんだ。じゃあ、僕が教えてあげるよ。

……昨夜、ヴィテーズ司教を含む全ての聖職者が処刑された」




 突然の告白に、は思わず目を大きく見開いた。

先ほど、耳元から聞こえた声の主が言いたかったことがこのことだったのか。

そう思うまでに時間はかからなかった。




「そんな……、そんな嘘、信じるとでも……」

「信じるも何も、現実にそうなんだから、素直に認めなよ。きっと今頃、

エステルもハンガリア候から聞いているんじゃないかな?」




 何かに酔ったような顔を見て、彼の喚声が普通じゃないことがよく分かり、

は虚ろになっていく視界と戦いながら、相手を再び鋭く見つめた。

そして、つくづくヴィテーズのそばから離れた自分を責めていた。



 もし、もし自分が彼女のそばにいたら、こんなことになる前に助け出すことが出来たのに。

もし自分が彼女のそばにいたら、こんな最悪な結果を生むことなどなかったのに。

そして、エステルを悲しませることも、苦しめることもなかったのに。

次から次へと、後悔の言葉が浮かんでくる。



駄目だ。

そんなことばかり考えてはいけない。

今は何とかして、エルケルを解放させなくてはいけないのだ。

ここで立ち止まっている暇など、今のにはない。




「彼を……、エルケルに巻きつけている糸を……、離しな、さい……」

「ふーん、これのことも知っているんだ。思った以上に物知りなんだね」




 右人差し指と中指の間でかすかに光っている細い細い糸に、が気づかないはずがなかった。

エルケルが最初に1発目の発砲した時には、しっかりと彼女の視界に入っていたのだ。




「ま、外してもいいんだけど、出来れば、あなたのきれいな声を聞いてから解放させたいな」

「何、です、って……?」




 カチャリという音が微かに聞こえ、

それがすぐにエルケルの持っている散弾銃の物であることに気づくのに時間はかからなかった。

“糸”によって器官を強く縛り付けていても、手足はディートリッヒの思い通りに動き、

再び銃口がに向けられる。




「ここであなたを倒した後に、彼を解放させてあげる。ま、今の状態からして、

すぐに市警軍に捕われて終わりだろうけど。僕としては、もっとあなたの叫び声とか聞きたいしね」




 まるで、何かを喜ぶかのように向けられた笑顔を、は初めて憎らしいと思った。

笑顔というのは、こんなことに使うものではない。

笑顔は、時に人を安心させ、時に人に力を与えるもののはずだ。

こんなものは、笑顔なんかじゃない。




「……本気で私を、倒せると、思っているの、ディートリッヒ?」




 限界ギリギリになっても、の声量は変わることなどなかった。




「私に、『彼ら』がいること、分かっておきながら、まだ、私を、倒せる、と……?」

「倒せるよ。だって、この状況じゃあ呼び出せないでしょ?」

「さあ、どうでしょうね……」




 どうやら、彼はまだ、自分の力がどこまで回復しているのかまで知らないらしい。

はしめたと思いながら、心の中で呟いた。




(ヴォルファー、相手が攻撃したのと同時に移動するわよ)

『了解。目的地は……、「上」でいいの?』

(ええ、十分よ。……また迷惑かけちゃうけど、仕方ない、か)






「さようなら、シスター・。――すぐにナイトロード神父も送ってあげるね」






 無数の銃弾が、に向かって撃ちこまれていく。

だが、ディートリッヒに肩を踏みつけられている今の状況からして、

が逃げれる確立はゼロと言ってもおかしくなかった。



 だが、すべての銃弾が撃ち込まれた後、その場に映し出された光景に、

ディートリッヒは舌打ちをして、上げていた右手を思いっきり投げ捨てた。

器官を緩められたエルケルがその場にしゃがみ込み、急いで酸素を取りこもうと、

倒れ込みながら咳き込む。






「『さあ、どうでしょうね』、か。……最後までからかいやがって」






 地面に空けられた無数の穴を、

ディートリッヒは悔しそうに見つめながら呟いたのだった。











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