モルドヴァ公家廟邸に到着すると、すぐに追悼の儀が執り行われ始めた。
1人士民服であることに少々違和感を感じながらも、は儀式を見守りつつ、
耳元から聞こえる声に耳を傾けていた。
『お前の考えは予想がつく。だが、命までは保証出来ん』
(あら、助けてくれるんじゃなくて?)
『そこまで我に頼られても困る。……やれなくはないがな』
廟邸の中にあるものが分かっていても、はこの手段を選ぶしかなかった。
それは皇帝自身が本物ではなく、その事実を知っている人物がどれぐらいいるのか、
全く予想がつかないからだ。
儀式も終盤に入り、廟邸の扉がゆっくりと開かれる。
そこに視線を向けながら、は皇帝が中に入っていく。そして――。
そして、悲劇はとてつもなく大きな爆音と共に起こった。
[た、大変だ! 廟邸が……、廟低が!!]
[全員、ここからお離れ下さい! 巻き込まれます!]
[しかし、中には陛下がおるのだぞ!! 我が母を置いて行けるのか!?]
崩れていく廟邸を見つめながら、枢密司達が各々に叫ぶ。
誰もがその場から動くことすら出来ず、ただただ蹲っている者もいた。
だがその中、唯一炎の中へ飛びこんでいった人物がいた。
[アルフ子爵、危険です! 戻って来なさい!!]
ダマスカス候フェロン・リンの声は確実に耳に届いたが、それより地面を蹴る方が早かった。
“加速”で一気に前進すると、その姿はすぐに炎の中へと消えていった。
そう遠くまで行っていないはずだ。
崩れていく瓦礫を蹴りながら、は中にいる者の姿を捉えようとした。
途中、天井から炎に包まれた木がいくつも落ちてきたが、
はそれを軽々と避けながら、足を1歩ずつ進めていく。
[ミルカ様! 聞こえたら返事をして下さいませ! ミルカ様!!]
この中だったら、本来の名前で呼んでも聞こえることはない。
は今まで隠していた名を叫びながら探し続けた。
『、足元だ』
そう言われ、足元を見てみると、そこはたくさんの瓦礫に隠れて床が見えなくなってしまっている。
ここに、何があるというのだろうか。
「……まさか!」
相手の言いたいことが分かったのか、
はその場にしゃがみ込み、詰まれている瓦礫や木々を掴み始めた。
炎に包まれている上、焦げている物が大半なはずなのに、
掴んでいる手には火傷どころか、水ぶくれ1つつくこともなく、
表情も焦ってはいるが、熱は何も感じていなかった。
数分後、ようやく床が姿を現し、は額の汗を拭った。
熱は感じていなくても、この熱風に体力が消耗しそうになる。
床を見回すと、1箇所だけ色が違う部分があり、
それに振れてみると、180度に回転した。
半円の形をした取っ手だ。
それに手をかけて、手前に引く。
そこから現れたのは、身を小さく丸め、
何かを待っていたかのように笑顔なミルカの姿だった。
[来てくれたかね、我が義理娘よ。待っておったぞ]
[ここまで来て、余裕綽々な声でそんなことを言うのはお止め下さいませ、ミルカ様]
特に何も苦痛に感じていないようなミルカの声に、
は思わずおもいっきりため息をついてしまった。
が、それも長くは続かなかった。
『! 後ろから木が倒れてくるぞ!!』
「えっ?」
振りかえってみれば、柱だったと思われる木が炎に包まれながら倒れ始めていて、は一瞬目を顰めた。
が、すぐに右手を挙げると、その木を片手で支え、動きを封じた。
[さ、ミルカ様! 今のうちに外へ出るのです!]
[おや、もう退散するのかえ? バイバルス卿が来て自慢しようと思っておったのに]
[何の自慢をしようとしたのですか、あなたはーっ!!]
こんな非常事態な時まで、ミルカの発言は健在だった。
ちょっと淋しそうな顔をしながら這い上がる姿を見ながら、は少々呆れてしまった。
何もないことを確認して扉を閉めると、支えていた木から手を離し、
手についた煤を取り払うように両手を払った。
[ミルカ様、しっかり掴まっていて下さい。移動します]
[おお、妾もついに義理娘の力を体験出来る時が訪れるとはのう。何と言う幸せじゃ]
[はいはい、もうどうとでもおっしゃっていて下さい、どうとでも]
突っ込む気力をなくしたのか、それとも今はそれどころじゃないのか、
の返事はちょっと冷たかった。
しかし、相手はそのことは特に気にもしていないようで、
にしっかりとしがみついている。
「このまま外へ移動して」
『高くつくぞ』
「ミルカ様にいじめられるよりもマシだわ」
[おや、いつ妾がいじめたと言うのかえ?]
[……やっぱり言葉、分かってらっしゃったのですね……]
新しい事実を知って失笑すると、笑顔を絶やさないミルカの姿の姿が消える。
それと同時に、天井からたくさんの瓦礫と木が降り注いでいったのだった。
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