移動中の馬車の中、電脳情報機(クロスケイグス)を器用に動かし続けていた。

その姿を、向かい側に座る伯爵は、感心しながら眺めていた。




[で、作戦は決まったのか?]

[大よそは。ただ、それをそうやって実行させようか思案中です]




 キーボードを打つ手を止めることなく、は伯爵の質問に答える。

画面には、大炎蓋の間の内部図形と出席名簿、ならび、帝国貴族達の着席位置などが記されていて、

到着するまでの資料を取り揃えているようだった。




[なるほど、噂には聞いておりましたが、かなりの人数がご出席されるのですね]

[何せ、陛下にお目にかかれる絶好の機会だからな]




 自身、ディワーンに向かうのはこれが初めてなことだった。

例え仮に地位が高くても、短生種であるが公式な場所に独断で入ることを、

当然のように禁じたからである。




[それより、本当にどうするつもりだ? 最初は私の扈従士民として入るのかと思いきや、

ジルフェルドの同席を許可したとなると、他に手段はあるのか?]

[……伯爵、私が普通の短生種と違うことを、よくご存知なのは貴方じゃないですか?]




 確かに、は短生種とは思えないほどの力を持ち合わせていることは知っている。

そしてその力が、自分達長生種に似ていることも分かっている。

しかし、知っているのはそれだけだ。




[確かに、それはよく存じておる。だからこそ、どうするのか聞きたいのだ]

[そうですか。ならば、あとはゆっくり拝見していて下さいませ。ご迷惑もおかけしませんわ]

[だと、いいのだがな]




 伯爵が再びため息をついたころ、馬車は何事もなく目的地へ到着した。

入口前では、何台もの馬車が止まり、

そこから顔知れた貴族達が扈従士民を連れて下車しているのが見える。




[さ、、目的地に――]




 伯爵の言葉は、今まで目の前にいたはずの人物がいなかったことによって途切れてしまった。

まだ数分しか立っていない上、扉も何も開いていないのに、だ。




[……そう言えば、汝には瞬間移動する力があると言っておったな]




 独り言のように呟いた伯爵の馬車が所定の下車位置まで到着すると、

彼と一緒に驚いていたジルフェルドが慌てて外に飛び出し、主である伯爵をエスコートする側に回った。

伯爵が馬車を降り、扉が閉まる。

そしてそのまま、馬車は所定の駐車場所へ向かって走り出したのだった。






[……見つかるんでないぞ、






 姿が見えなくなった相手に、伯爵はぽつりと呟いた。









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 駐車場に止められた馬車の数は、ざっと数えても500は有に超えていた。

それを監視しているのは、双方に散らばった数人の長生種達だけだった。

その1人が、ある1台の馬車に目をつけた。



 物音1つ立てずに、1つの馬車の扉がゆっくりと開く。

誰かが降りるのかとも思ったのだが、姿が見えないため、

それを監置することも出来ない。



 扉がしっかりと閉まっていなかったのだろうと思い、

監視員はその馬車に近づき、扉に手を触れた。

しかしその瞬間、彼は何者かに首の付け根を強く叩かれて気を失い、

隣にある馬車に寄りかかるように座らせられた。



 誰かがその場にいるのだろうか。

だとすれば、人影らしきものが見えてもいいはずだ。



 周りの監視員達は、仲間が危険な目に合っていることに気づいていないらしく、

自分達の任務を遂行中のように見えた。

だが、それも長く持たないことも十分承知していた。



 その駐車場から数メートル離れた場所。

周りには人1人いない。

それを狙ってか、地面から足らしきものが姿を現し、下から上へと、何かが浮かび始めた。

腰まである長い茶色の髪には黒のメッシュが入っており、

摩訶不思議な青と緑――アースカラーの瞳を輝かせている。




(何とか成功したわね)




 心の中で呟き、は地面を軽く蹴る。

体がかすかに宙に浮き、まるで“加速”でもしたかのように足を進める。



 到着したのは、“大炎蓋の間”の裏口とも見える扉だった。

そこにある暗号盤に、は何の躊躇いもなく数字を打ち込んでいく。

ここに到着する前に、電脳情報機(クロスケイグス)で探し当てたものだった。



 いとも簡単に扉が開くと、は周りの様子をうかがいながら中へ侵入する。

暗闇の中、誰にも聞こえないぐらいの音で指を鳴らせば、

どこからともなく小さな光の塊が出現し、彼女の足元を照らす。



 足を進めていくうちに、何者かの話し声が聞こえ始め、

は着実に本当の目的地へ向かっていることを確信した。

それを証拠に、今まで真っ暗だった場所が、少しずつ明るくなってきている。



 だが、誰にもばれずにここに来ている関係上、相手に気づかれてしまっては困る。

は壁際の、ちょうどイェニチェリ達が立ち並ぶ位置で足を止め、

近くにある長方形の黒い箱に影を隠した。




(中の映像、出せそう?)

『私を誰だと思っておる? お安いご用だ』




 耳元の声と同時に、の足元に円盤のようなものが現れ、

会議室内部が立体映像のように浮かび上がった。

そしてさらに、重要人を示すかのように、目の前にスクリーンのような画面が出現し、

いくつかの人物を照らし出している。

その映像を見ながら、は背後から聞こえる会話に耳を傾ける。




「参集の諸卿よ、事は大逆罪に関わる問題です。将来ある若者を叛逆者よして訴追しよう

というのであれば……」




(ディグリス公スレイマン卿、か……)




 スクリーン状に映し出されている発言者を見つめながら、は彼の名前を呟く。

前回、レンによって紹介してもらった次席枢密司である。



 は彼のことを懐かしんで呟いたのではない。

それどころか、どこか疑っているように聞こえたことを

、彼女の影にいる「人物」が気づかないわけがなかった。




『調べておくか?』

(そうしてくれると助かる。……あまり考えたくないけど)




 貴族の中でも特に短生種に好意的なこで知られている相手を、はあまり疑いたくなかった。

しかし、帝国に到着する前に得た情報が確かなのであれば、

その考えも変更しなくてはならないと思っていた。

だからこそ、彼に対しても注意を払わなくてはならない。



 しかしそれは、新たな人物の登場によって、矛先が変わった。




[――おそれながらディグリス公、メンフィス伯叛逆の証拠はしかとございます。なぜなら、

この私自身が証拠だからです――]




 聞き覚えのある声に、は思わず後ろを振りかえった。

勿論、イェニチェリにばれてしまってはいけないため、

あまり大きく動くことは出来ないが、それでも彼女の驚きを表現するのには十分だった。



 光の隙間から、青い髪がちらりと映し出される。

そしてそれが、自分のよく知る人物だと気づくのには、そう時間はかからなかった。






[ルクソール男爵ラドゥ・バルフォン……、ただ今帰着致しました]











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