「また会えたな、吸血鬼ども! む? これはあの時の娘ではないか。では、報告にあった尼僧とは汝だな」
遅れること数分で自動二輪車を停めて駆け出すと、
先にある光景――エステルの襟首を掴んでいるブラザー・ペテロの姿に、
は思わず顔を顰めてしまう。
「やめなさい、ブラザー・ペテロ!」
右側にしまっていた短機関銃を取り出し、エステルを捉えている修道士に向ける。
ペテロがその方へ振り向けば、相手の顔を見て、少し驚いたような表情を向ける。
「う、汝は大尉! ……いや、今は派遣執行官シスター・・か!」
「ご名答。と、いうことで、彼女を下ろしてくれないかしら? 私としても、出来ることならあなたとは
争いたくないのよ」
「この娘が人の身にして、吸血鬼なぞを助ける方がいかんのだ。某は間違った行動を起こしていない」
相手としては、宿敵である吸血鬼を捕らえるのが目的であり、
その吸血鬼を逃がしている自分達の行動は確かに間違っているのかもしれない。
しかし、それでも今はイオンを護らなくてはならないのだ。
「彼女から、その手を離して頂けませんか、ブラザー・ペテロ」
2人の会話に割りこむかのように聞こえた声に、ははっとした。
道路に倒れていたはずのアベルがよろめきながら立ち上がり、
右手にしっかりと握っている旧式回転拳銃をペテロに向けたのだった。
「ふん、ナイトロード神父か。手負いのみでご苦労なことだ。ゆっくりと病院で休んでおればいいものを」
「……手負いの身?」
一瞬、ペテロの言葉に困惑した表情をするエステルを見て、は心の中で舌打ちする。
そして、右手に握っている短機関銃をより一層強く握り締めた。
(お願いだから、それ以上は言わないで……)
しかし、の心とは裏腹に、ペテロが肩をすくめながら、襟首を掴むエステルに告げた。
「あの男の体は、すでにボロボロのはずだ。前回の会敵の際、肋骨から内臓から、
散々痛めつけてやったからな。……よくぞ、自分の足で立てていられるものだ」
「!」
殴られたような顔になって目を見開くエステルの顔が、硬直しているように見える。
だがアベルは、そのことをあまり気にしていないようだ。
「余計なことはいいです。……それよりその娘を放して下さい、ブラザー・ペテロ」
「死にかけのわりには威勢がいいな――よかろう!」
「! やめなさい、ペテロ! …………やめて――!!」
の声が届く間もなく、ニヤリと笑ったペテロの腕が、
エステルの襟首から外れ、アベルに向かって突進していく。
それに追いつこうと、の体がアベルの方向に向いたのだが――。
(私のことは、心配いりません)
脳裏に横切った声と同時に、動きが止まってしまった。
(私のことは、心配いりません。それより、エステルさんとメンフィス伯の方を頼みます)
(何、ここまで来て馬鹿なこと言っているの! 本気で死ぬ気でいるんじゃないでしょうね!! 私は真っ平ご免よ!!)
(死んだりなんてしません。……でも、もしも……)
言葉がここで一度止まり、何かを躊躇うような仕草を見せる。そして決意したのか、に今後のことを伝えた。
(もしも……、もしも私が暴走したら……、……その時は、お願いします)
「神罰!」
アベルの言葉と咆哮したペテロの盾がアベルの腹を捉えたのは、ほぼ同時のことだった。
のけぞるアベルに、さらにもう一枚の盾の一撃が炸裂して、
血反吐を吐いて大きく吹き飛んでいく。
「神父さま……、アベル神父!」
「アベル!!!」
反射的にアベルの方へ向かって走り出そうとしたが、
先ほどの彼の言葉を聞いて、すぐに動きを止めてしまう。
そう、今の自分にはやらなくてはいけないことがある。
「そやつらを確保せよ。聞くことが山ほどある」
ペテロが顎をしゃくりながら言う言葉を耳にしながら、は策略を考え始めた。
どうにかして、エステルとイオンを助け出さなくてはならない。
「……さて、汝はどうやって処理されたいか、シスター・?」
「さあ、どうしよかしらね。とにかく、アベルをここまで痛めつけた代償は大きい、
ということだけは告げておこうかしら?」
「そのへらす口、昔なら大人しく聞いていたが、今はあの時とは違う。ナイトロード神父
のようにされたくなかったら、大人しく某の指示に従うのだ」
