ヴィエナ国際空港は、今日もいつもと変わらず、

多くの飛行船が旅立ち、そして旅を終えようとしていた。



 その滑走路の1角にある倉庫で、は何やら大きなものの下に潜って、

工具を器用に扱いながら、何やら作業をしていた。




「――イシュトヴァーン解放1周年記念歌劇?」




 手を動かしながらも、

は耳から流れる情報プログラム「スクラクト」の報告に耳を傾ける。




『題名は“嘆きの星”というもので、「聖女エステルと悪鬼ジュラ、黙示録の死闘!!」

などという文句がついている』

「それでエステルも一緒に、というわけね。――――全く、どこまで改造しているのよ、

あの改造魔は。セフィー、奥の赤コードを右側に動かして」

『了解しました、我が主よ』




 先ほどまで基盤の点検をしていた映像・補助プログラム「セフィリア」が、

主の命令に従う。性格には、もともといた「者」が2分裂して、

その1つが指定された赤コードの場所へ移動したのだ。




「で、エステル達はイシュトヴァーンへ?」

『今日中に到着予定だ』

「どうせまだ、ダヌンツィオ(あの人)はろくでもないことを考えているんでしょ?」

『それはまた調査中だ。あと、教皇庁広報聖省アントニオ・ボルジア枢機卿のバックアップがついているとのこと』

「……ああ、そうか。あの人、今じゃ枢機卿なのよね。この人にも会いたくないわ」




 アントニオ・ボルジア。

が一番苦手な性格の持ち主な上、枢機卿という名にふさわしくない人物でもある。

彼が裏についているとなると、何となくだが、

今回の魂胆が見えてくるようで、は大きくため息をついた。




「つまり、エステルを英雄にして、教皇庁を再び社会的な求心力に蘇らせようとしているわけね」

『恐らく、そう思われる。詳しいことは、引き続き調べていく。―――ところで我が主よ』

「ん〜〜?」

『……ボルトがきつく閉め過ぎている』

「これ以上改造されるの、嫌だもの」

「誰が嫌だってか、?」




 どこからともなく聞こえた第3者の声に、は一瞬驚いたが、すぐに冷静さを取り戻した。




「あちこちで改造しすぎて、メンテナンスがしにくいのよ」

「そりゃ、こいつは今や俺の所有物だからな。俺好みにさせてもらうのは当然だろうが」

「それは間違ってないけど、製造者にとって、あまり嬉しくないわ」

『プログラムチェック終了しました、我が主よ』

「ありがとう、フェリー」




 防御・修正プログラム「フェリス」の声を確認し、プログラム『セフィリア』にも礼を言い、

開けていた蓋をしっかりと閉める。

背中の台車を利用して上昇して、視界が広がったのと同時に見えたのは、

1年ぶりに見る元同僚の懐かしい顔だった。




「――――相変わらず胸毛が濃いわね、レオン」

「これがなくなったら、俺じゃねえだろう」




 レオン・ガルシア・デ・アストゥリアス。

2年前までと同じ派遣執行官の在籍し、今ではゲルマニクス国親衛隊隊長として、

忙しい日々を送っている。

浅黒い顔に、伸び放題の蓬髪も、あの頃から何1つ変わっていなかった。




「確かに、それは言えてるわ。――ところで、たまにはちゃんと飛ばせてあげてるの?」

「ここまでの移動は、こいつで来た。陛下も乗りたがってたから、一緒にな」

「サイドリッツ中将、きっと剣幕な顔をされたでしょうね」




 小型飛行船“タクティクス”。

Ax発足後、が自分の知識を向上させるために作ったもので、

2年前、レオンにゲルマニクス軍へ向かう餞別としてプレゼントしたものである。

それ以降、毎年11月にはメンテナンスをすると約束をしたため、こうして様子を見に行き、

ゲルマニクス国王ルードヴィッヒ2世にも顔を出すようになったのだ。



 飛行船の下から這い上がり、しっかりと地面に立ち上がると、

は背中にひいてあった台車を邪魔にならない位置まで転がした。

レオンがのために紅茶を用意した――正確には用意させたのだが――

とのことなので、言葉に甘えて、それを戴くことにした。




「昨夜、随分遅くまで、陛下と話していたみたいだな」

「一度話し始めると、止まらないんだもの。いろいろ聞いたわ。そう言えば、ファナちゃん、

遊びに来たんですってね」

「病院からここまで来るのは辛かったが、陛下がいろいろうまく手配してくれてな。俺も助かったぜ」




