の導きによって、無事アベルと合流を果たした。
言いたいことも言いきり、気分的にもすっきりした。
しかしまさか、こんな重要な役割を任せられるなど考えてもいなかったと、
エステルは今自分がやっていることに集中しながら、心の中で呟いた。
彼女の後ろでは、アベルが例のあの姿で、エステルの動きを封じようとする自動化猟兵を大鎌で倒していた。
その姿には、もう先ほどのような絶望は消え失せられ、今は大切なものを護ろうと必死になっている。
「神父さま、打ち込み終わりました! 時間は……、4時59分!」
「見せて下さい」
キーボード相手に格闘していたエステルが超えを上げると、
アベルが大鎌を引っ提げたままコンソールに駆け寄る。
モニターには膨大な数字が光となって輝いていて、それを確認すると、
キーボード状のエンターキーに手を伸ばした。
しかし、それはすぐに押されることはなかった。
エステルが、“クルースニク” 状態のままだったアベルを見つめているからだ。
怪物そのものである、この姿を……。
「いいんですよ、神父さま」
だがエステルは穏やかに、凍り付いたように動きを止めたアベルの手に、
そっと自分の手を重ね、誇らしげに宣言した。
「申し上げたでしょ? あたし、あなたなんか、全然怖くないって」
重ねた掌をそっとキーに静めると、システムがモニターに映し出された数字を読み取り始め、
1つずつ姿を消していった。
それが全て消えると、画面に「CLEAR」という文字が浮かび上がれ、
音声が流れ出した。
『現在進行中プログラムを停止しました。ご利用ありがとうございました』
アナウンスがやみ、エステルが安堵のため息をつくと、自分の横にいる神父を見つめる。
彼の目はすでに、いつもの冬の湖色を取り戻していた。
「ありがとう、エステルさん。本当に、助かりました」
「え、あ、いえ、あたしなんて、その……」
改まってお礼を言われて、エステルは顔を赤くしながらも、顔の前で両手を左右に振って否定した。
そんな彼女に、アベルはそっと微笑むと、
先ほどから気になっていたことを聞き出すことにした。
「私がここにいることを、誰に伺ったんですか?」
「シスター・ケイトと神父トレスが、神父さまだけ別行動をするって聞いたのと、ちょうど神父さまが地下水路の
入口に下りたのが見えたので、それで。あとはさん――正確には、さんのプログラム――がここまで
連れてきてくれたんです」
「さんが?」
予想外の人物の名前に、アベルは思わず顔を顰めてしまう。
彼女は確か、異端審問局空中戦艦“ラグエル”のハッキング作業を
ケイトとともに遂行中のはずだ。
「それは、確かなのですか? 彼女は確か――!」
エステルに再び問いかけようとしたが、後方から聞こえた轟音によって途切れてしまった。
そして何かを感じたのか、アベルは呆然としているエステルに向かって急に叫んだ。
「エステルさん、ふせて!」
彼女を抱えてその場にしゃがみ込むと、その上空を何かが空気を切り裂くかのように通りすぎていく。
前方の壁に衝突して突き刺さっていたのは大斧であり、
2人ともそれに見覚えがあった。
急いで後方へ振りかえれば、大斧の持ち主が、何かに飢えているかのように前を見つめていた。
その姿に、視線の先にいるであろうアベルもエステルも驚きを隠せないでいた。
「嘘! 生き残りがいたというの!?」
「あなたはここでじっとしていて下さい。ここは私が――」
アベルが旧式回転拳銃を取り出したのと、
自動化猟兵の体が崩れ出したのは、ほぼ同時のことだった。
あまりにも一瞬のことで、何が起こったのか、はっきり見ることは出来なかったが、
相手の四肢は見事に切断されているのは確かだった。
頭部もその場に転がっていて、胸部も2等分にされている。
その、先ほどまで自動化猟兵が立っている位置に、また別の人影が見えて、
アベルとエステルは身を固くする。
だがアベルは、相手の正体が分かったのと同時にゆっくりと緩めた。
「……やっぱり、使わせてしまいましたか」
「死のうとした人間に言われたくない」
黒メッシュが入った茶髪が逆立ち、普通じゃ持てないような銀の大剣を持つ手の爪は長く伸びている。
そしてその目は、血のごとく赤く染まっていた。
誰なのか分かっている。
エステルは理解しつつも、普通に話しかけるわけにもいかず、
ただ黙って、彼女のもとへ向かうアベルの後ろを走るしかなかった。
一体、どう話し掛ければいいのだろうか……。
「……無理して受け入れようとしなくてもいい、エステル」
声の高さは同じなのに、口調が違うだけで、相手が別人に思えてしまう。
「私は誰かに受け入れて欲しくて、これを使ったわけではない。そんなこと、
はたから望んでなどいない」
「また、すぐにそういうことを。エステルさん、本当はさん……」
本心をなかなか言おうとしないことに、アベルが弁解をしようとしたが、その必要はないらしい。
なぜなら、エステルは爪の長い掌を、優しく包み込んでいたのだから。
予想もしてなかった行動に、赤い目を持つ者――は、大きく目を見開いて、エステルを見つめていた。
今までアベル以外、誰も触れようとした者がいなかったからだ。
「……さんは、『化け物』なんかじゃありません」
「えっ?」
「さんは、『化け物』なんかじゃありません。そうだったら……、こんなに手、温かく、
ないですもの」
まるで、安心させるかのように微笑むその笑顔を、はただ呆然と見つめているだけだった。
過去に、そんなことを一度も言われたことがないため、
どう反応すればいいのか分からなかったのだ。
こんな姿の自分を、目の前にいる少女は「化け物」ではないと言った。
この「人間」離れした手を、温かいと言った。
今まで感じたこともなかったこの感情をどう表現していいのか分からず、
はただ、そっとエステルを抱きしめることしか出来なかった。
「え、さん!?」
突然のことで、思わず小さく暴れてしまったが、相手が肩の荷が下りたかのように感じて、
エステルはほっとしたかのようにの背中へ手を回した。
アベルは、少し離れた位置から2人を温かく見守っていた。
がここまで安堵した表情を見せたのは、一体、どれぐらいぶりだっただろうか。
そう思った時、少しだけエステルに妬きそうになったが、
すぐに大人気ないと感じてやめた。
「……ありがとう、エステル」
再び聞こえた声に、エステルがの顔を覗きこむと、
赤く染まっていた瞳が、もとのアースカラーに戻っていた。
そしてそこから見えたのは、あの「天使」のような笑顔だった。
「本当に、ありがとう、エステル」
「あたしの方こそ……、ここまで案内してくれて、ありがとうございました」
負けずと笑顔を見せるエステルに、も一緒になって微笑む。
そして、心の中で誓った。
「エステル」という存在を、大切にして行こう、と。
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