上空に見えた光に、一斉に視線が注がれていく。“龍騎士”の舷側から炎が吹き上がったのだ。




「シャ、“龍騎士(シャールカーニュ)”が……!」




 遥か上空から飛来した2発目の砲弾が、ヘリウムガスの詰まった気嚢を貫き、

その下の艦隊そのものを串刺しにする。

が、そこから離れた位置にある装甲車が激しく燃え上がると、市警軍の視線が一身に注がれていた。




「な、何だ、あの光は!?」




 1人の市警軍兵士が、500メートルほど離れた位置で何かが光っているのを見つけ、

一斉に視線がそこに移動する。

次元が揺れるかのように一瞬乱れ、そして人らしき姿がゆっくりと表に現れた。



 顔立ちと長い髪を見た感じでは、相手は女性だと思われる。

だが彼女が着用しているのは、間違いなく男物の僧衣だ。




「お、女だと……!?」




 姿がはっきりと見えて、改めて女性であることを把握する。

彼女の右手に握られている銃口が光っていることに気づいたが、

それが徐々に大きくなっていることに、一体何人の者が気がついていただろうか。

光が、直径50センチの大きさになって、ようやく分かった時には、

その光は彼女のそばから離れ、地上に向かって放たれた時だった。



 光が猛スピードで走り、1台の装甲車に向かって飛ばされる。

だが、目標物に到着する5メートル先で、その光が2つに分かれ、

その隣にある別の装甲車へ向かっていき、大きな炎を上げて燃え上がっていった。




「何なんだ、あの光……!」




 逃げるパルチザンを取り押さえていた市警軍兵士の言葉は、最後まで述べられることはなかった。

さっきまで上空にいたと思われていた人物が、すでに地上に下りて、

両手に持つ短機関銃(サブマシンガン)を振りかざして攻撃を開始していたからだ。



 彼女の手にしている短機関銃は、パルチザンの間を縫い、確実に市警軍だけを倒していく。

その姿は、まるで踊りでも踊っているかのように華麗で、思わず見惚れてしまうほどだった。




「無事に地上着陸成功。今のところ、死亡者はゼロよ」

<了解。こちらも降下します>




 短機関銃を持つ僧衣を身に着けた女性――が、上空にいる同僚に声を掛ける。

それと同時に、右手に持つ銃のレバーを手前に引くと、おもいっきり引き金を引いた。



 何かが吸い込まれるかのように、銃口に光が集中していく。

徐々に大きくなっていき、先ほど同様、直径5メートルほどの大きさになったところで振り向き、

約100メートル先にある装甲車に向かって引き金を離した。




 アルテミス――遺失技術の1つである通称“魔銃”は、光は猛スピードで飛んでいき、

今度は3つに分かれ、それぞれ3機の装甲車を撃破していく。

その威力に圧倒され、その場にいる者すべての動きが止まってしまうほどだった。




「何が起こった!? 一体何が……、あ、あれは!」




 目の前で起こっている現象を見つめ、唖然となりながら、

ラドカーンが生体強化された視力で、夜空に浮かんでいる物体を捉えた。

そしてそれは、戦乙女のようなスピードで急降下してくる。

その物体とは、信じられぬほど巨大な純白の飛行船だった。

船体には地の色で染め抜かれたローマ十字と

『Arcunum cella ex done dei(教皇庁国務聖省特務分室)』

という文字が刻まれている。




「ヴァ、ヴァチカン! ヴァチカンの空中戦艦!」




 の攻撃によって次々と倒れていく市警軍を尻目に、ラドカーンは大きく目を見開く。

そして上空に浮かぶ飛行船から、穏やかな声が響き渡る。

だが内容は、決して穏やかなものではなかった。




<こちらは教皇庁(ヴァチカン)国務聖省国務分室所属(AX)“アイアンメイデンU”。あたくしは本艦の艦長シスター・ケイトです。

――地上のイシュトヴァーン市警軍の皆さんに警告します。当空港はただいまをもちまして、

あたくしが武力制圧いたしました。皆さんは、可及的速やかに武装を解除して降伏なさるように。

繰り返します。直ちに武器をお捨てなさい!>




 “アイアンメイデンU”の舷側に並べられた主砲が噴き出し、

滑走路にある複葉機が木っ端微塵に砕け散る。

その中で、は市警軍に攻撃を仕掛けながらも、何とか顔馴染みの1人の男を発見した。




「エルケル、大丈夫!?」

「……!? お前、元軍人なんじゃなかったのか!?」




 声を掛けた相手に、エルケルの表情が一瞬濁る。

それを見て、は苦笑をして、自分の正体を明かす。




「確かに軍役時代があって、退役しているのは本当の話よ。そして今の私は、

教皇庁(ヴァチカン)国務聖省特務分室派遣執行官(AX)、シスター・

……あなた達のを救いに来た者よ!」




 パルチザンを盾に取ろうとした市警軍を護るように覆い被され、後方にいる市警軍に銃口を向けて放たれる。

相手の動きを確実に止め、エルケルの手につけられている鎖のつなぎ目に向かって、

