普段なら市警軍の下士官が監視役として立っているのだが、

“嘆きの星”で本部を破壊されたため、誰一人としてを止める者はいなかった。




 西街区から東街区へと繋がる鎖橋を、が運転する1台の自動二輪車が勢いよく走っていく。

歩行者がいたとしたら、簡単に吹き飛ばされてしまいそうなぐらいだ。



 宮殿に横付けし、急いで降りると、は何の躊躇いもなく扉を開けた。

目の前に広がる玄関ロビーを走り抜け、一気に階段を駆け登っていく。



 だがそれを阻止するかのようにの耳元に届いた音は、

横に何かが鋭く突き刺さる音だった。



 軽く跳躍して、下に見える玄関ホールに再び戻れば、後ろに殺気を感じ、すぐに体をかがませる。

上空を飛び交う銃弾が壁に穴を空き、数本のひび割れが浮かび上がる。




「……戦闘型自動人形(オートマタ)か!」




 すべてを把握したのと同時に、

を襲うようにして現れたメイドの格好をした無表情な女達が、一斉にの方へ突進し始めた。

ある者は大剣を手にし、ある者は手首が外れ、銃口らしき穴が無数に空いている。

数としては、ざっと7人ぐらいであろうか。



 だが、それらは攻撃を仕掛けることなく、その場から身動き1つ取ることなく倒れていった。

手足が刻まれ、ばらばらとその場に落ちて行く。

その切り口は、まるで何かに切断されたかのように鋭かった。



 崩れ落ちる自動人形の中心で、は微動たりしなかった。

ただ、逆手にして持っている細身の剣だけが、鋭く輝いていた。




『急ぎなさい、! ディートリッヒ・フォン・ローエングリューンが、例の暗号を

エステル・ブランシェに教えてしまったわ!』

「時が来た、ってことね。了解!」




 一気に立ち上がり、柄の部分についているボタンを押すと、

刃が吸い込まれるかのように縮まり、1つの棒へと変わる。

それをケープの内ポケットにしまうと、目的地へ向かって走り出そうとした。



 が、の願いは簡単に進むことはなかった。

彼女の目の前を、顔の約2倍ほどの斧が飛び交ったのが何よりも大きな証拠だった。




「まだ何かあるっていうの!?」




 斧が飛んできた方に視線を向けると、そこから重い足音が聞こえてきて、

はすぐに懐から2挺の銃を取り出した。

レバーを一番奥に押し、音がする方へ向けると、何振り構わず、一気に撃ち込み始めた。



 しかし、その銃弾が届く前に、

の前に何やら大きな物体が突然姿を現し、上空から斧が迫ってきたのだ。

瞬時に交わしたもの、左肩の僧衣が破れ、

そこから赤い物がぽたぽたと地面へ落ち始めていた。




「これは確か、以前プラークで……!」




 言葉はすぐに中断され、再び斧が襲いかかってきて、今度はしっかりと避けた。

右手に持つ銃を一番手前まで引っ張って引き金を引きながら、迫ってくる斧を1つ1つ避けていく。

そして銃口を標的に合わせ、引き金を一気に離した。



 光は真っ直ぐ、標的に向かって飛んでいった。

これで命中して、相手の動きも無事に封じることが出来る――。




「――何っ!?」




 光の奥にいた標的が瞬間的に動いたのを確認した時には、

光が壁に衝突し、大きな穴を空けていた。

目にも見えない速さでのそばに来たと思えば、

手にしてた斧が腹部を狙って振り翳される。




「くあっ……!」




 声にもならない悲鳴を上げ、はその場にうずくまってしまった。

赤い液体が床をどんどん染めていき、彼女の周りを取り囲んでいく。



 違う。

この動き、プラークで遭遇した自動化歩兵(オートソルジャー)とは違う。

この素早い動きと瞬発力は、吸血鬼が持つ“加速(ヘイスト)”に似ている。

いや、“加速”そのものと言ってしまってもおかしくない。




「まさかこれ……、中は吸血鬼なんじゃ……!」

『さすがだね、。君ならすぐに判明するんじゃないかって思ったよ』




 どこからともなく聞こえる声に、ははっとなって、辺りを見まわした。

しかし、声の主はどこにも見当たらない。




『僕を探しても無駄だよ。何せもう、僕はここにはいないのだから』

「ディート、リッヒ……!」




 痛みのあまり、声が途中でかすれてしまう。

ちょうど背後にある壁にもたれるように寄りかかると、

男の声が聞こえる方向――不気味な鎧に包まれた猟兵(ゾンビー)に視線を向けた。




「ローマで……、私がデステ大司教を追いかけていた時……、……邪魔したのはあなただったのね」

