低い声が空気を振るわせる。

それと同時に、セスを包み込もうとした炎は一斉にその向きを変えていった。



 の出した“風の塊”のせいで見えない壁を作り出し、空中で炎を阻む。

だが決して、その力だけではなかった。



 壁の中心に見える不吉な2つの赤い光点。

それがセスのものだと認識したのと同時に大気が咆哮した。




「ディートリッヒとか言ったっけ? キミじゃ、ボクに勝てないよ」




 凄まじい突風がいずこからか沸き起こり、それに反応するかのように、

の持つ剣が唸り声を上げる。



 突風に対抗してか、剣の周りを竜巻状の風が渦巻く。

そしてそのまま、は剣を勢いよく振り下ろした。

竜巻状の風はセスから発せられた突風と混ざって一体化し、

それによって反転した炎が主である敵に向かって逆流する。

ラドゥ=ディートリッヒの体が炎に包まれていくが、

カルタゴで陽光に灼かれた前進の皮膚を耐熱コーティングされた人工皮膚と交換していたからか、

何とか仁王立ちになって耐えた。




<……なるほど、たいしたものだね。しかし、詰めが甘いところは、誰かさんにそっくりだ>




 苦労して手に入れたメモリー・キューブは炎に包まれ、人形を回収する理由もない。

効率よく廃棄するには、もう手段は1つしかなかった。




<――せめて、皇帝陛下の命だけでもいただいていくかな……>

「そう簡単に行くかしらね」




 言葉を吐き捨てたのと同時に、ラドゥ=ディートリッヒが“加速(ヘイスト)”に入る。

完全にリミッターを外し、通常の“加速(ヘイスト)”よりも張るかに超えたスピードで突進するディートリッヒを、

は先が見えているかのように笑みを溢した。

そしてそれを頷けるかのように、セスも笑みを浮かべる。




の言う通り。それと、誰かと一緒にしないでくれるかな。――ボクは彼ほどお人好しじゃない」




 セスの両腕が音を上げて裂ける。

そこからとろりと黒い重油のようなものが毀れ、彼女の手の中に溜まる。

たちまち金属状に硬化され、セスがうでを振った時、

両手にはそれぞれ1本ずつの音叉が握り締められていた。




「“逃げろ”とボクは忠告したよ、“人形使い”」




 セスが冷たく笑うと、交叉された音叉を体前に構える。

そして突進してきたディートリッヒの体を、

見えない壁に弾かれたかのように後方へ吹き飛ばした。



 勢いよく壁に叩きつけられても、

ディートリッヒは猫のように体を捻って衝撃を吸収する。

だが、その場から立ち上がることが出来ないようで、

糸が切れた人形のように、その場に無残にはいつくばった。

視線を落とすと、膝から下が白く変色して灰と貸した皮膚が、肉が、

ぼろぼろと崩れつつあることに、大きく目を見開いた。

目も含めた体のいたるところから、白煙があがっていき、全身が蒸し焼きにされていく。




<何だ、これは……!? 体が燃える……>

「それは高エネルギー焦点式超音波――音の炎さ。波長を揃えた強力な超音波ビームを

任意の一転に収束させることで、狙った部位だけを焼くんだ」




 超音波ビームは収束点までは何の影響も与えない。

しかしセスの瞳が殺気を孕んで輝いた瞬間、

ラドゥ=ディートリッヒの体は弓なりにのけぞった。



 体が真っ白な塩の柱へと変容していく。

まるで、聖書に出てくるロトの妻のようだ。




(……終わったわね)




 自身、この光景を見るのは初めてだったが、

大体のことは知っていたため、とくに驚くこともなく平然と眺めていた。

塩の柱と化すラドゥ=ディートリッヒを、ただじっと見つめることしか出来ない。




「いいかい、“人形使い”。卿かこれぐらいで勘弁してあげる。だけど……、次にあった時は、

絶対に許さないからね。だから、これからは一生懸命お逃げ……」




 急速に崩壊を始めている火炎魔人を、セスは霜の降りたような冷機を放ちながら不吉な宣告を下す。




「ボクはキミ達をどこまでも追いつめ、捉え、酷いことをする。ラドゥ、スレイマン、イオン――キミ達は、

ボクの子供達に採り返しのつかないことをしてくれたんだ。絶対に復習するよ」






 セスがそう告げたのと同時に、ラドゥ=ディートリッヒの体が真っ白な煙と化して四散する。

 それを見届けたが、彼女の見えないところで十字に切り、

そして2度目の死を迎えた者へ祈りを捧げた。











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