[またお会いしたわね、バイバルス卿。先ほどの演説、お見事だったわ]




 いつからここにいたのであろうか。

突如として現れた短生種――の存在に、

その場にいた2人は唖然とするしかなかった。




[どこからここに入ったのだ! ここは――]

[分かっているからここにいるのよ。……そうですよね、ミルカ・フォルトゥナ卿]




 バイバルスに言葉をぶつけて、そのまま視線を少女へと向ける。

その目はまるで、何かを確信しているようだ。




[……いつからじゃ?]




 黒髪をそっと引っ張り、するりと取れる。

そこから流れ落ちて来たのは、長い金髪を持つ、愛くるしい顔だった。




[いつから見ぬいていたのじゃ、よ?]

[最初から怪しく思っていました。第一、貴方様ともあろうお方が、そう簡単に相手の

罠にはまるなど、思ってもいませんでしたから]




 相手の正体が分かり、は被っていた帽子を取り、彼女の前に膝まつく。

それはまるで、彼女に対して敬意を持っているようにも見える。




[お久しぶりです、ミルカ様。……ご無事で何よりです]

[そう畏まらなくてもよい、我が義理娘(まなむすめ)よ]




 上から降ってくる言葉は温かく、まるで自分の娘に向かって言うかのように優しかった。




[どんなに遠くへ離れておっても、そなたは妾の義理娘(まなむすめ)であるのには変わりはない。顔を上げるのじゃ]

[まだそんなことを……]




 「義理娘」という言葉に、が反応しないわけがなかった。

15年前に封印したはずの言葉を、相手が再び口にしたのだから当たり前である。




[私はあなたの娘になった覚えはありませんわ、ミルカ様]

[おや、そうだったかえ? あんなに「母上」と申しておったのに]

[それとこれとは別です!!]




 顔を上げたのと同時に、勢いよく立ちあがると、

は相手に食って掛かるとも言わんばかりに言葉をぶつけた。




[大体、あの時だって、貴方は私の意見を聞かずに、勝手に自分の養女として私を長生種に仕立て上げて、

相手に接近させたではないですか! そんなことしなくても、相手の首を取る方法があったはずなのに

……]

[ほほう、そうであったのか。どう思う、バイバルス卿よ? 他にいい手立てはあったかえ?]

[えっ? あ、いえ、その……、あったかもしれませんし、なかったかもしれませんし……]

[答えになってないわよ、バイバルス卿……]




 戸惑ったような言い方をするバイバルスに、

は呆れかえったかのように、相手を睨みつけた。

この男に同意を求めるミルカもどうかと思うのだが。




[で、そなたの目的は、妾が陛下の分身であることを確かめることだけかのう?]

[いいえ、ミルカ様。それだけじゃありませんわよ、それだけじゃ……]




 いつになったら、自分はこの人に勝てるのだろうか。

半分、投げやりになりながらも、は玉座に戻ろうとするミルカの後姿を見つめていた。




[一体、陛下はどこまで予測しておいでなのですか? 貴女が殺害されることを知って、このような

処置を取ったということは、ある程度推測しているのではないのかと思うのですが]

[真相を知りたい、と?]

[そういうことです]




 数分の沈黙が、2人の間を取り巻いていく。

その間に挟まれたバイバルスは無表情だったが、

心の底では双方がどう動くのかと少し焦っていた。




[……よかろう。教えてもいいのじゃが、条件がある]

[条件? それは一体、どのようなもので?]

[簡単なことじゃよ]

[だったらお断りします]




 ミルカの「簡単なこと」とは、が思う「簡単なこと」とは違う。

そのことをよく知っているからこそ、は即座に断った。




[おや、内容を聞かなくてもいいのかえ? それは淋しいのう。妾としては、

可愛い義理娘(まなむすめ)の驚いた顔を見たかったのに]

「義理娘」とおっしゃるのは止めて下さいませ、ミルカ様!! どうせ、

ここに留まれとか、そういうことでしょうに]

[もう見抜かれておったのか。余計に淋しいことじゃのう]

[本当にそれだったんですか、貴女って人はっ!!]




 別に真意を読み取ろうとかしたわけではないのだが、

まさか自分が考えていた通りだと思ってもいず、は呆れて何も言えなくなりそうだった。




[と、いうことで、条件はそれと、妾の護衛役を勤めて欲しい。それだけじゃ]

[……つまり、私をここから外へ開放させない、ということですか?]

[簡単に言えばそういうことじゃ]




 少しも簡単なことではないと、は心の中で呟いた。

イオンにエステル、アスト、そしてアベルを無視するわけにはいかないからだ。

それに、今の自分は、あくまでも教皇庁から招かれた使者であって、

昔のここでの経緯や経歴など関係ない。




[……申し訳ございませんが、やはりその件はお受けできませんわ]

[そう、申すと思っておった。……仕方あるまい、それもよいであろう]




 どこか淋しそうな表情を見せるミルカに、何故か強く心を打たれたが、

これも何かの企みの1つじゃないかと思ったら、

すぐ冷静に戻ってしまうことが、は我ながら凄いと思ってしまう。




[バイバルス卿、を外へ開放させなさい。そして、頑丈に錠をかけておくのじゃ。よいな?]

[はっ! こちらだ、卿]

[ありがとう、バイバルス卿。――あ、そう、これだけは聞いておかなくては]




 部屋を退室する1歩手前で、は足を止めた。

そして再び、玉座に腰を下ろしているミルカの方へ視線を動かした。




[ミルカ様、メンフィス伯には、あなたが生きていることを伝えるべきでしょうか?]

[そんなことをしてしまったら、今後の計画がつぶれてしまうであろ?]

[それもそうですわね。……ま、その計画というのも、じきに暴いてみせますわ]

[期待して待っているぞ、我が義理娘よ]

[だから、それは止めて下さい、ミルカ様!!!]




 いずれ何もかも明らかにされることだ。ここで焦っても仕方がない。

 はそう自分に言い聞かせ、バイバルスの後を追って退室したのだった。






 その姿を、ミルカは微笑ましく見つめ、聞こえないぐらいの声で呟いたのだった。






[そなたの行動、とくと拝見させてもらうとしようかのう、我が義理娘(まなむすめ)よ]











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