ゆっくり目を開けた先には、見覚えのある水色の天井が飛び込んできた。

どうやら、無事に現実へ戻って来れたらしい。




(アベル……、ありがとう)




 心の中で呟き、上半身を起こして大きく伸びをする。

近くの窓ガラスから、日が落ちていくのがよく分かる。

どうやら、相当長い間眠っていたらしい。




(やっぱり、ケイトの言った通り、休んで正解だったのかも)




 横を見れば、サイドテーブルに1つのティーセット、

その前には先ほどケイトが言っていた衣類が丁寧に折り畳んで置かれている。

いつ淹れたのか分からないが、ティーカップからは小さな湯気が上がっている。




(……こまめに淹れ替えてくれたのね)




 ティーセットを取り、ティーカップの中のものを口に運ぶ。

中にミントが入っているようで、口の中に爽やかな味が広がっていく。

今までの疲労が一気に吹っ飛びそうだ。




『目が覚めたようね、




 目の前に小さな光が灯り、そこから人らしき姿が現れる。

体は白いが、薄紫のワンピースらしきものを身につけているのがよく分かる。




「ええ、何とか。……アベル、相当酷くやられたみたい」

『そのようね。エステル・ブランシェの方は、まだハンガリア候のもとにいるわ。もちろん、例の男もね』

「なるほど。……ディートリッヒが“星”を復旧させたのは確かなの?」

『ええ。停止コードは、今スクルーに調べさせているところよ』

「そう……」




 ティーカップの中身を全て飲み干して、サイドテーブルの上に戻すと、

はベッドから立ち上がり、身につけている寝巻きをベッドに脱ぎ捨てた。

椅子に置かれた服を取り、1つ1つ丁寧に着込んでいく。

その格好はまるで神父のように見え、それを頷けるかのように黒いケープを掛けた。




「ヴォルファー、あれを」

『了解』




 左掌を翳すと、そこから黒いリボンが浮かび上がり、静かに手の中に収められる。

備え付けの鏡の前に立ち、腰まである長い髪を高い位置で1つにまとめ、

その箇所をリボンでしっかりと結んだ。




「やっぱ、この格好の方が落ち着くのかもしれないわね」

『軍服じゃ駄目だったのに?』

「今も昔も、軍服だけはご免だわ」




 苦笑いするを、光の中にいる女性

――オペレーション・システム「TNL」の専属戦闘プログラムサーバ、

「ステイジア」が納得したように微笑んだ。

実際にその場にいなくても、どうやら彼女の心境は十分理解出来るようだった。




 サイドテーブルに置かれているティーセットの横にある金色に光るロザリオを掴むと、

それを首に通し、金具をしっかりと止める。

よく見ると、そのロザリオはアベルが首にかけていたものと同じ形をしている。




 椅子に置かれている2挺の銃を取り、それぞれ懐に収める。

そして棒状になっている物をケープの胸ポケットにしまうと、

大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと吐いた。




「それじゃ、行くわね、ステイジア」

『ええ』




 光がゆっくりとその場から姿を消す。

それを見送った後、は扉のノブを握り、部屋を出ていった。

廊下に響き渡るブーツの音が、何だか懐かしさを感じる。




(脱いでいたのがたった2日なのに、こんなに懐かしく感じるものなのね)




