トレスが運転する車で街の中心に戻れば、
生き残りの市警軍達が残っている市民を取り押さえようと散弾銃を振り回していた。
それを取り押さえるべく、空港から先に戻ったパルチザンが、
各々の武器を使って対抗して、市民を助けていく。
「さすがパルチザン。1/3ぐらいは制圧しているんじゃないかしら?」
「肯定。だが、まだ油断するわけにはいかない」
「分かってる」
車を止めて下りると、とトレスは銃を取り出し、パルチザンに紛れながら攻撃を開始する。
今まで味方だったトレスからの攻撃に戸惑っているのか、
相手が呆気に捕われているうちに、2人はどんどん市警軍の動きを封じていく。
それにいち早く気がついたのはイグナーツだった。
「! そいつは確か……」
「彼は私の同僚で、今まで市警軍に潜入して、影から調査を進めていたの」
「教皇庁国務聖省特務分室派遣執行艦、HC−V]だ。卿らの活動は、市警軍側からすべて把握している。
今までの協力、感謝する」
今まで敵だと思っていた人物からお礼を言われるとは思ってもいなく、
パルチザンのメンバーは困惑した表情を見せる。
「……本当に、味方なんだろうな?」
「先ほどの空港戦において、高射砲部隊は俺が全滅させた。よって対空砲の攻撃がなく、
卿らを無事に避難させることが出来たと推察される。それでも俺を疑うのであれば構わない」
表情1つ変えずに言うトレスを、パルチザンは真剣な眼差しで見つめていた。
この中にも、きっと彼の攻撃を受けて負傷した人物もいたはずだし、
すぐに信じようとすることなんて無謀な話なのは分かっている。
だが味方であるの同僚で、作戦の1つだったのならば、
そのこともすべて水に流す必要もあるのではないか。
「……協力しようじゃねえか、この兄ちゃんによ」
数分後、沈黙をかき消すかのように、イグナーツの声が当たりに響いた。
「俺達のために市警軍に潜入して、影から護っていたんだ。信じてやろうじゃないか」
「イグナーツさん……!」
「いやよ、俺だってまだ、信じられない部分はある。だが相手がの同僚で、影から助けてくれたんだ。
俺達は見捨てられてなかった、ということだ」
イグナーツの表情は、どこか安心したように見え、も安心したかのように肩の力を抜いた。
この分なら、トレスもすぐに馴染むであろう。
「それじゃ、事も丸まったことだし、そろそろ行動開始といきましょうか」
「肯定。シスター・、卿は怪我人の手当てをしろ。俺はパルチザンと協力して制圧にあたる」
「分かったわ。イグナーツさん、怪我人の方達はどこかに集まっているんですか?」
「おう、アジトにみんな集めてある。女達が手当てにあたっているが、が来れば助かるだろう」
「トレス、ここは頼んだわよ」
「了解」
怪我人の居場所を確認すると、はアジトに向かって走り出した。
途中、市警軍の銃弾が飛んで来たが、すぐに短機関銃を握って撃退していった。
足が止まるほどの地響きと轟音が響き渡ったのは、
がアジトまであと30メートルいうところでだった。
振り向いてみれば、市警軍本部があったと思われる場所から、
大きな煙が上がっていて、辺りがすべて真っ白に染まっていった。
この地響きに轟音、そして威力。
こんな力を発揮するものは、1つしか存在しない。
『緊急事態が発生した、我が主よ。“嘆きの星”が市警軍本部に落ちた』
「そんな! ハンガリア候の標的はローマじゃなかったの!?」
『推測するに、何者かが照準を変更させたか、ハンガリア候ジュラ・タガールの指示を無視して
設定したかのどちらかだ』
『私の声が聞こえますか、我が主よ?』
プログラム「スクラクト」の声を横断するように、
防御・修正プログラム「フェリス」がに呼びかけて来た。
様子からして、少し慌てているようだ。
「どうしたの、フェリー? あなたが慌てるなんて、珍しいわね」
『それが、“嘆きの星”の停止プログラムが存在しないことが判明しました』
「停止プログラムが存在しない? ……ということは、“星”を止めるには、
自壊させるしかないってことね」
『恐らく』
もとから停止プログラムを作成していなかったのであれば、
もう自壊して、この世にないものにしてしまうしか方法がない。
だがその行動に移るには、まず“嘆きの星”の所有者であるハンガリア候を倒さなければいけない。
エステルがいる今、アベル1人で事を遂行することが出来るのであろうか。
の心に、不安の影が渦巻き始めた。
『……追加情報:1件。どうやら“星”は、ある言葉を入力するのと同時に照準をビサンジウム
――帝国へと変更することがが可能のようだ』
「て、帝国に!?」
我に返すかのように言うプログラム「スクラクト」の声に、は大きく目を見開いた。
帝国――吸血鬼達の都に落とされてしまったら、相手も黙ってはいられなくなる。
忽ち、人間と吸血鬼との全面戦争が勃発し、“騎士団”の思うツボになってしまう。
それだけは、何としてでも避けなくてはいけない――!!
