夜が開け、空に太陽が昇った数時間後、はキエフ候邸で割り当てられた自分の部屋にいた。



先ほどまでエステルとイオンを探していたのだが、

アストから慣れない土地で動き回った彼女とアベルに休むように言われ、

は自室のベッドの上に座り、目の前に映し出された立体映像を見ながら、

行方不明中の2人を見つけ出そうとしていた。




(やっぱり、私のせいなのかな……)




 自分が屋敷に残っていれば、2人がいなくなることもなかった。

自分が屋敷に残っていれば、キエフ候の士民達に無駄な労力を使わせる必要もなかった。

こうなることも予測していなかったわけじゃない。

しかし、彼女はどうしても、喉に引っかかった靄を取り払いたかった。

その結果がこれであるのだから、彼女が深く落ちこまないわけがなかった。




 コンコンという音に、はすぐ我に返る。

目の前にある立体映像を消し、ベッドから下りると、扉へ向かって歩き出す。

ゆっくり開ければ、見なれた笑顔が飛び込んできた。




「お疲れ様です、さん」

「アベル……」




 招き入れたアベルの手には、彼女のことを気にしてか、

ティーポットと2組のティーセットがあった。

それをベッドの横にあるサイドテーブルへ置くと、

何も言わずにベッドへ戻ったの横へ腰を下ろした。




「……私のせい、よね」

「何がです?」

「分かってるくせに」




 体育座りで蹲るの姿が、どことなく小さく見えてしまう。




「私がここに残っていれば、こんなことにならなくてすんだのよね」

「そんなことありません。だって、さんにはさんの事情があったわけですし」

「けど!」

「私は、あなたを責めようなど思っていません。勿論、アストさんもです。むしろ、

私がちゃんとしていれば、こんなことには……」

「アベルのせいなんかじゃないわよ。私が……、私が…………」




 声が自然と篭り、ゆっくりと消えていく。

そんな彼女を、アベルはそっと包み込むように自分へ寄せた。




「……さんは悪くないですよ」




 その声はとても優しく、とても温かかった。




さんは、何も、悪くありません」




 髪をそっと撫でる仕草は、まるで子供をあやすようで嫌だったが、

相手がアベルだと、そんなことがどうでもよく感じてしまうのが不思議だった。

そして自然と、彼の胸に甘えてしまう。




「……結局、何も、分からなかった」




 自然と、涙が流れてくる。




「あそこまでして乗り込んだのに、何1つ、謎が解けなかったの」




 「何1つ」というのは嘘かもしれない。

現に、目の前に現れた人物は、あの炎の中に飲み込まれた人物だったのだから、逆に安心していた。

しかし、なぜそのような経緯になったのかが明らかにされなかった。

もし自分があの場に残っていればそれも叶えられたのかもしれないが、

今回の任務は彼女1人で遂行しているわけではない。






 そう。

あの時は1人きりだった。



でも、今の自分は1人ではない。

だからこそ、重い責任を感じていた。



「結局、私がやったことは、無駄だったのよ……」






「…………らしくないですね」

「え?」




 突然の言葉に、は思わずアベルの顔を見つめる。

視線の先にある湖色の瞳が、何故かとても温かく感じる。




さんが他人のことを心配するなんて、らしくありませんよ」




 アベルの言うことは間違っていない。

にとって、他人のことなどどうでもいいこと。

心配しなくても、きっと誰かによって発見されて、無事に戻って来るだろう。

その程度で終わるはずだった。



 しかし何故か、こんなにも他人であるエステルとイオンのことを心配している。

自身も、その理由は分からないでいた。




さん、エステルさんに会って変わりました。彼女のことを、心の底から心配していて、

私としても微笑ましいぐらいです」

「それは、アベルも同じじゃなくて?」

「おや、妬いてくれるんですか?」

「そんなんじゃないけど……」




 エステルに会ってから、は彼女のことが気になって仕方がなかった。

何かが喉に引っかかって、なかなか取れず、その結果がこうなって表に出てきているのであろう。

それを、アベルが気づかないわけがなかった。




「ほら、もうそんな顔しないで下さい。私も不安になるじゃないですか」

「でも……」

「大丈夫ですよ。エステルさん、お強い方ですし。きっと、閣下を守ってくれます」

「……そう、よね。私1人で、こんなに思い悩んでも仕方ないしね」

「そうですよ。あ、紅茶、飲みますか? 帝国の紅茶を飲んだことがあるかどうか分かりませんが、

アストさんにお願いして少し頂戴したんです」




 そう言って、ティーポットに手をかけようとしたが、微妙に届かない。

一生懸命サイドテーブルに腕を伸ばしても、数センチのところで手が止まってしまう。




「あのう、さん。ちょっと離れて……」




 苦笑しながらアベルの方を見ると、彼女は安心しきったかのように彼に凭れていた。

今までずっと、体に力が入りっぱなしなのだろう。

まるで緊張から開放されたかのごとく、は彼に甘えていた。




「…………もう少し、こうしていましょうか」

「……うん……」




 アベルが額にそっと唇を落とすと、

 はそのまま、ゆっくりと眠りに入ったのだった。






 投げ文が発見されたのは、それから数時間後のことであった。











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