 ミラノの病院で入院している一人娘のファナに、レオンは以前よりも会う回数が減ってしまった。

距離が遠くなったのがその理由の1つに挙げられるが、実際には任務などで、

レオン自身もあまりゆっくりすることが出来ないからだ。

それでも、彼女の誕生日の日にはしっかり休みを与えてくれるということなので、決して全然会えないわけではない。

その上ルードヴィッヒの計らいで、ファナを特別機でヴィエナまで連れて来たりもしていたのだ。




「私もミラノに行くと、決まってファナちゃんのところへ行ってるの。あの顔見ると、

元気になれるから不思議なものね」

「ファナから聞いてる。クリスマスになると、いつもリースをプレゼントしているら

しいな。ありがとよ」

「いえいえ、どういたしまして」




 上に上げていた髪を下ろすと、腰まである長い髪がするりと落ちていく。

そして用意された紅茶が載っているテーブルの前に座ると、

彼女はティーカップを手にし、喉に通した。




「美味しい。やっぱ、一仕事したあとの1杯はいいわね」

「酒じゃねえんだから、そういう言い方するなって」




 呆れたように言いながらも、の紅茶好きは今に始まった話ではないので、

レオンは相変わらずだと思いながら、自分も紅茶を一口運んだ。




「で、メンテナンスは終わったんだろ? 夜はそのままいるとして、明日はどうする?」

「カテリーナに、すぐにイシュトヴァーンへ向かうように言われてるの。本当は、ヴィエナに

行くのを取り止めたかったようだったけど、トレスにお願いして、それだけは免れたわ」

「ミラノ公も、いろいろと大変そうだな」

「トレスがカテリーナについているし、アベルも同僚と一緒に合流するって言うから、私も行く

必要はないと思うんだけど」

「ま、護衛は多い方がいいんじゃねえの? それに、イシュトヴァーンと言えば、3日後に慰霊式典

があるっていうじゃねえか。聖下だって来るんだろ?」

「よく知ってるわね」

「たまにケイトから情報もらってるしな」




 レオンがAxから離れても、彼が派遣執行官だったことには変わりはない。

そのため、月に数回のペースで、ローマにいるケイトから情報を横流ししてもらっているのだ。




「そのお蔭で、お前とアベルが帝国に行ったことも知っている。その事情で、ここに遅れたんだろ? 

……ああ、勿論、陛下には話してねえから安心しろ」

「なら、いいけど。……それより、どうして毎回ヴィエナなの? ここまで来るの、大変じゃなくて?」

「いや、逆に都合がいいんだ。ユーバーベルリンでの密会は危険過ぎてな」

「危険?」

「ああ。ま、詳しくは追々話すさ。今はこれくらいで、見逃してくれや」




 ルードヴィッヒは普段、ゲルマニクスの首都であるユーバーベルリンに滞在している。

足が不自由なため、本来ならがユーバーベルリンに向かうべきなのだが、

相手の諸事情でヴィエナでという指定をされているのだ。

そのことに、が不審に思わないわけがなかった。




「そんじゃ、ま、今日はヴィエナで飲み明かすか。いいパブがあるんだ。行くか?」

「そうね。昨日はルードヴィッヒに付き合ったんだから、今日はあなたに付き合いましょう。

襲うのは、なしにしてよね」

「そんなことしたら、へっぽこ野郎に起こられるだろうが。……てか、あいつ、元気か?」

「相変わらず、阿呆で馬鹿でへっぽこよ。きっと今頃、真っ直ぐローマに帰れなくてしょげ

ているでしょうね」

「ああ、目に浮かんでくるようだぜ」






「へっぷし! あ〜、誰か私の噂でもしましたかね〜?」

「神父さまの噂をする方なんて、たくさんいるんじゃないですの?」

「ええ、そりゃあもう、たくさんいすぎて困りますよ〜。……もしかして、何か不祥事がばれたとか!? 

ああ、やっぱりイシュトヴァーンへ行く理由はそれだったんだ。主よ、私にはもう、一時の安らぎも与え

られないのでしょうか?」

「そんなこと言ってないで、早く支度してくださいませ! もう時期到着しますわよ!!」






 こんな事態になっていることもつゆ知らず、

は繋ぎの作業服を着替えるために、レオンと一度別れたのだった。











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