「システム凍結コマンドで使用可能なものはいくつある? 時間がない。アドレスは表示しなくていい」

<了解。検索開始>




 操作盤の前に立って放つ声は、先ほどとはうって変わって、

まるで自ら自動知性の一部と化したような冷たい。

一瞬にして見知らぬ人間になってしまったように見えるアベルを、

エステルはただ呆然と見守るだけだった。




<……終了。質問条件に適合するのは1つです>

「何だ?」

<保護規定3090に基づく、自壊コード>

「…………」




 アベルの唇の動きが止まり、何かを詫びるように血の泥濘に横たわっているジュラに向ける。

だが、それはほんの1秒足らずだった。




「自壊コード入力。保護規定3090に基づき、自壊せよ」

<コードの入力には1名以上の特A以上の資格パス提示が必要です。管理者達のパスを提示して下さい>

「管理者のパスは……」




 アベルが言葉を発しようとしたが、勢いよく開かれた扉の音によって途切れようとしていた。

相手は急いでここまで来たようで、

息を切らしたように荒い呼吸を繰り返している。




「……さん!」

「私のことはいいから、早く続けて。間に合わないわ」

「……了解しました」




 アベルの顔に、何かが吹っ切れたかのような表情が浮かび上がり、再び操作盤へ向きを変える。

一方、僧衣を身に着けているの姿に、エステルは呆然としているだけだった。




「……さん! どうしたあなたがここに!?」

「話はあと。先に自壊させる」




 操作盤に小走りでやって来たが、安心させるかのようにエステルの肩を軽く叩くと、

アベルの隣に立ち、画面に表示されている内容を確認し始めた。

どうやらここまで、無事に予定通り進んでいるらしい。




「国際航空宇宙軍中佐(コマンダー)アベル・ナイトロード。所属レッドマーズ計画管理部保安課。

認識UNASF94−8−RMOC−666−02ak」




 アベルの声が、静かに部屋に響き渡る。

そしてそれに続くように、もゆっくりと口を開いた。




「国際航空宇宙軍中佐(コマンダー)・キース。所属レッドマーズ計画管理部情報処理課。

認識UNASF94−8−RMOC−666−04ca」

<2つのパスを認識しました。これより、当システムは保護規定3090に基づき、自壊します……>




 電脳知性の声が淡々と告げられ、後に急に聞こえなくなると、

画面上に映っていた数字が1つずつ消え始める。

操作盤から光が消えていくのを眺めながら、

アベルが深いため息をついて、ポツリと呟いた。




「長い間、ご苦労様でした……」




 アベルらしいなと、はふと思ってしまう。

それが彼の温かさであり、優しさなのかもしれない。




「何があったんですか? “星”は?」

「“星”はもうない」




 今にもへたり込んでしまいそうな声でエステルが呻くと、

その疑問に答えるかのようにジュラが肥えを発した。




「“星”はもうどこにもない……。すべて終わった。いや、終わらせたと言うべきかな」




 ジュラの目は、どこか優しかった。まるで、全ての呪縛から解放されたかのように。




「やはり御身は、俺の考えていた通りのお方だったな、ナイトロード神父……。君も、

どうやら彼と同じような立場にいるらしいが……、違うかね、シスター・?」

「やっぱり、私のことをご存知だったのですね、ハンガリア候」

「ディートリッヒめから聞いた。……いや、過去の記憶が蘇った、と言った方がいいのかもしれないな、

キース大尉」




 最後のジュラの言葉に、は驚きの表情を見せたが、

すぐに何かを理解したかのように苦笑しだ。

どうやら「彼」が、記憶を解放させたらしい。




「……あの頃とは、大分雰囲気も変わりましたわ」

「そうか。……だが俺は、御身に謝らなくてはならないことがある」

「そのことなら、もういいですわよ。今は私のことより……、ご自分のことをお考え下さい、ハンガリア候」

「……そうだな」




 とジュラの間に、別空間でも開いたかのように不思議な空気が流れる。

昔のことを、懐かしんでいるようにも伺える。




「とりあえず、応急処理はします。ヴォルファー、救急道具を……」

「いや、それは結構だ。……ところで、1つ、俺の願いを聞いてもらえないだろうか、

ナイトロード神父、シスター・?」




 負傷していても、長生種の生命力のお蔭で、かすれてはいるが、鮮明な声で2人に言葉を紡ぐ。

そして彼の口から発せられる願いに、

今まで惚けたように座りこんでいたエステルの顔が何を言われたのか分からず、

アベルとジュラ、そしてを見比べる。




「俺は彼女の大切な者達の命を奪った。……彼女に復習する権利はある。それは正しい。

とても正しいことだ。そして、俺には彼女に殺される義務がある」




 ジュラの言葉に、アベルが何かを言おうと口を2、3度開いたが、

が彼の腕を掴み、それを阻止させた。

彼女には、ジュラの気持ちが十分過ぎるぐらい理解していたのだ。




「私の銃は複雑過ぎて扱いにくいから、あなたのをエステルに貸してあげて」

さん……」




 の心境が分かったのか、アベルは足を進め、

床に転がっている旧式回転拳銃を持ち、弾倉を新しいものに交換してエステルの手に握らせる。

弾倉は空港で、から受け取ったものだった。




「中に籠めてあるのは銀の弾、それも、普通のものの2倍以上の威力がある強装弾です。

……心臓か脳に打ち込めば、即死させることが出来ます」

「…………」




 ジュラの侵した罪は大きい。

だから、殺されて当たり前なのかもしれない。

だが彼にも、大事な妻を殺された辛さを知ってしまったエステルには、

彼を本当に殺してしまっていいものか悩んでいた。




「あなたを撃つのは間違いだと思います」




 悩んだ末に出た結論は、ジュラが予想しているものとは違うものだった。











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