塩の柱が崩れた直後、アベルのもとに駆け寄ったのはエステルだった。
その後を追うように、も彼の側へ駆けつける。
「神父さま! 神父さま! 神父さま! しっかりして!」
「やあ……、エステルさん……。さんも……」
「『やあ』じゃないわよ、全く。でも、まだ微笑むだけの力があるなら大丈夫ね」
アベルの右手がエステルの煤で汚れた顔にそっと当て、左手での手をしっかりと握っている。
その力はまだ衰えていないようで、とても強い。
「私は大丈夫です。それより、あなた方の方こそ、怪我はないですか?」
「は、はい……」
「他人の心配より、自分の心配をしたらどう?」
「さんのおっしゃる通りです。ひどい、火傷……。神父さま、すぐに手当てを……」
「彼なら平気だよ、エステル、」
アベルを気遣うエステルとの耳に、より澄んだ声が入ってくる。
皇帝服に身を包んだ少女が、砒素衣の瞳を煌かせて3人を見下ろしていた。
「それより、悪いんだけど、エステル、キミはちょっとはずしてくれないかな? 彼とと少し話がしたい」
「え、でも……」
「平気です、エステルさん。……あなたは、アストさんの方を看てあげて下さい」
「アベルの言う通りよ。お願い、エステル」
「……分かりました」
セスの申し出に、エステルはアベルを庇おうとしたが、
庇われた本人とに促され、渋々とその場を離れた。
後ろ髪を引かれるのか、振りかえりつつもアストのもとへ駆け寄るエステルを、
セスは見守るように見つめていた。
「いい子だね……、あの子は」
「誰かさんと大違いでね」
余計な一言を言いながら、は剣先を左人差し指に突刺す。
点のように現れた血を、どこからともなく姿を現した透明な筒の中へ落とすと、
その底から水が溢れ出し、赤く染めていった。
「起きれる、アベル?」
「あ、ああ……」
支えるように上半身を起こし、アベルの口元に筒を持っていく。
口の中に液体を流すと、それを飲みこむかのように喉が動く。
「さすがに酷いから、すぐには効かないけど、無理に動かないでね」
「ありがとう、」
「私は当然のことをしただけよ」
アベルとの姿を、セスはどこか納得したように見つめていた。
“フローリスト”の力を最大限に引き出すには、“クルースニク”と「繋が」らなくてはならない。
そしてその“フローリスト”を持つは、アベルの“クルースニク”「繋がって」いる。
彼女の血液が、何の抵抗もなくアベルに受け入れられるのが、何よりの証拠だ。
「なるほど、そういうことだったんだね」
満足げに微笑むセスのことを見ていないのか、それとも見ようと思わなかったのか、
は再びアベルを横にし、その場にゆっくり立ち上がった。
「バイバルス卿を呼んで来る。アストの様態も気になるし」
「ボクの話は終わってないよ」
「あなたの話なんて、私には関係ないわ」
まるでセスの存在に気づいていないかのように、はそのまま彼らに背を向けて走り始めた。
そんな後姿を、セスはどこか淋しそうに眺めている。
「……完璧に嫌われちゃってるね。まあ、仕方がないんだけど。それより、エステルって、
ちょっと彼女に似てない? いや、顔じゃなくて、あの根性は要ったとこなんてさ……」
「本当にお前だったんだな、セス。“800年の長きを統べてきた皇帝”――。お前以外に、
考えられなかった」
「それが分かってて、わざわざここまで来てくれたってことは、久しぶりにボクの顔が見たく
なったと思っていいのかな?」
「は違うと思うがな」
否定的な言葉だったが、セスの顔から苦笑が消える。
膝まつき、呆れたようにそっとアベルの頬に指を振れる。
「最後に会ったのはいつだっけ? 相変わらず、辛そうな生き方をしているみたいだね。
見てるこっちがイタくなるよ。の苦労が分かる気がするな」
「…………」
アベルはかすかに苦笑したが、言葉に出しては何も答えない。
その場に立ち上がろうとして、苦痛に顔を顰めると、セスがその手を優しく取って立たせた。
そして白い顔に子簿レンばかりの懐かしさを込めてこう言った。
「900年ぶりだね、アベル……兄さん」
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