廟邸から少し離れた草原に、2つの影が浮かび上がる。

その姿がはっきり見えた地点で、遠くから誰かが叫ぶ声が聞こえた。




[ミルカ様―! ……むっ?]




 ハルツーム男爵バイバルス――禁軍兵団長の目に飛び込んできたのは、

少し煤まみれだが、無事に生還を果たしたミルカと、

それを助けたと思われるの姿だった。




卿! そなたが助けて……!]




 バイバルスの言葉はここで止まった。

正確には、が襟元を掴んで止められたのだ。




[あなた、エステルに何したのよ!? あんな酷く叩きつけて!!]

[お、落ちつけ、卿! あれでも手加減したのだ。ただ気絶しているだけだ!]

[あれで手加減したですって? 相手は普通の短生種の女の子よ? もう少し丁重に……]

[おや、早速口論とは、変わった再会の挨拶じゃのう]




 2人の間を割って入るミルカの声が穏やかで、まるで楽しそうに微笑んでいる。

その姿には、さすがのとバイバルスも動きを止めてしまう。

はバイバルスの襟元を離すと、1つ、だが大きく咳払いをする。




[ミルカ様。相手は皇帝が爆殺されたと思っております。これからどうなさるのですか?]

[うむ。妾の予想では、短生種区画は戒厳令を下される運びになり、貴族側も大会議が開催されるはずじゃ。

そこで妾が登場し、すべてが芝居であったことを説明する]




 犯人は誰なのか分かっている。

ディグリス公スレイマン――次席枢密司であり、皇帝ヴラディカに近い人物であることに違いない。

だが、それを証明できるものは何1つない。

がその場に登場すればいいのかもしれないが、

多くの枢密司達は、皇帝を助けるために、炎に包まれたモルドヴァ公廟邸に飛びこみ、

共に爆殺されたと思われているに違いない。

よって、そう簡単に表舞台に出ることは不可能である。




[犯人の推測は出来てます。しかし、証拠はどこにあるのですか?]

[証拠はボクだよ]




 後方で聞こえる声に、は思わず自分の耳を疑った。

しかし、何かを理解したのか、ゆっくりと振りかえり、相手の顔を見つめた。




[陛下!]




 バイバルスとミルカが、相手の存在に気づいて、すぐに膝まつく。

しかし、はなかなか頭を下げようとしない。




[何をしておる、卿! こちらが我が真人類帝国皇帝である……]

[いいよ、バイバルス。彼女はボクの友達なんだ]

[友達、ですと?]

[そう。……だよね、?]

[…………]




 セスの質問に、はすぐに答えなかった。

きっと、この場はそういうことにして凌いで欲しいとでも思ったのかもしれないが、

にはそれがどうしても出来なかったのだ。




[実はここ数日、ミルカにボクの代行をお願いして、街を見て回ったんだ。ボク自身の目で、

真実を突きとめたくてね]

[それで、ミルカ様に危険な橋を渡らせた、ということね。……あなたは本当、

何もかも自分勝手に事を進めるのね]

卿! 言葉を慎め!!]

[大丈夫だよ、バイバルス。……うん。君の言うことは正しいかもしれないね]




 背中に嫌な汗を感じながら、バイバルスがを罵ったが、

セスは大して気にしていないようだ。




[けど、ボクはこの国の主として、自分の目で真実を確かめたかった。その気持ちだけは分かってもらい

たいんだけどな]

[さあ、どうでしょうね。お蔭で私は、アベル達と別行動を取らざるをえなくなってしまったわけだし]

[それも悪いと思っている]




 この時点で、はアベルとアストと合流するのは難しくなっていた。

教皇庁へ侵入して、国務聖省職員に扮して監視していたという嘘まででっち上げたのだ。

彼らのもとにも、彼女が爆殺されたことが報告されることも考え、今戻るのはあまりにも危険過ぎる。

よって、今のには彼女達と行動を共にする以外の手段がなかった。




[君には、これ以上の迷惑は絶対にかけないよ。君の同僚とイオンは、絶対に死なせたりさせないから]

[私がそう簡単に信じるとでも思って?]

[ボクとしては、信じて欲しいんだけどな]




 少しだけ淋しそうに見える顔が、は本心に思えなかった。

いや、どこかでは分かっていたのかもしれないが、真実だと見とめたくなかったのだ。




[……分かったわ。で、どうすればいいの?]

[君には、ここでの前の地位に戻ってもらう。そして、バイバルスの補佐をして欲しいんだ]

[いいわよ。……バイバルス卿、剣はまだあるの?]

[しかと保管しておる。……だが、そなたは剣を持っておるのではないのか?]

[あれは、出来ればあまり出したくないのよ]




 余計なことで「力」を使うわけにはいかない。

それに、彼女のために「力」を使いたくなかった。

使うのは、の心を繋ぐ、あの者のためだけだ。




[それじゃ、ボクはもう少し様子を見に回るよ。その間に、は支度を整えておいてね]






 少し安心したかのように、セスはその場から離れていく。

 だがの目は、まだ鋭く尖ったままだった。











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