「あら、私が素直にそうすると思っていて?」
「そのような言葉、二度と吐かせないようにしてくれる。――ああ、そちらの吸血鬼には硝煙銀溶液を注入せよ。
気をつけて連行するのだぞ。尋問が済むまでは、絶対に死なせてはならぬ」
「――いいや、彼にはここで死んでもらう」
どこからともなく聞こえる声に、その場にいた者達すべてが一瞬動きを止めた。
それと同時に、停車していた六輪装甲車が爆音を上がって空へと舞い上がり、
炎の尾を引いて回転しながら地面い叩きつけられ、轟音を上げて粉々に爆散していく。
「な………っ! 何だ!? 何が起こったのか!?」
兜の下で、ペテロの目が大きく見開かれ、
その横でが、攻撃の矢先を見つめた。
そこにあったのは……。
「……相手もなかなかやってくれるんじゃない」
噴き上がる黒煙の向こうの小山のような巨影が唸りを上げているのを、
は唇を少し噛み締めながら見つめていた。
こんなことが出来る人物は1人しかいなく、その人物が自分のよく知っている者だからこそ、
なお腹が立ってくる。
「困るな、異端審問官。……吸血鬼はちゃんと殺してくれなくては」
皮肉げに笑った人物――異端審問局が空港に配置していあったはずの最新型戦車の主砲の側に
立っているルクソール男爵ラドゥ・バルフォンの姿を、
は睨みつけるように見つめていた。
その後方で、エステルも相手の姿を確認して声を発する。
「ル、ルクソール男爵……」
「やあ、シスター、こんばんは。先日は失礼したね。――ほほう、これは久方ぶりに見る顔があるね、
・卿」
「本当、お久しぶりですわね、ルクソール男爵ラドゥ・バルフォン卿」
イオンと面識がなかっただったが、ラドゥとはすでに“帝国”で顔を知っていた。
会ったのはほんの2回程度だったが、離れてすぐに、
彼が“強行派”の一員であることは知っていたこともあり、顔はしっかりと覚えていた。
「こんな形で再会するとは思ってもいませんでしたわ。その後、お元気でしたでしょうか?」
「この場において、敵の安否を心配するとは、可笑しな短生種だ。まあ、それは何より、
この3日間、よく逃げおおせられたものだ。――あんな足手まといの坊やに付き合うのは、
疲れただろう?」
「“足手まといの坊や”?男爵、あなたって方は――!」
「貴様は、あの時の火炎魔人っ!」
イオンを弁護しようとしたエステルの声は、ペテロの荒々しい怒声に遮られてしまう。
怒号するペテロに向かって、ラドゥは冷たく一瞥したのち、足元の戦車が方向を変え、
ペテロと特警隊に向けて砲塔が油圧の軋みを上げて旋回する。
「貴様、ゴリアテの電脳知性を乗っ取ったのか!?」
「きょ、局長危ない!!」
ペテロとその背後の特務警察達に降り注がれたのは、
ゴリアテに装備されている劣化ウラン弾の驟雨だ。
“盾”によって守られているペテロはともかく、
野戦服の特警達はかすめた機関砲弾によって首を吹き飛ばされたり、
風圧によって堂を真っ二つに切り裂かれたりされていく。
「い、いかん! 退がれ! 退がれ、汝ら。……くそ、おのれええええっ!」
噴き上がった地と絶鳴の靄の中で、ペテロの声が高々と響き渡る。
その声を聞きながら、はここぞとばかりにエステルとイオンの方へ向かって走り出したのだ。
ペテロには申し訳ないのだが、彼らを救出するのは今しかないと思ったのだ。
「エステル! あなた、大丈夫なの!?」
「さん……、神父さまが……、ナイトロード神父が……」
目の前で大量に出血しているアベルの方を見つめたまま、エステルは言葉を紡いでいく。
「あたし、あたし、何も気づかなくて……」
「あなたのせいじゃないわ、エステル。誰にも言うなって言った、あの自分勝手な大馬鹿神父がいけないのだから。
――それより、今のうちにメンフィス伯を連れて逃げるわよ」
ここでじっとしているわけにはいかない。
はエステルを何とかして立たせると、
ひしゃげたゴリアテの横に横たわったままのイオンのもとへ駆け寄ろうとする。
距離的にはそんなに離れていないから、すぐに到着するはずだ。
しかし、それを拒むかのように、何かが倉庫の壁に叩きつけられる音が響き渡った。
ゴリアテの正面主砲によって、装甲服を身に纏ったペテロが、まるで冗談のように弾き飛ばされたのだ。
