下には、先ほどまで地上にいた“龍騎士”が、獲物の到着を待っているかのように上空で飛んでいる。
迷彩シールドに包まれて、巨大戦艦から10メートル上空に浮いている“アイアンメイデンU”には、
全く気づいていないようだった。
『我が主よ、そろそろ“クルースニク02”とパルチザンが到着する』
プログラム「スクラクト」の声に答えるかのように、地上に動きが現れた。
数台の車が到着し、中から負傷したパルチザンのメンバーと、
同じく負傷したアベルが現れたのだった。
「そろそろ、戦闘開始ね。――ケイト、私はブリッジで様子を見てくるわ。状況が把握次第、
指示を出すから待っていて」
<分かりましたわ、さん。……お気をつけて>
「ケイトもね」
お互いの無事を祈るかのように手でサインを送る。
そしてケイトに背を向け、分厚い扉を開けて、奥へと消えていったのだった。
決戦は、すぐ目の前まで迫っていた。
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「……司教様達を殺したのはあなたですか、大佐」
「けけっ、楽しかったぜぇ。野郎は全員、手足ぶった切って犬に食わせてやった。
尼さん達は、切り刻みながら犯してやった」
目の前にいるラドカーンの言葉に、噛み締められたアベルの唇が真っ青に染まっていくのが分かった。
銀色の頭が深く俯き、肩が微かに震えている。
その状況を、遠く離れた位置から、は鋭い視線を向けて睨みつけていた。
どんなに離れていても、地上に彼女と「繋がっている者」がいるお蔭で、
その光景ははっきりと見えているようだった。
噂には聞いていたが、ラドカーンのあまりにもの外道さに、
かける言葉を失いそうだった。
こいつは、人間のクズだ。
その感想が、真っ先にの脳裏を駆け巡る。
『“フローリスト”、応答を要請する』
黒十字のピアスから聞こえる声で、はすぐに我に返り、すぐにその声に答える。
「聞こえるわ、トレス。今、どこにいるの?」
『高射砲部隊を殲滅して、ラドカーンに接触するところだ。そこから状況は確認出来るか、
シスター・?』
「ええ、ばっちりとね。……かなりムカついているけど」
これでも、かなり押さえているつもりなのだが、いざ現場に突入したらどうなるのか、
でも予測不可能になっていた。
地上にいるパルチザンとアベルを救出することが今の任務なのだから、
なおさら注意が必要であるのもよく分かっていた。
「装甲車と複葉機に、市警軍がざっと計算で30名近く、か……。……市内にもまだいるの?」
『肯定。だが、市内を巡回している市警軍兵士はここよりも少数だ』
「なるほど、そんなにこの死刑を楽しみたいっていう大馬鹿野郎がいるっていうことね。
……余計に腹立たしいわ」
こうなったら、殲滅覚悟で突入した方がいい。
そうしなければ、自分のこの苛立ちを止められそうもない。
はそう思いながら、トレスにある作戦を持ちかけた。
「トレス、装甲車と複葉機の抹殺は、私とケイトの方でする。トレスはラドカーン大佐を捕らえて。
絶対に殺しては駄目よ」
『了解。ラドカーン大佐には、聖マーチャーシュ教会襲撃の証言をしてもらわなければならない。
……突入を開始する』
「分かったわ。……ケイト、私の声が聞こえる?」
<聞こえてますわ、さん>
のつけているピアスからは、何人もの声が連鎖で繋がれている。
彼女が所持する「プログラム達」はもちろん、今回の任務に同行している同僚
――アベルに関しては、この機能なしでも交信可能なのだが――
すべてと同時に交信が可能な仕組みになっているからだ。
「ケイト、さらに高度を上げて、上から “龍騎士”への攻撃を仕掛けて。それを合図に、私が突入するわ」
<了解しました>
の指示を受け、“アイアンメイデンU”が上昇し、雲の上に姿を現す。
それと同時に迷彩シールドが取り払われ、大きな白い飛行船が姿をあらわにしていった。
<高度上昇完了。――さん、大丈夫ですか?>
「問題ないわ、ケイト。……それより、下では始まったみたいよ」
下を見下ろせば、“龍騎士”から大きな煙が上がり、地上に大きな跡を残していく。
こんなのに当たってしまったら、人も跡形もなく吹き飛ばされてしまうであろう。
それを眺めながら、は懐から2挺の銃を取り出し、弾倉を確認する。
そしてレバーを手前まで下ろすと、グリップをしっかりと握った。
<さん、こちらの攻撃を開始します!>
「了解! ヴォルファー、飛ぶわよ!」
『了解!』
オペレーション・システム「TNL」専属転送プログラム「ヴォルファイ」の声とともに、
は自分の身を前にかがみこんだ。
そのまま体が猛スピードで落ちていき、姿が徐々に小さくなる。
の姿が雲の中へと消えていく。
それはまるで、「天使」が地上に落ちていくかのようにも見受けられた。
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