あれから数日が立ち、

は砂漠の向こうに沈もうとする太陽を見つめながら、アイスティを口に運んでいた。



 避難所として使用することになった大使館内では、

砂嵐で家を失った市民達のテントがあちらこちらに設置されていて、

カテリーナ付きの尼僧達が世話に勤しんでいた。

先ほどまで、も少しでも元気になってもらおうと、

彼らの健康状態や子供達の遊び相手になったりしていた。




「いや〜、夕日がきれいですね〜。ここに来て、こんなにちゃんとに見たの、初めてですよ〜」




 突然聞こえた声に、はふと我に返り、その方向へ視線を動かした。

そして、そこに立っていた銀髪の神父に向かって、1つため息をついた。




「またサボりに来たの、アベル?」

「いや、そんな、サボりだなんてするわけないじゃないですか! そういうさんこそ、

ここで何しているんですか?」

「見ての通り、休憩中よ。何せ昼食を取ってから、ずっと動きっぱなしだったんだから、

少しは休んでもいいでしょ?」




 何の了解もなく彼女の目の前に座り、

勝手にアイスティが入ったガラスポットをグラスに注ぐアベルに、

は再びため息をついて、指を鳴らした。

テーブルの上にガムシロップが入ったピッチャーが出現すると、

アベルは1つお礼を言い、中身をすべてグラスの中へと注ぎ込んだ。




「う〜ん、冷たくって美味しいですね〜。生き返ります〜」




 幸せそうな顔を見せるアベルに、

はふと、“イブリーズ”で流れた、あの立体映像を見た彼の姿を思い出した。

まるで泣き出しそうな、それでいて今にも怒鳴り散らしそうな

――そのどれにも当てはまらないような、あの悲しげな表情を。




「先日は助けてくれて、ありがとうございました」




 まるで心を読まれたかのような言葉が耳元に届き、

は想わずびくりとして、アベルの顔を見つめた。

その顔には、彼女に対する感謝の心が垣間見れていた。




「エステルさんを連れてきてくれて……、ありがとうございます」

「……別に私、そんな理由で彼女を連れて来たんじゃないわ」




 素直に自分の意見を言えない自分がもどかしく思えた。

だが、いかにも自分らしいと納得してしまう。




「彼女が自分で、アベルに合流したいと言ったから、1人じゃ危険だと思って、

一緒に行動していただけなの。私としては、“ラグエル”をハッキングしてから侵入

して止めればいいかなって思っていたから、ある意味手間が省けて助かったんだけど」

「……そうでしたか」




 きっとこの人は、自分の本心を知っているに違いない。

そう思いながらも、はあえてそれ以上のことを突っ込むのを止めた。

もし突っ込めば、またあの時の情景を思い出して、暗くなるのが落ちだったからだ。




「……さん」

「ん?」

「今度、2人でお茶しませんか?」

「お茶なら、今もしているじゃない」

「そうじゃなくて……、今度はアップルパイを囲んで、2人きりでお茶しましょう」




 まるで、何かを思い出したかのように、ははっとした。

その言葉の真意を読み取り、一瞬表情を暗くさせたが、

そんなつもりで言ったのではないと分かっていたから、すぐに元に戻した。




「……私は年に1回しか作らないわよ、アップルパイ」

「分かってます。だから、市販のものを購入してですね」

「その市販のアップルパイを購入するのは私でしょう?」

「いや、ちゃんと払いますって! そりゃ、当日は無理かもしれませんけど、いずれは必ず……」

「アベルの『いずれ』は当てにならないから却下」

「そんな〜〜〜〜〜!!! 私だってね、いざとなればアップルパイの1切れや2切れぐらい、

それどころか、1ホールだって購入出来るんですよ!? ただその、いろいろ事情があって、

それが出来なくて……」




 言い訳鎌しい言葉を綴るアベルを、は思わず笑顔が毀れてしまった。

そう言えば、こうやって彼をからかうのは久しぶりだ。

今までエステルのことや“イブリーズ”のこと、そして昔のことばかり考えていて、

そんな余裕などなかった。



 もしかしてアベルは、このことを気づかせたかったのかもしれない。

そうだとしたら、彼は彼女を……。




「見つけましたわよ、ナイトロード神父!」




 そんなアベルとの横から、新たなる声が聞こえ、そちらの方へ視線を動かした。

そこに立っていた尼僧の手には、配給用の毛布をたくさん抱えていたが、

1人で持つにしては多すぎる量だった。




「あたしが毛布を取りに行っている間に抜け出して、さんと暢気にアイスティ飲んでいるなんて!」

「あ、いや、これはですね、たまたま通りかかったら、さんが休んでいらして、『よかったら、

一緒にどう?』って誘われましてね……」

