モルドヴァ公邸から少し離れた遠浅の海岸に打ち寄せる波が静かな音を立てる。
そこに広がる砂漠が転落の衝撃を吸収してくれたらしく、
アベルとエステル、そしてはすぐにその場から立ち上がった。
だが、イオンは“加速”によって体力を消耗してしまい、
四肢だけが、まるで独立した生き物のように痙攣していた。
「まずい……、しっかりして下さい、閣下!」
「かなり“加速”をし続けていたから仕方ないわ。……今はこのまま、事前回復するのを待つしかない」
エステルの横で同じようにイオンを見つめるに、エステルは横目で視線を送る。
彼女もこの少年同様、ここまで“加速”を使ってきていた。
ならば、少しは支障が出ても可笑しくないはずだ。
なのに、どうしてこんなに平然としていられるのだろうか。
「私は大丈夫よ、エステル」
「えっ?」
いつの間にか、口に出していたのだろうか。
の言葉は、そう思わせてしまうぐらい突然だった。
「私のは、長生種が持つものとちょっと違うから、特にどこかが悪くなったりはしないのよ」
「そう、なんですね……。……でも」
「――さ、少し休憩して、メンフィス伯が動けるようになり次第、移動しますよ」
エステルが新たな疑問を投げかけようとしたが、
のこのこと立ち上がったアベルののんびりとした声と共に中断されてしまった。
「エステルさんは、“生命の水”を伯爵閣下に差し上げておいて下さい。その間に、
私とさんはちょっとこの辺りを偵察して来ますから」
「で、でも神父さま、移動すると言っても……」
「大丈夫です。私達には、帝国の地理を知り尽くしている人がいますから」
その言葉と同時に、エステルの目がに向けられたことを知り、
は軽くため息をついたあと、諦めたかのように白状した。
「実はね、エステル。私、帝国は2度目なの」
「え! それじゃ、さんがここに来た理由は……」
「簡単に言えば、交渉役、といったところかしらね。先ほどのバイバルス卿
――イェニチェリの団長ね――とも知り合いだったのよ」
「そうだったんですね。……なら、少しだけ安心しました」
「そうでしょ、エステルさん? それに、私にも実は、約1名ばかり救いの神に
心当たりがあります」
「は? 救いの神、ですか?」
アベルの言葉で、がぴんときた人物は1人しかいない。
そしてその人物の驚いた表情が頭に浮かぶなり、はかすかに笑った。
(確かに、彼女だったらどうにかしてくれそうだわ。……その前に、小言の1つや2つ、
飛んできそうだけど)
そう思いながら、はアベルの意見に賛同して、一緒に偵察へと出かけていったのだった。
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