が生きていることは、15年前の事件によって知っていた。
しかし、どうして生きているのかまでは分からなかった。
その謎がようやく解けたが、
それがよりによって、自分にとって最強の「敵」を投与していたとは思ってもいず、
密偵の少女――セスはただ彼女を見つめているだけだった。
「君はボクを、殺しに来たのかい?」
「そうしたいところなんだけど、どうやら、主がそれを許さないみたいなの」
「『主のせいで』? それって一体……、……ああ、彼のことか」
「そういうこと」
目の前にいる人物は、「あいつら」の最大の「敵」。
しかし、繋がっている「主」がそれを見とめなければ、攻撃することが出来ない。
出来たとしても、すぐに自分へ振りかかってきてしまう。
だからここは、ただ何もせず、じっとしていることしか出来なかった。
「彼は元気?」
「それは、自分の目で確かめたらどう?」
「それもそうだね」
どこか、安心したかのような表情を見せるセスが、は気に食わなかった。
彼女の心には、昔、彼女が行ったことが今でも許せなかったからだ。
「ミルカ様を分身にしてまで、皇帝自ら調査にあたっていただなんて、信じがたい事実ね」
「何だ、ボクが皇帝だって知ってたんだ」
「そうだと思ってただけよ。たぶん、アベルも気づいていると思うわ」
15年前――それより前から、
はセスが真人類帝国皇帝ヴラディカであることを知っていた。
いや、正確には「察していた」のだ。
当時のの力では帝国の情報を入手するのは難しく、情報1つ揃えるのに1ヶ月以上かかっていた。
そのため、最低限のこと以外の情報は一切調べていなかったのだ。
『、今、帝国海軍の総旗艦“バアル・ハンモン”が接岸した。モルドヴァ公ミルカ・フォルトゥナの隣に、
例のルクソール男爵ラドゥ・バルフォンがおる』
「……何ですって!?」
2人の空気を遮るかのように聞こえた声に、は思わず目を見開いた。
セスはと言うと、声が聞こえないのか、不思議そうに彼女の顔を見つめていた。
「すぐにそこまで移動して! 早く!!」
『セス・ナイトロードは置いていってもいいのか? 一応相手は、この国の皇帝だぞ』
「そんなこと、私には関係ないわ。――早く!」
『全く、世話が焼ける子だ』
ため息交じりに呟き、相手はの命令に従うかのように、彼女の体を消していく。
その姿を、セスは黙って見つめ、そして跡形もなくなくなった後、ぽつりと呟いた。
「やっぱり、今更仲良くなることなんて、出来ないんだね」
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が再び姿を現した時、何かが地面に叩きつけられる音がした。
その方向へ視線を向けてみれば、エステルがバイバルスにより、勢いよく叩きつけられていたのだ。
「……エステル!」
すぐに彼女のところへ向かおうとしたが、足はすぐに止まってしまった。
誰かに強く見つめられている感覚に襲われたからだ。
この視線は、どこから来ているのだろうか。
あたりを見まわしても、その気配は全くない。
まさか、何者かが自分の存在に気がついたのか。次第に焦りの色が見え始める。
『……どうやら、2人のことは任せてもよさそうだ』
耳元に聞こえる声が、にあることを気づかせようとしていた。
それを証拠に、皇帝の手が、イオンを取り押さえ、
青い炎を振り下ろそうとしたラドゥの腕を掴んでいたのだ。
<……待て、ルクソール男爵――そのものはまだ殺してはならぬ>
その済んだ声は機械音声ではあるが、の耳には相手の本当の声が鼓膜を響かせていた。
<メンフィス伯イオン・フォルトゥナ。……この者には聞かねばならぬことが多々ある。ことに、
そこな短生種との関係などな。それが終わるまでは、かまえて殺すことあいらなぬ>
皇帝の発言に、は相手の顔を思わず睨みつけてしまう。
まるで、何もかも予測していたかのような、そんな風にさえ感じられる。
<バイバルス、その2人については卿に委ねる。星皇宮に連行せし後は、
余の指示があるまで拘禁しておくように>
[かしこまりました]
心臓の上に手を置いて一礼するバイバルスに、一瞬だが視線を向ける。
その視線に気づいたのか、相手は思わず息を呑んだ。
彼女の目が、あまりにも鋭く、まるで別人のように睨みつけていたからだった。
(……絶対に、怪我なんてさせないでよ)
心の中でそれだけ呟き、は視線を皇帝へ戻した。
そう。
彼女にはまだやらなくてはならないことが残っていた。
(早く言わなくては……)
皇帝はすでに、先ほどの位置から100メートルほど離れた位置にいる。
相手が演技をしているのであれば、自分も演技をして、それを止めなくてはならない。
は体勢を整え、軽く地面を蹴った。
その気配に真っ先に感じたのは、皇帝の警護にあたっていた禁軍兵団だった。
一斉に武器を持ったが、の顔に気づいたのか、
顔が徐々に青ざめていくのが分かる。
[あ、あれは……!]
武器を持ったまま固まる兵に向かって、は右手を大きく広げる。
するとその手首から、誰もが目を疑う光景が姿を現したのだ。
手首の皮膚が開かれ、何かが姿を現す。
長く、銀色に光り、月明かりに輝く。
そして気がつけば、の手には細身の剣がしっかりと握られていたのだった。
[て、手首から剣が……!]
[うわーっ!]
あまり大きな事はしたくなかった。
が、ここまで来たらこうするしか方法がなかった。
は剣の柄をしっかりと握ると、相手の武器だけを外すかのように大きく旋回した。
腕や肩に傷を負った者達の数が増えていく。
全員倒そうとは思っていない。
その理由に、皇帝の周りを取り囲む禁軍兵団には、何も攻撃を仕掛けなかった。
武器を地面に置いて、立膝をしてしゃがみ込む。
そして、事の事態を知らせ始める。
[お初にお目にかかります、皇帝陛下。私は――]
<知っておる。そなたはミルカの養女、モルドヴァ公女アルフ子爵・で間違いないか?>
[…………その通りでございます、陛下]
やや不服そうに答えたを、相手はどう感じたであろうか。
それは、直接本人に聞いてみないことでは分からないことで、
今はそれを問う時ではない。
<確かそなたは、教皇庁とのパイプ役として侵入していたと聞いている。今回の事件のことも存じていたのか?>
[はい。なので私は、教皇庁国務聖省の役員に扮し、彼らと行動を共にして来ました。……しかし、
彼らは今回の事件とは全く無関係です]
<その根拠はあると申すのか?>
[勿論ございます。なのでどうか私を、我が母の霊廟までご一緒させて下さいませ。バイバルス卿がいない今、
陛下の護衛を勤めることが出来るのは私以外おりませんゆえ]
ここまで演技達者な自分を、つくづく誉めてあげたくなりそうだった。
きっとそう呼ばれた当の本人は、さぞ満足であるに違いない。
背中に嫌な汗を感じるのは気のせいであろうか。
<…………よかろう、アルフ子爵。汝の動向を見とめる>
[しかし!]
周りを取り囲む枢密司達から否定の声があがるが、
ベールの奥から見える視線に気づいたのか、すぐに声を篭らせる。
そして再びに戻すと、その場に立つように命じた。
<そなたの母を想う気持ち、確かに受け止めた。頼むぞ>
[……御意]
に背を向け、皇帝は再び歩き出す。
その姿を見つめながら、は彼女の後を追うように歩き始めたのだった。
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