銃弾を撃ちこんで切り離す。

足枷の鍵穴に人差し指を添えれば、簡単に外れてしまい、彼に再び自由が戻った。




「ヴォルファー、予備の短機関銃を」

『了解』




 プログラム「ヴォルファイ」の言葉と同時に、の手元に1つの短機関銃が姿を現す。

どこからともなく登場した武器を、エルケルは何が起こったのか分からないといった風に眺めている。




?」

「大丈夫。ごく一般に使われているのと同じだから、心配しないで」




 エルケルと微妙に意味合いが違うことを、はよく知っている。

だが今は、そんなことを気にしている暇などなかった。




「エルケル、あなたにはこれを使いながら、他のパルチザンを市警軍から護って」

「俺が、か?」

「正直な話、私はあなたの銃さばきに見惚れていたの。相当練習したのね」

「別に俺は……、ただ、この国を救いたくて……」




 少し照れたように言う姿を見て、彼がどれだけこの国を大事にしているのかがよく分かる。

だからこそは、彼に銃を持たせたのかもしれない。




「ここは、私と私の同僚に任せて、あなたはすぐに助けに行って。そして終わったら……、

また一緒に飲みましょう」

「…………ああ、そうだな。やってやるぜ!!」




 エルケルの顔に活気が出てきて、は信頼しているかのように微笑む。

その顔に、思わず鼓動が弾けたが、エルケルはすぐにその場から立ちあがり、

市警軍に攻撃を仕掛けながら、仲間のところへ向かって走り出したのだった。




 これで、とりあえずパルチザンの方は大丈夫だ。

は手にしている2挺の短機関銃のレバーを真ん中に合わせると、

彼女に向かって攻撃を仕掛けてくる市警軍に向かって撃ち込み始めた。

強装弾(フルロード)の約2倍もする、圧倒的な威力で倒れていく市警軍兵士を尻目に、

は同僚であるアベルのもとへ駆け寄ろうとした。

だが――。




「! やばい、アベル! 避けて!!」




 数メートル先にいるアベルに向かって叫ぶが、

それより先に市警軍の1人が彼の銀髪を掴んで引き起こそうとする。

右手に持つ短機関銃の銃口を相手に向かって、引き金を引こうとしたが――。




「あ?」




 しかし、市警軍兵士の胸に空いた穴は、のものよりも数倍も大きく、拳ぐらいは有に超えていた。

血が吹き零れ、その場に崩れる姿を見ながら、彼女はすぐに誰の攻撃なのかを理解した。




「“降伏しろ”――と言われたはずだが?」




 攻撃を仕掛けた者――トレス・イクスの平板な声が耳に入ってくる。

それに、真っ先に反応したのはラドカーンだった。




「イクス少佐! て、てめえはっ!」

「……0.44秒遅い」




 トレスの銃弾が、ラドカーンの腹部に命中すると、はその間にアベルのもとまで駆け寄った。

そのそばには、彼と共に行動と共にしていたと思われるイグナーツもいる。

どうやら、2人とも何とか無事のようだ。




「シスター・、ナイトロード神父を含めたパルチザンの護衛に廻れ。ラドカーン大佐は俺が取り押させる」

「了解。――2人とも、大丈夫ですか?」

「私は無事ですから、先にイグナーツさんを」




 自分のことを後回しにするところは、いかにもアベルらしい行動だ。

彼の方が大怪我しているのにと思いながらも、は2挺の短機関銃を一度懐に戻し、

彼の指示通りイグナーツの手足をしばりつけているものをすべて解除した。




「イグナーツさん、大丈夫ですか?」

「あ、ああ、何とかな。……お前さん、シスターだったのか?」

「今まで黙っててごめんなさい。でもこうでもしなければ……、あなた達の苦しみが分からないと思ったから」




 本来、はアベルと共に聖マーチャーシュ教会へ転任する予定だった。

だがパルチザンのメンバーに自分の知人が混ざっていることで、

彼女は上司であるカテリーナに一般人として乗り込むことを提示したのだ。

結果、理由を聞き入った上で、カテリーナからの許可を得たは、

自分が聖職者であることを全て隠して進入したのだった。



 謝罪の気持ちで一杯になりそうだったが、今頃後悔しても遅すぎる。

は感情を押さえ込み、赤く染まっている足にそっと触れた。




「ヴォルファー、アベルの旧式回転拳銃(パーカッション・リボルバー)を」

『了解』




 左掌を上に向けて翳せば、そこから1つの銃が姿を現す。

それを手に取るなり、3人に狙いを定めている市警軍兵士が目に入り、

すぐに引き金を引いて撃ち抜いた。




「ごめん、アベル。少しだけ使ってしまったわ」

「そんなこと、言っている場合じゃありませんって。……あ、危ない、トレス君!」




 拳銃を受け取った直後、

グリップから空の弾倉を抜いたトレスに散弾銃の銃口が向けられているのを見て、

アベルが悲鳴のような声を上げた。

もすぐに振り返ったが、イグナーツの怪我を右手で覆っているため、

うまく向きが替えれない。




「くたばれ、イクス!」




