あれから、どれぐらい時間が立っただろうか。
ゆっくりと目を開いた先に見えたのは、見覚えのある白い天井だった。
<さん! 大丈夫ですか!?>
懐かしい声が聞こえ、はその方へ視線を動かすと、
白の尼僧服を着た女性の立体映像が、心配そうに見つめていたのだった。
泣きほくろが印象的な彼女の目に、微かに涙が溜まっているように見えるのは気のせいであろうか。
「そんなに悲しい顔、しないでよ、ケイト……」
<この体を見て、悲しくしていられる人なんていません!>
「確かに、そうね……」
先ほどよりも痛みが感じないところによると、「彼女」が鎮痛剤を投与してくれたのであろう。
止血もしてくれたようで、少しだが呼吸が楽になっているようにも感じた。
「今、何時……?」
<朝の8時過ぎです>
「そう……。……アベルは!? ヴィテーズ司教が見つからなかったって言ってから、連絡がないんだけど」
<それが、アベルさんは市警軍に捕われたという連絡がトレスさんからありまして、その……>
立体映像の尼僧――シスター・ケイト・スコットの表情が曇ったのを感じ、
は彼女が何を言いたいのかすぐに分かった。
だから彼女をなだめるように、そっと声を掛けた。
「ヴィテーズ司教のことは知ってる。――裏切り者から聞いたから」
<……見つかったのですか!?>
「ええ。と、言っても、実は前から知っていたんだけど、確信持って言えなかったから……」
ここに到着する前に、すでに該当者の名前も顔も知っていた。
それでも言わなかったのは、同じくしてここに乗り込んだ同僚達の負担を掛けたくなかったからだ。
特に、今市警軍に捕われている同僚には、
ここに到着した直後から無駄な労力を使わせてしまったのだから、なおさら言えなかった。
<……ごめんなさい、さん>
我に返させるかのように、の耳元にケイトの声が入っていく。
その声は、どこか喉を詰まらせたように聞こえるのは気のせいだろうか。
<一番近くにいるのに、助けることが出来なくて……。そうすれば、さんを悲しませることもなかったのに……>
「あなたのせいじゃないわ、ケイト」
慰めるように言う言葉が、とても温かく、ケイトの胸に届けられる。
「あなたのせいじゃない。私がちゃんと、彼女の防御対策を練らなかったのがいけなかったの。
だから、あなた1人で抱え込むことなんてないのよ」
<さん……>
自分なんかより、の方が辛いはずなのに、
どうしてこんなにも温かな言葉を投げかけることが出来るのであろうか。
ケイトはそう思いながらも、の優しさに包まれていった。
「さて、ちゃんと傷、治さないとね」
大きく息を吸い、ゆっくりと目を閉じて集中すると、
体中に白いオーラみたいなものが現れ、の体を包み込んだ。
それがどんどん強くなり、先ほどエルケルから攻撃された箇所
――正確にはディートリッヒに操られていたエルケルの攻撃だが――から何かが取り出され、宙に浮いていた。
傷口がどんどん塞がっていき、服の穴まできれいに修正されていく。
しばらくして、白いオーラがゆっくりと消えると、再びゆっくりと目を開けて、その場に立ちあがった。
血色が元に戻ったかのように顔色がよくなり、体力も完璧に戻っているようだ。
手には彼女の体内に埋め込められていたと思われる数個の銃弾が握られている。
「なるほど、私があげた銃弾を使ったのね。ありがたいことだわ。――さて、アベルとトレスに連絡しないと。
次の行動に移る準備をしないといけないからね」
<ええ。……さん、よかったら少し、眠ってもいいんですのよ。一昨日から、ほとんど眠っていないでしょうし>
「それは、アベルもトレスも同じよ。だから……」
<さんがよくても、あたくしがよくありません!>
突然向けられた真剣な顔に、は思わず少し後退してしまった。
そして思っていたことをぶつけるかのようにケイトが言い放った。
<さんはいつもそう、自分の感情を全部押さえちゃうんですから放っておけません!
辛いんだったら辛いって、ちゃんとおっしゃって下さればいいのに、どうしてそうすぐに無理するんですか!?>
「そ、そんなケイト、私、無理しているつもりは……」
<あります! 十分過ぎるぐらい! そんな状態じゃ、いくら体力回復しても長く持ちませんから、
ちゃんとお休みになれる時にお休みになって下さいまし! こっちが落ち着かないったらありゃしない!>
全てを吐き出したように、少しぜいぜい言っているケイトに、は思わず目が点になってしまった。
さすがの彼女でも、ここまで言われると反抗することが出来なくなってしまう。
ここは、大人しく従ったほうがいいのかもしれない。
「……分かったわ、ケイト。休憩室、空いてる?」
<もちろんです。ちゃんと服も用意してありますから、起きたらそれを着用して下さいまし>
「ありがとう。何かあったら、叩き起こしてでもいいから教えてね」
<緊急事態、でしたらね>
「……そうね……。……ありがとう」
少し強調するかのように言うところから、そう簡単に起こしてくれなさそうだと思いながら、
は彼女の背を向け、扉に向かって歩き出した。
そしてゆっくりと扉の奥へ消えると、近くにある階段をゆっくりと上り始めた。
ケイトの言っていることは、決して間違ってはいない。
それでもは、彼女に自分の感情をぶつけることなんて出来なかった。
それがどんなに辛くても、どんなに苦しくても、
ぶつける方法が分からなくて、全部抱え込んでしまうのだ。
「……ごめんなさい、ケイト。でも……」
階段の途中で足が止まり、その場にうずくまる。
すうっと涙が、頬を伝ってぽたりとズボンに落ちて染みを作る。
「でも私は、彼にしか……、アベルにしか、出来ないのよ……」
今、彼は何をしているのだろうか。無事でいるであろうか。
怪我していないであろうか。
そして、彼のそばにいるであろうと思われる少女は、
親愛する人を亡くなったことを知って、苦しんでいないだろうか。
の脳裏に、心配事が次々と浮かび、重くのしかかってくる。
そして何より、命を掛けて自分達を逃がしてくれたヴィテーズの笑顔が、
より一層を苦しめていった。
「ごめんなさい、ローラ。……助け出せなくて、ごめんなさい……」
涙は止まることなく、ただひたすら流れ続けるだけだった。
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