 くすっと笑い、階段を降りていく。

 徐々に暗くなっていき、
階段の両端に青い光を帯びた道が浮かび上がり、

それが一番下の階にある分厚い扉の前まで続いていた。



 扉をゆっくり開けると、中に無数の光とともに、フロントガラスからの大きな夕日に目を捕われそうになる。

その中心には球体のデータブースがあり、その前には立体映像の尼僧が立っていた。




<あら、さん、お目覚めになりましたのね>

「ええ。ぐっすり眠らせてもらったわ、ケイト」




 お礼を言うように微笑めば、ケイトが安心したかのように優しく微笑み返す。

近くに置かれているワゴンに向かおうとしたが、

自分でやるからと言って、は彼女が用意していたハーブティの入ったポットから、

ワゴンに載っているティーカップに注いで口に運んだ。




「現状はどう?」

<先ほどトレスさんから、パルチザンの皆さんとアベルさんがここ――軍使用の飛行場に向かっているという

連絡が入りました>

「そうみたいね」

<……やっぱり、ご存知だったんですね>

「状況はスクルーから聞いているし、アベルに関して言うなら、分かってなかったら繋がっている

意味なんてないもの」




 アベルとに、どのような「繋がり」があるのか、細かいことはケイトも知らない。

ただ以前にも増して、それは強まっていることは確かである。

そうでなければ、がアベルの怪我の状況を、

こんなに細かく把握出来るはずがないからだ。




「――アベルの怪我の状況は、両肩、太股それぞれに無数の銃弾を撃たれ、

とりあえずの止血はしているわ。けど、そう長くも持たないかもしれないわね」

<そうなんですのね。トレスさんも、先ほどの連絡ですぐにこちらへ向かうと言ってましたわ>

「本格的に攻撃開始、ということね」




 ハーブティを飲みながら、夕日に照らされたフロントガラスから外を見つめると、

市警軍達が忙しく何かの準備をしていた。

空港内には、軍使用の巨大戦艦があり、思わず目線がそちらへ向いてしまう。




「イシュトヴァーン市警軍所有の空中戦艦“龍騎士(シャールカーニュ)”、か……」

<ええ。毎回、死刑だと言っては使用しているもので、装備されているガトリング砲の威力はすざましいもの

だとのことです>

「なるほど。……でも、我が愛娘に敵うものなんてないわ。何せこの子は、私の自慢だもの」

<すっかり、我が子気分ですわね、さん>

「当然のことよ」




 今乗っているこの飛行船――“アイアンメイデンU”のプログラムはすべてによって組まれたもので、

専用起動プログラム「ルフェリク」を始めとするものすべてが、

彼女にとってはの娘に近い存在だった。

今現在は、その指揮をすべてケイトに任せているが、その戦闘威力から防御威力まで、

すべてにおいて自慢出来るものへとなっていた。

そうともなれば、が「愛娘」と言って可愛がるのも何となく分かってくる。




<ルフェリクさんには、本当に感謝していますわ。今も、この迷彩シールドがなかったら、

相手にとっくにばれていましたし>

「それこそ、あの“龍騎士”にやられて、大変なことになっていたでしょうしね」




 迷彩シールド――物質を透明化し、敵に姿を隠すことが出来るもので、

にしか出せない防御プログラムの1つである。

これがあるからこそ、目の前に市警軍がいても見つかることなく、状況を伝達することが可能なのだ。




「……ん?」

<どうかしましたか、さん?>

「センサーの動きがおかしいの。……ほら、ここ」




 フロントガラスの少し下に設置センサーに目が入り、が思わず顔を顰めた。

イシュトヴァーン市の西方面にあたる部分の大気中のイオン濃度が偏頗しているのだ。




<ここは確か、教会軍東部方面軍第6旅団がいるところですわ>

「“ユスティニアヌス”――ウンベルト・バルバリーゴ中将が率いるところね」




 昔の杵柄なのか、の頭にはここ一帯を仕切る教会軍の配置状況をほぼすべて把握していた。

その1/3が、昔彼女の配下として動いていた者だからというのが大きな理由である。

確かここにも1人いたはずだ。




「スクルー、すぐに情報を集めて。セフィーはルフィーを通して、現地の映像を送って」

『了解した、我が主よ』

『了解しました、我が主よ』




 2つのプログラム――「TNL」専属情報プログラム「スクラクト」と、

同専属映像・サポートプログラム「セフィリア」が、の黒十字のピアスを通して応答すると、

目の前にあるフロントガラスが、まるでシャッターがしまるかのように巨大画面が下ろされた。

そしてそこに、プログラム「セフィリア」を経由して届けられた映像が映し出されたのだった。



 昼夜を問わず、南の夜空に輝く“第2の月”とこの惑星を隔てるように、巨大な光の壁が空に揺れている。

 それはまるで、極地方でしか見ることが出来ない発行現象、“極光(オーロラ)”のようだ。




「これは……、……まさか!?」

『その、まさかだ、我が主よ』




 状況を把握したように言うの耳元に、プログラム「スクラクト」の声が届けられる。

その声は、の言葉に同意するようにも聞こえた。




『ついに“星”が……、“嘆きの星”が発射させた』

<な、何ですって!?>




 ケイトの驚きの声と同時に、目の前の画面が激しく光だし、

とケイトは思わず手を翳して、目を掠めた。

だがその光は長くは続かず、数分後にはゆっくりと姿を消していた。



「一体、何が起こった……!」




 再び戻したスクリーンの画面に、は思わず言葉を失ってしまった。

その場にいたはずの東部方面軍第6旅団“ユスティニアヌス”と、

その交戦中だった市警軍部隊が消滅していたからだ。

決して壊滅ではないことを示すかのように、地上には何も残されていなかった。




<これが……、これが“嘆きの星”の威力、ということなんですの……?>

「そうなるわね。……予想以上に厄介なことになったわ」

『“アイアンメイデン”、私の声が聞こえたら応答しなさい』




 その場にいた2人の尼僧が表情を強張らせた時、艦内に聞き慣れた声が響くと、

ケイトがすぐにボリュームを上げた。




<聞こえていますわ、カテリーナ様>

『たった今、イシュトヴァーン市西にて“嘆きの星”だと思われる攻撃を確認しました』

「こっちにも映像は届いているわ、カテリーナ」

『その声は……、シスター・?』




 さすがにがケイトと一緒にいることまで把握していなかったのか、

声の主――教皇庁国務聖省長官カテリーナ・スフォルツァは驚きの声を上げた。




『あなたは確か、イシュトヴァーン市民と共に行動しているはずです。どうしてそこに?』

「いろいろと理由があってね。細かい事情はローマに戻ってからするとして、

今はこの状況をどう切り抜けるかを考える方が先決じゃなくて?」

『……その通りね、




 今は、がここにいる理由なんてどうでもいい。

それに、今の状況から考え、彼女がここにいるのは逆に好都合だとも言える。

カテリーナはそう理解したのか、すぐに2人に残りの部下の状況を聞き出すことにした。




『ナイトロード神父とイクス神父がどこにいるのか分かりますか?』

「アベルは、私とケイトがいる軍使用の空港に向かっているわ。パルチザンのメンバーも、

どうやら同じ場所に向かっているみたい」

<トレス神父も今、こちらに向かっているところです。アベル神父を助けるついでに、

高射砲部隊を撃沈するとのことです>

『分かりました。それでは2人と合流し次第、シスター・はイクス神父と共に、

パルチザンと協力して市内を制圧して下さい。シスター・ケイトはナイトロード神父を乗せ、

いかなる手段を講じても“星”の発射を阻止しなさい』

「了解したわ、カテリーナ」

<承知いたしました>




 2人がそれぞれ見えない相手の指示を了承すると、カテリーナの声が消え、

目の前の画面が再びシャッターのように開かれた。











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