外に出れば、見なれた野戦服の兵士達が街を徘徊しており、
はそれを避けるだけで一苦労だった。
ターバンをしっかりと頭に巻きつけて、慎重な足取りで食料と包帯などの医療道具を調達して、
兵士達に気づかれないように見を屈めたままホテルへと戻った。
部屋に戻ると、顔色が元に戻ったの顔を見て、
アベルが少し安心したような表情で彼女を見つめていた。
心配するぐらいなら、大人しく治療を受けて欲しいと思いながらも、
は備え付けのキッチンで夕食用のリゾットを拵え始めた。
病人が2人もいるのだから、消化のいいものの方がいいと考えたからだった。
アベルには先ほど同様、赤い液体を少しだけ垂らしてよく混ぜておいた。
こうでもしないと、自分の体内にいる「あいつら」が、また暴れ出す恐れがあったからだ。
エステルには、市場で作られた野菜とソーセージを使ったサンドイッチを拵えることにした。
サンドイッチ作りに関しては、の得意料理の1つだ。
ただ物を挟むだけではあるが、
中に入れる食材やドレッシングを変えるだけで違う味わいが楽しめる料理といっても過言ではない、
とは以前から思っていた。
それをエステルに届けると、再び部屋に戻ってリゾットを用意し、
包帯と消毒液、そして転送プログラム「ヴォルファイ」によって届けられた“生命の水”を持って、
エステルとは逆隣にいるイオンの部屋へと向かった。
「メンフィス伯、お食事をご用意しました。食べれそうですか?」
声をかけても、扉の奥から返事がない。
眠りについたのかとも思ったのが、夜を活動時間にしている彼のことだから、
まだ眠くはなっていないはずだ。
だとしても、今日1日でいろいろなことがあったため、
疲れてしまっているということも考えられる。
ベッドの横にでも置いておこうか。
はそう決意し、ゆっくりと扉を開けた。
部屋に入れば、彼はベッドに上半身を起こして、ただ呆然と外を眺めているだけであった。
「よかった、起きてらっしゃったんですね」
安心したように表情を緩めると、
は彼の横にあるサイドテーブルにリゾットと“生命の水”が入ったグラスを横に置いた。
その様子を横目で見ていたイオンが、ゆっくりと口を開いたのは、
が近くにある椅子に腰を下ろした時だった。
「……そなたハ」
「はい?」
「そなたハ、ラドゥが“強硬派”の人間だということを知っておったのカ?」
どうしてそのような質問をしたのか、にはすぐに分かった。
それはイオンが、彼女の慕っていた人物の孫だからだ。
[……知ったのは、私が“帝国”を離れて、4年ほど立ってからのことです]
周りに誰もいないことと、知られても特に大きな支障となるものがないと判断し、
は久々にイオンの母国語を口にし始めた。
[当時、私がレン・ヤーノジュ伯爵令嬢と共に遂行していた任務が“強硬派”に関することだったから
というのもあり、今後の対策のためにと思って、情報を集めていたのです]
[そう、だったのか……]
[しかし、私が知っていたのはそこまでです。まさか彼の影に、もう1つの大きな存在が潜んでいただなんて……]
「もう1つの存在」。
それは、彼女の上司であるカテリーナが一番敵視している組織のことで、
その組織が“帝国”にまで進出しているとは思ってもいなかった。
[ただ単に“強硬派”のメンバーであるだけなら、私はそんなに関心を持とうとは思ってもおりませんでした。失礼な話、
私は他人事には全く興味がありません。ましてや、他国で起こっていることなど、どうでもいいと思っておりました]
[ああ、確か、そなたは事が済むと、とっとと我が祖国を後にした、と祖母君が言っていた]
[そんなことまで話しておいででしたか、あの方は]
どこまで話したのかなど、には予想もつかないことだった。
事件の全貌は話しただろうが、それ以外のことを目の前の少年が知っていたとしたら、
彼女はどんな手段を使ってでも彼の肉親である者に訴えてやろうかとも思った。
――それが出来ればの話だが。
[とにかく今は、しっかりと栄養を取って、ゆっくり休養して下さいませ。心は休まらないかと思いますが、
もし何かあったら、私かシスター・エステルに申し出て下さい。――ナイトロード神父も、
明日から街の見廻りをするとのことでしたし]
アベルがどこまで動けるかという不安はあるが、さっき彼が言った通り、
何も動かず部屋に篭っていては、逆にエステルから不審に思われるのがオチだ。
それなりの処置は施してあるから、短時間なら外に出歩けることは可能だし、
もしどうしても無理なら、自分が彼の代わりに動けばいいだけのことだ。
「さ、包帯を交換しますわ。消毒液も買ってきましたので、少し染みるかもしれませんが我慢して下さい」
「ああ。……礼を言う、シスター・」
「どうか、『』とお呼び下さい、メンフィス伯。あの方のお孫君であるあなたには、
その資格は十分にありますから」
「分かっタ……、」
てきぱきと包帯を交換するは、終始笑顔を絶やさずにいた。
そのお蔭なのか、イオンは消毒液の染みる感じがしなかったのだった。
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