「あなたにとって、私は……、私達は護る価値のない人間なの?」

「…………」




 カテリーナに問い質されて、何も答えられず、硬く瞼を閉じる。

だがアベルは、下された結論に納得がいかなかった。



 ローマからの通信を利用して、教理聖省長官フランチェスコ・デ・メディチとの会議の結果、

エステルの捜査は異端審問局とイシュトヴァーン市警軍が合同で行うことになり、

国務聖省は聖下の補佐と警護にあたるように命じられた。

この結果に、アベルが反対しないわけでもなく、カテリーナに食いかかったのだ。



 今の状況から考えて、アレッサンドロとカテリーナ、そしてアントニオを護衛するのに、

トレス1人では到底出来ることではない。

だからこそ、アベルは抜けることが出来ない。

それは分かってはいるが……。




「卑怯ですよ……、カテリーナさん。そんな言い方……、そんな言い方ってない」




 割れた声で呟き、籍を立って戸口に向かう。

背後でトレスが何か言ったようだったが、アベルの耳には届かなかった。



 廊下をずんずんと進むと、次第に視界が明るくなる。

窓からたくさんの光が廊下を照らし、木々が青々しく茂っている。

外はきっと、今の自分と同じように冷たい風が吹き荒れていることであろう。




「こんな時に、どうして……」

『私がいないのか、とでも言いたそうね、アベル』




 突然の脳裏に響いた声に、アベルは我に返り、辺りを見まわした。

そして、1本の木の枝に乗っている者を発見する。

もし相手が人差し指を口に当てていなければ、アベルは声を上げていたことであろう。



 やがて、口元に当てていた人差し指の先が下を向くと、アベルは廊下を走り始めた。

勿論、周りに気づかれてはいけないので、半分忍び足のような格好にはなったが、

相手の指定した場所まではそう時間がかからなかった。



 先ほどの木があった辺りの木は予想以上にたくさんあり、一瞬迷いそうになったが、

脳内で呼び続けたお蔭で、すぐに遭遇することが出来た。




さん! エステルさんが……」

「知ってる。私を誰だと思ってるのよ」

「そ、そうですよね……」




 荒い息を上げながら、アベルは木にもたれるかのようにその場にしゃがみ込んだ。

予定よりも早く到着したの存在に、感謝したくなりそうだった。




「それで、エステルさんは無事なのですか?」

『シスター・エステル・ブランシェは、今、地下道に身を置いています……』




 アベルの質問に答えたのは、のピアス越しにいる映像・補助プログラム「セフィリア」からだった。




『ちょうど、3番線のフォルガッシュ・ウトカにいると思われます』

「そうと分かれば、すぐに行かなくては……!」

「待って、アベル。あなたが出て行ったら、またカテリーナにいろいろ言われるでしょ?」

「うっ……」




 どうやらは、先ほどのやり取りを一部始終聞いていたようで、

勢いよく立ち上がったアベルは再び肩を落とす。

そんな彼を、はそっと抱きしめた。




「私がどうして、カテリーナに会わないか知ってる? きっと彼女のことだから、私もここに閉じ込めて、

1歩も外に出してくれないだろうって、予想していたからよ」

さん……」

「大丈夫。彼女のことは、私に任せて欲しい。……とは言っても、私もそうゆっくりも出来なくなったんだけど」

「何ですって?」




 最後の言葉に、アベルが気づかないわけがなかった。

カテリーナに言われてイシュトヴァーンに来たというのだから、

 それ以外の任務などあるはずがないからだ。




「それ、どういう意味ですか?」

「昔の心残りの話、知っているわよね」

「ええ、知って……、……まさか!」

「そう、そのまさかよ」




 アベルがいない間のことを話したことがあったため、が何を言いたいのかすぐに分かっていた。

だが、その人物がイシュトヴァーンにいたとは予想外の展開だった。




「イグナーツさんのところが、今、ホテルになっていて、そこに滞在しているらしいの。

どの部屋なのか分かっているから、そこにセフィーを置いて監視してもらっている」




 事情を説明すると、アベルは納得したかのように目を閉じるが、

には彼の中で、まだ何かが引っかかっていることが分かっていた。

このことは、彼にとってはどうでもいいこと。

そんなことより、今は同僚であるエステルの方が心配なのだ。




「……さんのお気持ちは分かります。でも、今は……」

「分かってる。だからエステルの方も、平行して調べるわ」

「しかし、それではさんの身に負担がかかるじゃないですか?」

「また、そうやって心配する。今、あなたが動けない以上、自由に動けるのは私しかいないのよ」




 ゆっくり目を開けた先には、いつもと同じの笑顔がある。

この笑顔を見ると大丈夫だろうと思ってしまうが、それに騙されるわけにはいかなかった。



 出来れば、1つのことに集中して欲しい。

けど自分が動けない以上、それが不可能なことも分かっていた。

だからこそ、アベルはのことが心配だったのだ。




「大丈夫。私にはプログラム達がいるし、無理が生じたら、あなたにも助けをお願いする。

カテリーナと交渉したかったら、呼んでくれれば飛んで行くし」

さん……」

「ほら、そんな不安な顔しないで。私は笑顔の方が好きよ」




 まるで宥めるかのように見せる笑顔に、アベルは不安なものも感じながら、どこか頼もしいと思った。

だから、自分が動けなくて悔しいが、彼女にそっと微笑んだ。



「……分かりました。エステルさんのことで何か分かったら、すぐに連絡して下さい。それと、

私に何か出来ることがあったら言って下さいね」

「分かってる。ありがとう、アベル」

「そこにいるのか、ナイトロード神父?」




 遠くから聞き覚えのある声がして、アベルとがすぐに反応する。

カテリーナと同行していたもう1人の同僚が、アベルの声に反応したらしい。




「それでは、私はこれで。本当、無理しないで下さいね」

「アベルもね。カテリーナのこと、頼んだわよ」

「はい」




 笑顔で1つ頷くと、アベルはに背を向け、同僚のもとへと走り去って行く。

遠くで何をしたのか問われ、小鳥が巣から落ちたのを見つけたから、慌てて様子を見に行ったなどという、

全く季節感のない理由を言って、その場から遠ざかって行った。




『アベル・ナイトロードが心配するのも、分かるような気がするわ』




 その場に誰もいなくなったのを確信して、戦闘プログラムサーバ「ステイジア」が耳元で囁く。




『1人で2つのことを同時に進めるのは厄介よ』

「分かってる。けど、やらなきゃいけないのよ」




 アイザック・バトラーのこともエステルのことも、にとっては大事なことで、

至急対処しなくてはいけないことであるのには変わりはない。

自分にいくらか負担がかかるのも、重々承知していることなのだ。




「アイザック・バトラーのことは手がかりがないのだから、ひとまず保留にしておけばいい。

今は、エステルの身を案じる方が先だわ」

『それじゃ、地下に潜る、というわけね』

「と、言いたいところだけ、その前にどうしても知りたいことがあるの」




 木に寄りかかりながら、はピアスを軽く弾く。

それに反応したのは、引っ切り無しに主の要望に答えようと準備している情報プログラム「スクラクト」だった。






「スクルー、ブラザー・マタイの居場所を知りたいんだけど、すぐに分かるかしら?」











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