「その言葉って何なの、スクルー! 早く提示して!」
『その言葉とは……、“我ら、炎によりて世界を更新せん”』
「“我ら、炎によりて世界を更新せん”……。……それって、まさか奴らの!?」
『そうだ。そしてこのコードを入力後の阻止方法は1つしかなく、
それを実行させるには……、特A以上の資格パスを1つ以上提示しなくてはならない』
「……何ですって!?」
一瞬、「彼」の発言は嘘だと思いたいほど、は胸に大きな矢が突き刺さるような衝撃に襲われた。
特A以上の資格パスが何なのかとか、そういうことではない。
そのパスを提示出来る人物が、現地に1人しかいなく、
「以上」という言葉が引っかかっていたのだった。
……こうなれば、自分も乗り込むしかない。
「“ガンスリンガー”、至急応答して下さい! 緊急事態です!!」
アジトに背を向け、一気に走り始めながら、は黒十字のピアスを軽く弾いた。
甲高い音を上げながら、そこから感情もない平板な声が響き渡る。
『何かあったか、シスター・?』
「スクルーから連絡が入って、アベル1人じゃ“嘆きの星”を食い止めることが難しいことが分かったの」
『……何?』
予想外の展開に、トレスも驚いているらしく、に詳しい事情を聞き出そうとする。
『それはどういう意味だ?』
「どうやら“星”は、ある言葉を組み込んだのと同時に帝国に照準を変更されてしまうらしいの。
で、それを解くのに、アベルだけでは不安要素が残る結果を生みかねないのよ」
『卿の発言は意味不明だ。正確な解答を要求する』
「つまり、アベル1人じゃ自壊出来ない可能性があるってこと! それぐらい、プログラムが厄介なのよ!」
細かいことを言っても、トレスを混乱させるだけで、理解に苦しむことが目に見えている。
だとしたら、Axきっての電脳調律師である自分を前面に押し出すしか方法がなかった。
「お願い、トレス。アベルとの合流を許可して。私がプログラムに愛されていることを、
一番よく知っているのはあなたじゃない! だから……、だから私をアベルのところに行かせて!!」
まるで訴えるかのように、黒十字のピアス越しにいる人物に言葉を投げかける。
今の状況下で、どれだけ自分の力が必要なのか、納得がいくまで説明する覚悟も決めている。
それぐらい、はすぐにでもアベルのもとへと駆けつけたかった。
『……市警軍本部が吹き飛ばされたことにより、ほとんどの戦意を消失して投降し始めてる』
一心に願う中、耳元に届けられた声は、いつもと変わらず冷静だった。
『パルチザン側の一般市民の協力を得れば、事はすぐに収まると推測される』
「じゃあ……、行ってもいいのね!?」
『肯定。可及速やかにナイトロード神父と合流し、“嘆きの星”を阻止しろ』
「ありがとう、トレス! 戻ったら、ウィルと一緒に、ちゃんとメンテナンスしてあげるから!」
『了解した』
トレスの答えを受け、の顔から笑顔が見えた。
だがそれも一瞬で、すぐに真剣な表情に戻って指示を送った。
「ヴォルファー、自動二輪車を出して!」
『了解!』
通路側に突如出現した自動二輪車に、は急いで乗り組むと、
ハンドルをしっかりと握って、一気にエンジンを掛けた。
そして目的地に向かって、猛スピードで走り始めたのだった。
決着の時が、もう目の前まで迫ってきていたのだった。
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