(アベル! ボッロミーニが何者かによって焼殺されたわ!)
(何ですって!? 一体、誰が?)
(たぶん、長生種――火炎魔人だと思う。現場にはトレスとエステルがいるから、
すぐに2人の援護にあたって。私はカテリーナの身の確保に行くわ!)
(分かりました。お気をつけて)
が再び姿を現すと、火災を聞きつけた枢機卿付の尼僧達が、
主の寝室へ向かっているのを目撃した。
「シスター・! そこにいらっしゃったのですね!?」
「ええ、まあ。……もしかして、あなた達も猊下のところに?」
「はい。火災のことはご存知ですか?」
「ええ。で、彼女を避難しに?」
「そうです。大使が準備だけでもと申していたので」
大使の行動は正しい。
ましてや、その反抗がの予想通りにものであればなおさらのことだ。
尼僧達と共に、もカテリーナの寝室へ向かう。
正面に立つと、尼僧の1人が扉をノックする。
「あの、お騒がせして申し訳ございません、猊下。なにやら、館内で火災が発生したとやらで……」
「分かりました。今、鍵を開けます。お待ちなさい」
返答はすぐにかかった。
しかし、扉を開ける気配が一向にない。
すぐに応答する彼女のことだけに、尼僧達が徐々に心配し始めた。
(……まさか!)
「私は別ルートで彼女の部屋に侵入するから、あなた達はここで彼女に呼びかけて!」
「はい、分かりました!」
事態を掴んだのか、は不安な声をあげる尼僧達に指示を出し、来た道を戻り始めた。
だがそれも、尼僧達に姿を消した後にすぐに止めた。
「ヴォルファー、やっぱ寝室に入るわ!」
『了解! 気をつけて、我が主よ』
プログラム「ヴォルファイ」の言葉と共に、の姿がまたその場から消える。
そして次の瞬間、視界に入ってきた光景に思わず動きが止まってしまった。
カテリーナの横には、1人の少年が立っていた。
恐らく、プログラム「ステイジア」が見つけた者と同一人物であろう。
彼の手は、カテリーナの腕をしっかりと握っており、
見ている限りではそんなに力が入っていないようにも見えた。
だが薄い唇から覗く牙に、はすぐに相手の正体を見抜いた。
「猊下から手を離しなさい!」
相手を凝視したまま、は手にしていた短機関銃を相手に向けた。
その声に、少年ははっとしたようにこちらを見つめていた。
まるで、いつ潜入したのか戸惑っているようにも見える。
「貴様、いつここに入って来たのダ!」
「そんなことはどうでもいい。それより早く、彼女の手を――!?」
の言葉が途切れたのは、月の光によって少年の姿が鮮明に映し出されたからだった。
遊牧民族風に襞を引いた民族衣装を纏っている、その少年の顔は……。
「あなたは……、あなたは、まさか……!」
一瞬、自分の目を疑いたくなった。
まさか彼が“外”に出るだなんて、思ってもいなかった。
一体、どうしてここにいるのだ!?
「無礼な短生種メ! 汝、卑しきサルの分際で、聖旨を伝えに来たこの余を怪物呼ばわりするカ!」
「「…………!?」」
たどたどしいローマ公用語で言う彼の怒声は、とカテリーナの動きを止めた。
そしては、なぜ相手がカテリーナの前に姿を現したのか、すぐに理解した。
そう。この任務は、のよく知る友人より彼の方が適任している。
「“聖旨”と言ったの!? まさか、お前、いや、あなたは“帝――」
カテリーナが相手の正体に気づこうとした時、
壁の向こうから直径13ミリの銀の弾丸が、彼女の鼻先をかすめ去り、
直後、その腕を捕らえていた少年の方を釣らぬいだのだ。
「ッ!」
悲鳴を挙げ、カテリーナの腕から手が離れても、銃弾は途切れることなく降り注がれた。
その攻撃している相手に、はすぐ声を張り上げた。
「やめなさい、トレス! 彼は違うのよ!!」
しかし銃弾の音が大きすぎて、声が届いていないらしく、銃弾はすぐに止まることはなかった。
どうにかして止めなくては行けない。
そう思ったは、すぐに少年のもとへと近づこうとした。
「おッ、おのレ、短生種。……アスツ・ネプニ! ア・セ・ファケ・デ・リス!」
「ま、待って! 待ちなさい! あなたは――」
「! 危ない、カテリーナ!!」
自ら銃弾の中へ飛びこんでいこうとしたカテリーナを、がすぐに止めにかかる。
だがカテリーナが手を伸ばした時には、少年の姿は瞬間移動でもしたかのように、
月光射す窓辺に移動していた。
「やはリ短生種……、それも教皇庁なド、信用すべきではなかったのダ!」
「――お待ち下さい、メンフィス伯!」
が発した言葉と同時に、扉が室内に向かって蹴り開けられた。
そこから現れたのは、焼け焦げた僧衣が痛々しいトレスの姿だった。
空になったM13の弾倉を落とし、袖口から飛び出した新たな弾倉を銃把に装備させる。
「常駐戦術思考を索敵攻撃から殲滅戦仕様に書換え――消去開始」
「もやは選択はなされタ! こうなれバ、汝ラ愚かなサルに服従か死――あるのみ!」
「待って……、神父トレス、発砲はやめなさい!」
カテリーナの止めも空しく、トレスが銀色の弾丸を撃ち放たれる。
少年は虚空に身を躍らせ、そのまま姿を消すと、
はその後を追うかのように動き始めた。
窓まで近づき、相手の姿を探し出す。
しかし“加速”を使ったせいか、その姿はもう敷地内にはなくなっていた。
「……目標失探。攻撃中止命令受領――損害評価報告を、ミラノ公、シスター・」
トレスが身の安否を確認しているようだったが、
もカテリーナも、その声は届いていなかった。
特には、相手が相手なだけに、
この事態をどうやって相手に説明すればいいのか、頭を抱える部分があった。
「……知り合いだったのですか、?」
の気持ちを察知したのか、カテリーナの声がの耳に注がれる。
その声に、はすぐに彼女の方へ振り返った。
「カテリーナ……、彼は……」
「分かっています。あれは……、いや、彼はもしや……」
「ええ……、聖旨を伝えに来たと言うのは事実だわ」
カテリーナの言葉を飲むかのように、は大きく頷く。
そして闇に沈む空を見ながら、はぽつりと呟いた。
「メンフィス伯イオン・フォルトルナ卿。――私の知っている帝国貴族の身内の方よ」
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