午後6時。列車は予定通りに、ヴィエナ市内へ到着した。
車掌に見送られながら、は列車を降りる。
真っ暗な上、以外に下車するものはいず、
天井に数点の電灯が灯っているだけで、非常に寂しいホームであった。
コートのポケットからチケットを取り出すと、はブーツのかかとを鳴らしながら、
駅員がいると思われる改札口へ向かって歩き始めた。
壁に帝国語の矢印が施されているため、目指す場所にはすぐに到着した。
〔ようこそヴィエナへ、モルドヴァ公女アルフ子爵・キース卿。お待ちしておりました〕
予め予約を入れていたからか、相手はの存在をすぐに把握して、
彼女の手にしているチケットを受け取った。
それを手にしたまま、駅員はどこかへ案内をし始めた。
〔このホームは、短生種に内緒で作られたものでして、一般の長生種でも使用することを
禁じている場所なのです〕
〔私は義母のこともあり、ここを利用するのに値した、と、理解してもいいのでしょうか?〕
〔ええ。それに、あなたは禁軍兵団副団長でおられる方。使用出来ないわけございません〕
つくづく自分の帝国での身分を高くしてよかったと、は心の底から思った。
当時はあまりいい印象を持っていなかったのだが、
こういったことを思うと、この身分も悪くないのかもしれない。
そうこうしている間に、はある1つの大きな扉の前で足を止めさせられた。
駅員が暗証番号らしきものを入力すると、扉が大きく開き、
壁のように連なっていた赤い壁が取り払われた。
〔侵入者防止のため、繊細なセキュリティーをつけているのです〕
〔なるほど〕
〔それでは、私はこれにて。次回のご利用、お待ち致しております〕
駅員は深く一礼すると、も軽く頭を下げ、扉の奥へと進んでいった。
暗く、長い廊下が続き、まるで違う次元に行くかのような錯覚に襲われそうになる。
だがそれも、再び現れた扉によって防がれた。
暗証番号を打ち込むようなところがないとなると、普通に扉が開くようになっているのであろうか。
ふとそう思った時、は1つの認証ボードに目が止まった。
どうやら、そこに手を当てればいいようだ。
右手を当てると、下から横の赤い線が上に上がっていき、の指紋などを確認していく。
そして数秒後、扉のロックが解除されたかのように、カチャリと音がした。
『お疲れ様でした、様』
「ありがとう」
機械的な声に答え、はゆっくりと扉を開けた。
勢いよく差し込んでくる光に、思わず目を顰めてしまう。
今まで暗いところにいすぎたせいで、目が慣れないのであろう。
数分立って、ようやく目が開けれる状態になると、
その光の中へと入り、扉をゆっくり閉めた。
よく見ればその扉は、思わず壁と見間違えるのではないかと思うぐらいに姿が隠れていた。
(さすが、帝国の考えることは違うわね)
光の中を行き交う人を見つめながら、は心の中で呟く。
胸ポケットにおさめてあった懐中時計を取り出し、蓋を開ければ、
時計の針はすでに午後6時15分を回っていた。
待ち人は、もう到着しているであろうか。
「シスター・」
探しに行こうかとしたが、どうやら相手が先に見つけたらしく、
背後から聞き覚えのある声がした。
振りかえれば、の姿を目撃して、走ってここまで来たのか、
息を切らした男の姿があった。
「やはりそうであったか。よう参られたな、シスター・」
「お久しぶりです、サイドリッツ中将。その後、お変わりはございませんか?」
「変わってはいないが、やはり年を取るというのは辛くてな。ほんの数メートルしか
走ってないのにばてるとは、我ながら情けない」
「中将はまだ十分若いですわ。年を取ってしまったら、走ることだって面倒になって
しまうと思いますもの」
の荷物であるトランクを受け取ると、
ゲルマニクス退役海軍中将アルトゥール・フォン・ザイドリッツは外にある車へ向かって歩き始めた。
窓からようやく覗く外の風景は、もうすでに夜の闇に覆われていた。
「それにしても、随分と仕事の方が忙しかったとお見受けするが、もう終わったのか?」
「ええ。陛下には、大変ご迷惑をおかけしてしまいました。勿論、あなたにも」
「私は構わないが、陛下は卿が約束を忘れたのかと思っていたらしい。それを説得するのに、
どれだけ時間がかかったか」
弁解している自分の姿を想像してか、サイドリッツの顔が疲れ切ったような顔をする。そ
れを見ていたは苦笑してしまいながら、
自分が帝国からの帰りだということを必死になって押さえこんだ。
車は駅の南口前に置かれていて、黒いボディに覆われた、比較的大き目の車だった。
サイドリッツがのトランクを先にしまうと、後部座席の扉を開けた。
先約の存在を知ったのは、礼を言って乗り込んだ時のことだった。
「ようこそ、ヴィエナへ。お久しぶりです」
「………………いつからこんなに、人を驚かすことがお好きになられたのですか、ルートヴィッヒ?」
ゲルマニクス国王陛下ルードヴィッヒ2世は、
まるで予想通りの反応を示したに対して喜ぶかのように、満弁の笑みを溢したのだった。
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