「パレード終了後、すぐに支度を整えて、市の要人達を招いてのパーティー。
それで、本日の予定は終了、というところね」
車へ向かうカテリーナの後方を、着なれない白の尼僧服を身に纏ったが、
手にしているスケジュール表を見ながら歩いている。
カテリーナの護衛――秘書役といった方がいいのかもしれない――が今回の彼女の任務なため、
僧衣での遂行をやめたのだ。
念のために僧衣も持ちこんではいるが、それはあくまでも緊急事態用であって、
出来ることなら使わず、そのままローマに持ち返りたいものだった。
「それにしても、変わらず暑いわね。室内は空調が効いてるからいいかもしれないけど、
外は不安だわ。カテリーナ、その格好で大丈夫?」
「車内にも、ちゃんと空調完備していあります。心配しなくても大丈夫よ、」
体が弱い主人を心配するようなを、カテリーナは安心させるようにそっと微笑む。
この心使いが、彼女はいつも嬉しかった。
「パーティーには、あなたも一緒についてもらいます。けど、出来れば今夜はゆっくり休みなさい。
アベルも、こっちに来ているのですしね」
「ああ、そう言えば、彼は別の任務でここに来ていたわね。確か先日、聖職認定局職員だったピエトロ・
ボッロミーニ博士が、免職にされた腹癒せに保管されていた電脳制御言語を無断で複製して着服している疑いがあって、
カルタゴ滞在中のところを拘束するとか。……何がおかしいの?」
「いいえ。特に深い意味なんてないわ」
他人の任務に干渉しないことで有名なが、アベルのことになると別人のように話す姿に、
カテリーナは思わず顔を緩めてしまう。
彼のことになると他人事のように思えなくなるのは相変わらずのようだ。
パレード用の車の前に到着すると、
そこには先ほどまで哨戒をしていたはずのトレスが、大使館職員達と共に出迎えていた。
パレード中は、彼がカテリーナの護衛を担当することになっていたからだ。
「時間通りね、トレス。ご苦労様」
「無用」
いつもと変わらない無表情な小柄な神父から、
まるで当たり前であるかのような答えが返ってくる。
「パーティーの準備状況はどうだ、シスター・?」
「八割方終わっているわ。彼女が戻って来るまでには、ちゃんと整えておくから心配しないで」
「了解した。ミラノ公、パレードの出発時間だ。速やかに乗車を」
「分かりました、神父トレス。それでは、あとのことは頼みましたよ、シスター・」
「お任せを」
開かれた扉にカテリーナが乗車すると、それを追うようにトレスも乗り込み、ゆっくりと車が走り出した。
それを一礼して見送る姿は、
まるで尼僧服を着用した軍人のようで、違う雰囲気を出していた。
車の姿が見えなくなると、は再び大使館の中へ戻ろうとして道に背を向けたが、
横から聞き覚えのある声がして、すぐに足を止めた。
黒の僧衣を着込んだ銀髪の神父が、手錠を掛けられて気絶した1人の男をつれてこちらに戻って来る。
口元で、何かぶつぶつ呟いているようだった。
しかしが真っ先に目に飛び込んできたのは、そんな情けない声を挙げている神父ではなく、
胸ぐりの深いドレスを着た、16、7歳に見える少女だった。
「……エステル! エステルじゃない!」
「あれは……、さん! お久しぶりです!」
任務に同行していることは知っていたが、まさかこんな格好をしているとは思ってもなく、
は思わず叫んでしまった。
その声に気づいたのか、呆れたような表情をしていた少女
――エステルの顔がぱっと明るくなったのが分かった。
「以前会ったのは……、射撃訓練の時でしたよね?」
「ええ。その後、腕は上がったかしら?」
「いえ、さんほどではありませんけど、それなりには……」
笑顔を向けられたのと、今の自分の格好に、エステルは恥ずかしさのあまりに顔を赤く染めていた。
その横で、未だ付き添いの神父がぶつぶつ呟いているBGM付きで。
「全く、相変わらず情けないんだから。
……言いたいことがあるんだったら、ちゃんと言いなさい、このお間抜け神父!!」
「ウガーッ!! ……あれ? どうしてさんの華麗なるどっ突きが?
てか私、いつのまに大使館の前に??」
「馬鹿も休み休み言いなさいよ、もう。……さっ、とっととこの男を監禁室へ連れていきなさい」
「ああ、はいはい。行きましょうか、エステルさん」
「は、はあ……」
へらへらした笑顔を見せながら、アベルはエステルと共に大使館内に戻っていく。
だが、の表情が晴れることはなかった。
あの気だるさは、どうやったらなくなるのだろうか。
彼女は考え始めたが、結論といえるようなものは何1つとして出てこなかった。
「ま、アベルらしいということにしておきましょうか」
結局仮の答えを出し、はため息を1つして、2人の後を追うようにして大使館の中へと戻ったのだった。
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