『ご名答。あの時はまだ試作品だったけど、ようやく完成型が出来あがったから、

に特別に見せてあげたんだよ。ありがたいと思わなきゃ』

「余計な、お世話よ、そんなの……」




 確かに、はローマで同じ物と遭遇していたが、ここまで瞬発力があるものではなかった。

だが原因など、敵と同じ電脳調律師(プログラマー)であるには明快だった。




「私と会ってから……、電動知性(コンピューター)をより優れたものに入れ替え……、それで完成させた、ということね」

『さすが、“神のプログラム”の使い手だね。そうでなきゃ、ガッカリするところだったよ』




まるで、何もかもが自分の思い通りに進んでいることを喜ぶかのように、

ディートリッヒが微笑んでいるのがよく分かる。

それを想像するだけで、なぜか寒気が起こりそうだ。



その時だった。

 の頭に何かが横切るような錯覚に襲われたのは。



蹲って、ゆっくりと目を閉じれば、暗闇の世界が一気に広がっていき、

そこから映し出される映像を必死になって読み取ろうとする。

――どうやら、彼が「あれ」を使い始めたらしい。




(何とかして、ここを突破しなくては……!)




『今のところ、“星”はここを中心にしているみたいだけど大丈夫だよ。エステルが照準を変えてくれるからね。

――まあ、その後の方が大変なんだけど。その前に死にたかったら、ご希望通りに殺してあげるよ』




 今まで止まっていた猟兵が再び動き出したのは、

ディートリッヒが不気味な笑みをこぼした時だった。

手にしていた斧が振り上げられ、壁に寄りかかって俯いているに焦点を合わせる。




『さようなら、シスター・。――“あの方”には、僕の方から「自殺した」とでも伝えておくよ』




 ディートリッヒの声が途切れたのと同時に、上空の斧が勢いよく振り下ろされた。

そのまま真っ直ぐの体を捕らえ、真っ二つに分かれていく――。






[ナノマシン“フローリスト” 40パーセント限定起動――承認]






 斧は、に接近する数センチ前で、壁のようなものによって止められていた。

徐々にヒビがはえ、粉々に分散されると、猟兵は驚いたかのように少し後退した。



 壁のようなものはを覆い被さるように囲み、純白に輝くそれは、まるで天使の翼のようにも見えた。



 ゆっくりと開かれた先のの姿は、黒いリボンが外され、髪が少しだけ逆立っていた。

まるで血のように染まる赤い目は鋭さを増し、口からは2本の牙が姿を現している。

その姿は、まさに吸血鬼と言ってしまってもおかしくないぐらいだ。



 その場から立ちあがると、手首がぱっくりと割れ、そこから大剣らしきものが姿を現した。

どう見ても、女性が持つことなど不可能な大きさの剣を握り締めるや否や、

は標的に向けて一気に振り下ろされた。



 相手はすぐに逃げたが、その逃げた先にはすでにの姿があり、大剣を再び振り翳していた。

いとも簡単に切り刻むかのように華麗に振りまわされ、

猟兵の体がみるみるうちにばらばらになって床に転がっていく。

いくら猟兵とは言え、吸血鬼の体を持ったそれからは赤黒い血が大量に流れ出し、

水溜りでも作るかのように大きくなっていった。



 が、それはそこで溜まるだけでなく、どこかへ向かうかのように流れ出し始めると、

の足元に集まっていき、どんどん吸い込まれていった。

それと同時に、今まで腹部に追っていた傷が一気に消えていき、

しまいには破れていた僧衣までも、跡形もなく元通りにしていったのだった。




「……あまり使いたくなかったけど、仕方なかったわね」

『こんなところで我が侭なんて言っている場合じゃないでしょう。それより、

エステル・ブランシェが例の暗号を打ち込んでしまって、

アベル・ナイトロードが管理プログラムにアクセスしようとしているわ』

「どこまで打ち込んだの?」

『半分ぐらいかしらね。でも、途中で音声プログラムに変えないと間に合わないわ』

「確かに。……ああ、何でこんな時に限って、こんな変なのに捕まらなくちゃいけないのよ!」




 いつの間にか大剣も牙もなくなっており、の目も元のアースカラーの色を取り戻していた。

ケープから黒いリボンを取り出して1つに縛るや、は頬を思いっきり叩き、

身を引き締め、再び走り出したのだった。






 これ以上の被害を出すわけには行けない。

はただただ、そう思い続けだのだった。











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