「さて、話してもらいましょうか」
アベルは意を決したかのようにへ話し始めたのは、
イオンとエステルのそばから離れて数分後のことだった。
「先ほどの剣、もしかして、あの剣を縮小したものですか?」
「ええ、そうよ……って、はっきり言って欲しい?」
足を止めずに、目的地へ向かって足を進めながら、は横にいるアベルへ答えた。
その答えを受けるなり、アベルはすべての謎が解明できたかのように大きくため息をついた。
「なるほど、帝国に入ると、反応するわけですか」
「そういうことよ。……原因は今のところ、はっきりと分かってないんだけどね」
『大体の理由は予想がつく』
低音の声と共に、2人の前に小さな光の塊が出現し、思わず足を止めてしまう。
その中にいると思われる影に、最初に口を開いたのはアベルだった。
「あの時は嘘かと思ったのですが……、本当だったんですね」
『そう思われても仕方あるまい。我とて、こうして表に出れるとは思ってもいなかったからな』
「それはそうと、その理由って何なの?」
久々の再会を喜んでいる暇などない。
いや、アベルはどうか分からないとしても、
どっちにしろ、今のにはどうでもいいことだった。
「あなたが表に出れる理由や、『力』が出せる原因は?」
『やれやれ、相変わらずせっかちなことだ。まあ、いいだろう』
腕組みするような仕草を見せながら、光の中にいる人物は語り始める。
『もアベル・ナイトロードも、この国が優れたテクノロジーを多数保有し、
軍事的には極めて危険な存在であることは知っているであろう』
「ええ、もちろん。……もしかして、それに反応しているの?」
『その可能性が高いというだけだ』
確かに、光の塊の人物が、テクノロジーに囲まれた環境で何の反応も見せないはずがない。
むしろ、こういった形で表に出てしまうのは致し方ないことなのかもしれない。
だがそれと、の「力」が解放されたのとではどうもうまが合わない。
それはどうやらアベルも同じだったらしく、質問を投げかける。
「それで、さんの『力』が解放された理由は何ですか?」
『予想されるのは、我が表に出たことにより、「あいつら」を支えていたストッパーの1つが
外れたのが理由なのかもしれん』
「でも、『あなた』が表に出たってことは、『あいつら』が解放されたのと同じなんじゃなくて?」
『確かにそうだ。だから、我も全ての能力をお前に貸すことが出来ないのだ。もし貸していたら、
モルドファ公邸で起こった事件など起こっていなかった』
「彼」の力がすべて解放されていれば、あの自動化猟兵の胸に仕込まれていた爆弾をすべて解除させ、
イオンに疑いの目が向かうことなく、少し脱線はしたもの、無事に任務を遂行できたかもしれない。
そう考えれば、まだ少し不利な部分はあるといえるが、
それ以上に、まだあの力が完璧に解放されたわけではないことに、思わず安堵してしまう。
『それはそうと、もうじき目的地へ到着する』
原因を追求している間にも、2人は目的地として定めていた場所に近づいてきてたらしく、
光の塊の人物がそのことを伝える。
はすぐに我に返るなり、視線をそちらへ向けると、
昔と変わらない、懐かしい邸が姿を現していた。
「ここまで来れば、あとは楽ね。アベル、エステルとメンフィス伯をここまで案内してくれないかしら?
その間に、私は彼女と交渉してみるわ」
「分かりました。……あの、さん」
「ん?」
少し口が篭ったのを知ったからか、光の塊はゆっくりと姿を消し、2人きりにしてくれた。
そこが優しいところなのかお節介だったのかはともかく、
アベルは少し不安そうにへ話しかけた。
「あまり、その……、気を落とさないで下さい」
「気を落とす? どうして?」
「いや、だってほら、モルドヴァ公はさんにとっても、大事な方だっておっしゃっていたではないですか。
ですから、ショックを受けているのではないかと思いまして」
アベルの心遣いに、何故か胸元がちくりと痛んだ。
それはあの時に横切った疑問を、再び思い出したからだった。
赤く染まったベッドの上にいたと思われる人物。
その影は見えなかったが、本当に彼女はあそこで死を迎えたのだろうか。
そんなに簡単に倒されるような人物であっただろうか。
疑問が疑問を呼び、頭が混乱してしまいそうになる。
「……ごめんなさい、アベル」
落ちつかせるかのように、アベルへ寄りかかったは、
少しだけ弱くなっているようにも感じた。
「平気なわけないの。ただ、ただあれが本当に彼女だったのかとか考えてたら、
そっちの方が気になり始めて……。散策する前に、公邸が破壊されちゃったものだから、
それすら調べることが出来なくなってしまって……」
まるで、混乱状態を落ち着かせるかのように包み込むアベルの腕が温かく、は思わず目を閉じた。
ゆっくりと両腕を背中へ回すと、服を強く握りしめたまま抱きしめる。
彼女がいなくなったなど、考えたくない。
いや、そんなことはない。あるはずがない。
しかし、もし真実だとしたら。
次々に浮かんで来ては、心を絞め付けていく。
「……すみません」
しばらくして、の耳元に届けられたのは、なぜか詫びるアベルの声だった。
「すみません、さん。……何もしてあげることが出来なくて、すみません……」
アベルの声に、は目を見開き、そして再び、強く抱きしめた。
余計な迷惑をかけたくなかった。
余計な心配をさせたくなかった。
しかし現に、こうして彼を苦しめ、辛くさせてしまった。
「……大丈夫よ、アベル」
腕の力を緩め、アベルを見つめると、
は先ほどの不安がなくなったかのように、明るい笑顔を覗かせる。
「もう大丈夫よ、アベル。あなたがこうして……、こうして抱きしめてくれたから、
もう、大丈夫。……けど」
再び俯き、そっと持たれかかるその姿は、その場から離れるのを惜しむかのようにも見える。
「けど、もしかしたらまた辛くなるかもしれないから、そうなったら……、また、こうしてくれる?」
「…………ええ、勿論ですよ。当たり前じゃないですか」
「……そうね……」
湖色の瞳と、アースカラーの瞳が重なり合い、そしてお互いに微笑み合うと、
2人の体がゆっくりと離れ、アベルがに背を向ける。
「それじゃ、私、エステルさんとメンフィス伯を連れて来ます」
「了解。気をつけてね」
走り出したアベルの後姿を見ながら、はしばらく手を振り、
そして彼の背に自分の背を向けて歩き始めた。
『……しばらく見ないうちに、頼もしくなったな』
耳元で聞こえる声は、どこか感心したかのように頷いているように聞こえる。
『昔はただ反発しているだけの男だったのに』
「彼にも、いろいろあったからね」
『それもそうだな。……それより、モルドヴァ公ミルカ・フォルトゥナのことだが、
こちらでも調べている最中だ。お前の言った通り、不審なところが多過ぎるからな』
「ありがとう。それじゃ私は、それまでにやることをやってしまいましょう」
「今自分がやれることを考えなさい」。
昔、大事な人に言われた言葉が、の心を突き動かしていたのだった。
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