「誰も誘ってないわ、この大嘘つき神父がー!!」

「ウゴーッ!!」




 テーブルに載っていたお盆が、華麗にアベルの顔へ直撃する。

顔が一気に左側へ曲がり、思わず椅子から滑り落ちてしまった。




「お疲れ様、エステル。重くない?」

「ええ、そりゃあもう、2人分抱えてますからね。……ああ、さん、先ほど子供達が、きれいなお歌

歌ってくれてありがとうって言ってました」

「あら、そう? 喜んでもらえて嬉しいわ」




 子供達にリクエストされて歌ったのだが、予想以上に好評だったらしい。

あまり自信がないものを誉められるのは嬉しいことだと思いながら、

は倒れたアベルの右腕をおもいっきり引っ張った。




「さっ、アベル。あなたはもう少し働いてらっしゃい」

「えっ、まだアイスティ飲み途中なのに!!」

「あら、夕食の後にチョコバナナムースを用意しようと思ったけど、やめようかしら?」

「わーっ! それはまずい! さっ、エステルさん。とっとと終わらせて、夕食にしましょう! 

う〜ん、楽しみですね〜、さんのチョコバナナムース〜」




 百面相のように表情がころころ変わるのが面白かくて、思わず噴き出しそうになりながらも、

はエステルから毛布を半分受け取ったアベルを見送った。

そんな姿にため息をつきながら、エステルもその後について歩こうとしたが、

何かを思い出したかのように、に声をかけた。




さん」

「ん?」

「……いろいろと疑ってしまって、すみませんでした」

「えっ?」

「だから、その、あの、何て言うか……。……とにかく、本当に、すみませんでした」




 何が言いたいのか分からず、は首を傾げる仕草をしたが、

本当はちゃんと意味を理解しており、心の中で首を横に振っていた。

きっとあの光景を見れば、誰でもエステルように思い、感じ、叫んだことだろうし、

としては、そんなに気にしていなかったからだ。



 いや、本当は気にしていたのだが、それは相手がエステルだからだったのかもしれない。




「それじゃ、私、仕事に戻ります」

「……ええ。あとで、アイスティを持って行くわね。暑い中、頑張って仕事してくるんですもの。

それぐらいのことはさせて」

「はい! ありがとうございます!」




 一礼して走って行く後ろ姿を、はまるで、自分の妹かのように優しく見送っていた。

そして、彼女が受け入れてくれたことに安心感を覚えていた。



何故、エステルの行動や発言が、こんなに気になるのかが分からなかった。

今まで、他人のことなど無関心だったはずなのに、

エステルに関してはそれ以上の何かがあるような気がしてならなかったのだ。

幼子であった彼女の姿を見たことがあるからではない。

もっとそれ以上に、大きな理由があるような気がしてならなかったのだ。




『……気になるのね、彼女のこと』




 の心を読んだかのように、テーブルへ戻って来たの前に、1つの光の塊が現れた。

そこから現れた人影の「者」に気づかれたことに、は少しだけばつが悪そうな顔をした。




「あまり気にしちゃ、いけないとは思うんだけどね」

『あら、私としては喜ばしいことなんけど?』

「そうかしら?」




 戦闘プログラムサーバ「ステイジア」の言いたいことなど分かっている。

だがあえて、はそこに突っ込もうとはしなかった。




「ところで……、メンフィス伯がエステルを使者に任命したというのは本当のことなのかしら?」

『ええ。彼が言うには、彼女が一番適していると言っているみたいだから。……あなたはどうするの、

?』

「カテリーナ次第、としか言えないわね」




 すべてはカテリーナ次第。

そうとは言えど、はすでに、自分が“帝国”へ行くのではないかと予想していた。

カテリーナとしては、部下の中で唯一“帝国”へ渡った彼女を向かわせないわけにはいかないと、

少なからず思っているからである。




「となると、私がエステルの護衛役になるということね」

『いいえ、きっと護衛役はアベル・ナイトロードよ』

「アベルが? 何で?」

『エステル・ブランシェが使者、あなたが交渉人となると、護衛がいなくなってしまう。となると、

残された人物は――』

「“帝国”にいるアストと一緒に任務を遂行したことがあるアベル、というわけね」




 アイスティを口に運びながら、は砂漠の向こう側に沈んだ太陽を見つめた。

そこから視線をずらすと、中庭ではアベルが、

エステルと共に配給用の毛布を運んでいた。






「あの2人となら……、大丈夫かもしれないわね」






 そんな言葉を残し、はアイスティを飲み干して席を立ったのだった。











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