[……私に、ここへ残れと?]
[左様]
用件も済んで、明日にはここから離れようと決めた日の夜――ここでは昼なのであるが――、
館の主から言われた言葉に、彼女は思わず顔を顰めてしまった。
[そなたは短生種でありながら、妾達と引けを取らぬ力を持っておる。それを陛下が見こんでのこと]
[陛下にお会いしてないというのに、どうしてそんなことがお分かりになられたのですか?]
[陛下にそなたのことを報告した時、このような返事が返ってきてのぅ。妾も以前よりそう思っていたゆえ、
賛同したのじゃ]
[それでは半分、あなたのご希望、ということですね]
彼女は一体、どこまで話したのだろうか。
いや、それでもきっと、「あの人」は自分の存在をよく知っている。
面識はなくても、噂程度にお互いのことを理解しているはずだ。
だが、それを表に出すわけにもいかず、相手は顔色1つ変えずに告げた。
[私の意思は変わりません。――事実、明日にでも立とうかと思っていたところです]
[また急なことを。もう少しゆっくりとしていく時間はないのかや?]
[そうしたいのですが……]
ため息混じりで答える相手に、彼女は満足げな笑みを見せ、
ゆっくり考えろとだけ告げて部屋を出ていった。
立ち去った扉を見つめながら、部屋に残った者が再びため息を漏らし、
ぽつりと呟く。
「……ここにいては、いけないのよね」
『ああ……、そうだな』
どこからともなく聞こえるその声に対して、彼女は不審になど思っていなかった。
ここに来て、ずっと彼女のサポートをしてきた「者」なのだから当然である。
『もしここに残り、対象物と遭遇したら……』
「分かってる。『主』がそれを望んでいないから、大丈夫だとは思うけど、それでも『あいつら』は、
きっと反応してしまう」
『押さえることも出来るが、今の我の力では少々無理がある』
「ここにいるだけの限定復活じゃ、難しいものね」
荷造りの続きをしながら、何かを確認するかのように言葉を綴る。
そしてこげ茶のトランクをしっかり閉めると、今まで1つにまとめていた髪を解いた。
いつの間にか腰あたりまで来ている髪。
だが、それでも、それを書き上げる癖だけは変わらなかった。
そして、あることを思い出し、目を鋭く尖らせる。
「それに……、もう、目の前の現実から、逃げるわけにはいかないから」
その翌日、借りていた剣を置いて、彼女は姿を消したのだった。
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