 振り返ったトレスに向かって、

数十発もの機関拳銃がフルオートで撃ち抜かれ、彼の体が硝煙に包まれた。

それを見て、はすぐに左側に持っている短機関銃をラドカーンに向けようとしたが、

耳元に聞こえた声と共に動きを止めてしまった。




『俺は大丈夫だ。卿はそのまま、パルチザンの保護へ廻れ』

「……また“教授”の仕事が増えちゃったわね」




 事を理解したように微かに笑って銃を懐へ戻すと、

はイグナーツの足を覆っていた手をゆっくり離した。

先ほどまで怪我していたはずなのが、今では怪我どころか、

赤く染まっていた服までもが元に戻っていることに、怪我をした当人が驚かないわけがなかった。




「お、おい、これは一体どういう……」

「他のパルチザンの方達は、エルケルが避難させています。ですから、あなたもすぐにここから離れて下さい。

出来れば、彼の手伝いをして頂けませんか?」

「し、しかし……」

「私達のことはご心配なく。……さ、早く!」




 促すかのように強く言葉を発すると、イグナーツは一瞬驚いた顔をしたが、

何かを覚悟したかのように頷き、その場に立ち上がり、一気に走っていった。




「ま、待て、パルチザン!」




 彼の跡を追って機関拳銃を抱えた市警軍兵士が、

逃げていくイグナーツを狙って攻撃を仕掛けようとする。

だがその前に、瞬時に立ち上がったの手によって、その動きがすぐに封じられた。




「銃は返したけど、あなたも大怪我しているのだから、出来るだけそこから動かないでじっとしてるのよ」

「はい。……こんな時にお役に立てなくて、すみません」

「アベル……、あなた、謝る場所が間違っているわ。今はそこで、大人しくしていればいいの。

それ以外のことは考える必要はなし。いいわね?」




 がアベルを一括すると、懐に収めてあった短機関銃を取り出し、レバーを一番奥まで押した。

そしてまだ動き回る市警軍に向かって、一気に引き金を引き始めた。



 一方トレスは、ラドカーンからの攻撃を受けながらも、全身を高分子構造の人工皮膚と、

その間から覗かせる形状記憶プラスチックの人造筋肉によって免れ、

袖口に仕込んでいた新しい弾倉が、彼の手に握られているM13の銃把へ滑り込ませていた。

岩をも粉砕する拳を軽いステップで回避し、たたらを踏んで泳いでいるラドカーンへ、

銃口を正確に照準していき、肘・肩・股関節といった急所を撃ちぬいていく。




 ラドカーンが地面に転がった頃、の方もほぼ終盤へと向かっていた。

複葉機といった大きなものをアルテミスで破壊し、撤退しようとする市警軍を、

短機関銃使用(サブマシンガン・モード)強装弾使用(フルロード・モード)を使い分けながら動きを封じていった。




「こっちは終わったわよ、トレス」

戦域確保(クリア)……損害評価報告(ダメージ・レポート)を、ナイトロード神父」

「ようやく動いてくれましたか。……遅いですよ、トレス君。いつ動き始めてくれるかと、

こっちは冷や冷やものでした。さんもです」

否定(ネガティブ)。――卿のこう同がスケジュールを逸脱し過ぎていただけだ」

「トレスの言う通りよ。……まあ、いつものことだけど」




 トレスに同意するかのように呆れた顔をすると、はアベルの両肩にそれぞれの掌を翳した。

ゆっくりと白いオーラが現れ、怪我している部分を包み込み、

少しずつだが確実に、傷口を塞いでいった。




「ありがとうございます、さん」

「これぐらいお安いご用よ」

「そろそろ次の行動に移ることを推奨する、シスター・。俺は所期の予定通りに行動している」

「予定通り? じゃあ……」

<まことに残念ながら、200秒前、“嘆きの星”の発射が確認されました……>




 耳元に届いたケイトの声は硬く、事の大きさも物語っていた。




<カテリーナ様からのご命令です。神父トレスはシスター・と共に、パルチザンと協力して市内の制圧を、

神父アベルはこのまま本艦に乗船し、いかなる手段を講じてでも“星”の発射を阻止せよと!>

了解した(ポジティブ)。行くぞ、シスター・

「ええ。……あ、ちょっと待って」




 トレスが空港を出ようとするのを止めると、は立ち上がったアベルへ1つの弾倉を放り投げた。

その中に仕込まれているのは、彼女が調合した強装弾のようだ。




「1つじゃ足らないかもしれないけど、何かの足しに使って」

「分かりました。……ありがとう、さん」

「どういたしまして。……“星”の解読に関しては、私もスクルーとフェリーに頼んであるから、

分かり次第すぐに連絡するわ」

「お願いします」




 アベルが1つ頷くと、もそれを返すようにして頷き、

止まっているトレスの肩を叩いて空港を出ていった。

その姿を見送ったあと、アベルも着陸した“アイアンメイデンU”に向かって走り出したのだった。











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