教会仮堂の、かつては裏庭だった場所に作られた墓地に入ると、
エステルの耳にある歌声が届けられた。
目的地に向かうにつれて大きくなるそれは、
まるでここにいる者に安らぎを与えているかのように聞こえた。
白外套に身を包み、まるで祈るかのように歌うその姿は、エステルのよく知っている者だった。
その格好にはまだ少し違和感はあったが、
彼女から流れる声に聞き入っていたため、あまり気にならなかった。
すっと歌い終えると、白外套の女性はその場に立ちあがり、雪がついた部分を丁寧に掃いた。
そして振りかえると、後ろにじっとしていたエステルの顔を見て一瞬驚き、そして優しく微笑んだ。
「……行くのね、エステル」
「ええ。……さんも、ですか?」
「私は一度、イグナーツさんのところに戻ってからだけどね。アベルがもう少しだけ様子を見ていくっ
て言っていたから」
白外套の女性――の声は、まるで「天使」のように透明感があり、
そしてその笑顔はまさに「天使」そのものだった。
「天使」事態に会ったわけではないが、エステルの中では、
これが「天使の笑顔」というのではないかと心のどこかで思っていた。
「……今ね、ヴィテーズ司教様に伝えたの。『エステルは、私がちゃんと護ります』って。
それが……、私が出来る、唯一のことだと思ったから」
昔、助けられた恩を果たせないまま、ヴィテーズはここから去っていってしまった。
だから少しでも、彼女の役に立ちたかった。
「だから何かあったら、私に聞いてね。少なからず、あのへっぽこ神父よりも役に立つから」
「……そうですね」
微かに笑ったエステルを見て、も一緒になって小さく笑う。
そしてエステルの顔を再び見つめ、ふと何かが引っかかるかのように笑うのを止めた。
この笑顔、「あの方」にどことなく似ている――。
「……どうかしましたか、さん?」
「え、あ、ううん、何でもない。気にしないで」
(そんなわけない、か……)
一瞬の疑いを心の中で否定し、再びエステルの顔を見る。
その顔はどこか、何かを強く決心したかのようにも見うけられた。
「それじゃ、またね、エステル」
「はい。……さん」
「ん?」
「本当に……、ありがとうございました」
「……どういたしまして」
深く頭を下げるエステルに、は優しく微笑むと、彼女の横を通って市街へ戻り始める。
頭を上げ、その後姿を見つめていたエステルの視界に、
ある不思議な映像が飛び込んできた。
しかしそれは、が霊園を後にした時には消えてなくなっていた。
「……きっと、気のせいよ、ね」
だがその光景は、何故かエステルの脳裏から離れようとしなかった。
そしても、後にエステルの存在が自分にとって大事な人物へと変わることを、
この時はまだ知る由もなかった。
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