そして、それを仕掛けた張本人はと言うと、イオンに向けて青白い炎を投じたのだった。
一瞬、何かを言うかのように口が動いたのが見えたが、
そのことには構わず、はエステルから少し離れ、
右手に握り締めていた短機関銃のレバーを手前まで押し、
軽く引き金を引いた後、炎へ向かって離した。
銃口から飛び出した光が、イオン目掛けて投げられた炎を捉え、
激しい光と共に破砕される。
「何をする、卿?」
「それはこっちの台詞ですわ、バルフォン卿」
レバーを中心に合わせ、銃口をラドゥに向けると、一気に引き金を引いていく。
発射された強装弾が勢いよく飛び出し、相手の姿を捉え、命中しようとする。
――もし相手が、普通の人間なのであれば。
「そんなもので、当たると思ったのか?」
背後から聞こえた声に、はすぐに身を転じ、炎を避ける。
それと同時に、左側に納めてあった短機関銃を取り出し、
右側同様レバーを中心に合わせる。
2挺の銃口から飛び出る強装弾の嵐を、ラドゥは軽々と避けていく。
もで、相手から投じられる青白い炎をうまく躱しながら、
少しずつ距離を縮めようとしていく。
“加速”を使っている側としては、少し異例なことだ。
の体には、何か白い、オーラのようなものによって包まれているように見えた。
「見えた」のだから、実際には何もないのかもしれない。
だが、錯覚ではなければ、一体何なのだろうか。
「ここまでです、バルフォン卿!」
そんなことを考えているうちに、背後から声が聞こえ、相手は急いで方向を変えた。
2つの銃口が姿を捉え、そして人差し指にかかっている引き金を引く――。
ドクン。
胸元の激痛に、は力を失ったかのようにその場に崩れ落ちる。
引き金を引くことなく、短機関銃が地面に高い音と共に落ちて行く。
「もらったあっ!」
ラドゥの言葉と同時に、前方が明るく輝いているのを、
は苦し紛れになりながらも凝視するように見つめた。
そしてすぐに避けようとしたが、激痛にせいで言うことを聞こうとしない。
「ステイ! すぐに“サティストファー”を……!」
戦闘プログラム・サーバ「ステイジア」の愛称を口走る時は、
いつも危機的状況に陥った時だけである。
まさに、今の状況にぴったりな言葉だった。
だが、「相手」はの命令にすぐ答えようとしなかった。
答える前に、用が足りてしまったからだ。
「……短生種!」
青白い炎を轟音とともに飛来した散弾で破砕させたエステルに、ラドゥが素早く反応する。
荒い息をつきながら、彼女の手に握られている散弾銃の銃口が相手に向けられている。
しかし、トリガーを絞った時には、ラドゥの姿は幻のように消えていた。
「たかが短生種が!」
いつの間にか背後に回っていたラドゥによって、
手にしていた散弾銃が恐ろしい力で弾き飛ばさ、エステル自身も背中から地面に叩きつけられる。
その腕輪に右腕一本で視線の高さまで差し上げる姿に反応して、
が激痛に耐えながらも動こうとしたが、
離れた位置に止まっているメルカバから、何かが一方通行のように流れていたのだ。
ドクン。
再び、胸元に激痛が走る。
まるで、どこかで何かが爆発するのを知らせるかのようだ。
ドクン、ドクン
この居心地悪い感覚を、は以前も体験している。
以前よりも幾分楽にはなったと言えばなったのだが、それでもこの感覚に慣れることはなかった。
いや、慣れたくなかったと言った方が正しいかもしれない。
そんなの予感を敵中させるかのように、
ラドゥがエステルに投じた火球が、青白い光によって撃ち落されていた。
その光は、がよく目にするものと同じものだった。
「始めようとでも、言いたいの、“02”……!」
一体、誰に告げたのだろうか。
はメルカバの近くに転がっているイオンの血潮が、
アメーバか何かのようにあちこちから集まり、次第に大きな川になって、
同じく死体のごとく身動き1つしないアベルへ向かって注がれていくのを見つめながら呟いた。
「何だ……。何が起こっている?」
ラドゥが長生種とは最も縁遠い感覚とも言える「恐怖」に駆られるかのように唾を呑む。
そして次の瞬間――。
巨大な稲妻の柱が天へ昇っていったのだった。
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