それから数分後、アベルとは、

ブリッジにいるトレスとケイト、そしてイオンと合流し、

今後の行動について話し合っていた。




<現場にいた特務警察は全員死亡――これで、カルタゴ市内の異端審問局の戦力は、

ほぼ壊滅してしまいましたわね>




 ケイトの声が苦く、その理由が分かっているだけに、も思わず顔を俯いてしまう。

その表情を読み取って欲しくないため、髪を縛ってその場を凌ごうとしているところが、

彼女らしいところでもある。




<……それでアベルさん、さん、例の襲撃者――ルクソール男爵は?>

「それが、よく分かりません。たぶん、砲撃に巻き込まれたと思います、が……」

「でもバルフォン卿のことだから、無事にあそこから脱出した確立の方が高いわ」

「……イオンさん、あなたは見ましたか?」

「いヤ……、余は気絶しておっタ! 不甲斐なイ!」




 イオンの足を引っ張っていた肩の傷も無事に治り、銀も抜けてきたのか、

輸血が聞いたのか、常任より遥かに早い回復力を見せていた。




「奴の遺体は見つからなかったのカ?」

肯定(ポジティブ)。ルクソール男爵ラドゥ・バルフォンとおぼしめき人物は見いだせなかった。

恐らく逃亡したものと推測される」




 トレスの首筋には、“アイアンメイデンU”の火気管制システムとリンクするための

ケーブル端子が以前差し込まれている。

先ほどの“ルファエル”と“アクラシエル”への艦砲射撃を仕掛けたのが彼だと聞いた時、

は思わず納得したのと同時に、いつこの空中戦艦とリンク出来る機能を作ったのかと疑問に思ってしまう。




「さらに付け加えるなら、もう一隻の異端審問局の空中戦艦――“ラグエル”が以前、失探中だ」

「私もさっき、スクルーから聞いたわ。確か、“アクラシエル”と“ルファエル”と一緒に空港を離脱していたんでしょ? 

今、必死になって追跡しているところよ」

「そうですか……。それで、これからどうするんです、シスター・ケイト?」




 相変わらず暗い表情のアベルに、も一緒になって暗くなりそうだった。

これでも、先ほどよりもよくはなっている方なのだ。

今も医務室で眠っている尼僧が目を覚ました時、

どんな対応をとればいいのかで、重く悩んでいたのだ。




 ケイトの案としては、カルタゴ市内の南方、ドゥーズ・オアシスにある古い教会の廃墟にて、

イオンと会見を試みようとしているとのことだった。

はそこがカテリーナの視察スケジュールに入っていることを知っていたし、

特務警察(カラビニエリ)の戦力が壊滅した以上、カテリーナの行動を妨げる要因は何一つなかったため、

彼女の考えにすぐに賛同した。




<まあ、それまではメンフィス伯もお楽になさっていてくださいまし。そうそう、隠れ家に着くまで、

お茶でもいかがですか? 新しいレシピを開発しましたのよ>

「あら、それはいい考えね。メンフィス伯、彼女が淹れるハーブティは本当に美味しいんです。

きっとお気に召しますわ」

<ローズヒップにマロウとレモングラス……砂糖ではなく、蜂蜜を使うのがポイントですわ。

……あ、アベルさんもお召し上がりになりますか?>

「いえ、私は……」




 寂しげな表情を見せるアベルが、には痛々しくて仕方がなかった。

どうにかして解決したかったが、こればかりはどうすることも出来なかった。




「あの、それよりケイトさん、エステルさんなんですが……、具合は?」

<ええ、それなんですけど、まだ、ベッドから起きてくださいませんのよ>




(やっぱり……)




 ケイトの答えに、は思わず納得してしまった。

あんな光景を目撃した後なのだから、そう簡単に起き上がれるわけがない。

もし気がついたとしても、現実逃避をしてしまいたくなるであろう。




 南の天空に輝き続ける“2つ目の月”の歪な光が、いつもより随分近くに見えていた。

だからなのか、は自然とむかしのことを 思い出していた。

窓に寄りかかり、ある想いに浸る。

それは昔、彼女がこの国に施した、あるものの存在だった。




(あれはまだ……、動くのかしら?)




 先日、アベルがボッロミーニの私物から発見した地下水路図のことが引っかかっていたのだ。

通常なら封印されている場所が含まれていたのだ。

不審に思わないわけがない。




(スクルー)

『その件も含めて調査中だ』

(ありがとう)




 情報プログラム「スクラクト」の返答に、は相手の的確な行動に感心した。

それもやはり、長年共に過ごしてき来たからこそ得られた信頼感があるからであって、

そうでなければ、指示を出さずにして行動に移せるわけがない。



 だがそれは、傍から見れば、やはり普通の人間ではあり得ないことなのかもしれない。

そして、エステルが言う通りに……。




さん)




 脳裏に突然飛び込んで来たアベルの声に、はすぐ我に返った。




(どうしたの、アベル?)

(私、エステルさんのところへ行って、ちゃんと説明して来ようと思ったのです。

――信じてくれるか分かりませんが)

(アベルがそうしたかったら、そうすればいいんじゃなくて? 何で私に聞くの?)

(いえ、一応、言っておいた方がいいと思いまして)

(私は構わないわよ。それでアベルが納得出来るのであれば、ね。けど)




 周りに分からない程度に、は外を見つめているアベルに視線を向ける。

一方のアベルは、夜空に浮かぶ“2つ目の月”をじっと見つめている。




(……けど、私のことは気にしなくていいんだから、自分のことだけを伝えなさい。

私の方は……、大丈夫だから)

(本当に、大丈夫なのですか?)

(アベル、今は他人の心配をしている暇なんてないんじゃなくて? そんなことより、

早くエステルのところへ行きなさい)




 背中を押すように言うに、アベルが一瞬、ため息を漏らすんじゃないかと思わせるように目を閉じた。

しかしすぐに瞼を開け、“2つ目の月”の輝きに向けて、

何かを決意したかのように頷きかけ、腰を上げた。




「エステルさんは医務室ですね?」

<はい。もう1人の怪我人の隣室にベッドを用意しました>

「もう1人の怪我人?」




 ケイトの言葉に、は思わず首を傾げた。

そう言えば先ほど、救援活動をしていたトレスが誰かを抱えながら戦艦内に戻って来ていた。

きっと、その人物のことを言っているのであろう。




『――気をつけろ、我が主よ』




 耳元に届けられた声は、“ラグエル”探索と例の地下水炉について調査中の

情報プログラム「スクラクト」のものだった。




『“ガンスリンガー”が保護した怪我人は……、異端審問局局長ブラザー・ペテロだ』

「……何ですって!?」




 小声ではあるが、驚きを表現するのには十分だった。

特務警察は壊滅されたが、その大元である異端審問局――その局長が目と鼻の先にいるとは!



 何とかして、彼を押さえ込まなくてはない。

は頭をフル回転させて対策を考えようとした。

しかし、それは少し遅すぎたようだった。



 その当の本人が、巨大な鎚矛を持って入口を塞いでいたからだった。






「さあ、ついに証拠を掴んだぞ、この異端者ども!」











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