大聖堂から戻ったブラザー・マタイが、装甲車付近にいる1つの人影を見逃すわけがなかった。

腰まであるのではないかと思われる長い髪を高い位置で縛り、変わった配色をした目を持つ者は、

彼の中で1人しか存在していないからだ。




「こんなところで再会するとは思ってもいませんでした、シスター・キース」

「私は極力さけたかったんだけどね、マタイ」




 壁に寄りかかっていた体を離してやって来るその姿は、

彼の知っている僧服姿とはまた違う姿で、不思議そうな表情を見せる。

いや、正確には何を企んでいるのかを探るように、細い目をさらに細めている。




「いつもと格好が違うのですね」

「休暇で訪れている最中に、同僚が吸血鬼に捕われたって聞いたの。だから、僧服でいる必要がないってことよ」




 まるで、腹の探り合いでもするかのように、マタイとは言葉を交わす。

は相手の考えを聞き出そうとしているのだが、マタイはそれを楽しんでいるようにしか見えない。




「ならば、今のあなたは民間人と同じです。危険ですから、宿泊先までお送りするように手配します」

「あら、随分と冷たいことを言うのね。――折角手伝ってあげようかと思ったのに」




 背を向けたマタイの体が、ピタリと止まる。

振りかえれば、どこか満足げな表情を見せるの姿があり、それが変に引っかかった。




「……我々の本来の目的を、すでにご存知のようですね」

「そんなもの、知らないわ。興味がないし」

「それならどうして、そのような表情をしているのですか?」

「自分の力に自信があるからよ」




 本当は自信などない。

いや、自信とか、そういう区分に属さない。

生まれながらに持っているこの力を、今になって自慢するほど、は子供ではないし、逆に自慢などしたくもない。

したところで、プログラム達に変な目で憎まれ口を叩かれるのがオチである。




「……分かりました。しかし、条件があります」

「何かしら?」

「あなたが所有するプログラム――“神のプログラム”と言ってましたね――、それを我々に渡して欲しいのです」

「それは無理ね。『彼ら』は私の指示しか聞かないわ」

「では、あなたごと、異端審問局へ向かえます」

「冗談じゃないわ。誰が好きで、戻らないといけないのかしら?」

「……そうでした。あなたは元特務警察大尉でしたね」




 異端審問局がどれだけ卑怯で卑劣なのか、はよく知っていた。

だからこそ、カテリーナがAxを設立したのと同時に離脱したのだ。




「これならどう? 今回の事件に関してだけ提供してもいいわ。ただし、『彼ら』への指示は、私がするわ」

「………………仕方ありません。それで手を打ちましょう」




 観念したかのように、マタイは1つ息を吐くと、は装甲車の方へと案内した。



 後部座席に座ると、は胸元に閉まってあった小型電脳情報機を取り出し、その蓋を開けた。

一気にキーボードを打ち込めば、そこから無数の情報が映し出されて行く。




「今、プログラム達がイシュトヴァーン全域の電話回線と無線回線を全部盗聴しているの。

もし気になる内容のものがあったら、すぐに録音させるけど?」

「我々の方でも盗聴機を取りつけましたけど、あなたの方がより正確そうですね」

「あと、カメラとかの設置も必要なら取りつけるわよ」

「それは、有難いことです」




 歓心しながら見つめるマタイを無視し、はキーボードを叩きながら指示を送る。

アイザック・バトラーを追跡しているプログラム「セフィリア」が4分割し、

さらに1つ1つが4分割して飛んで行くのが、画面上に現れたいくつもの映像より読み取れる。




「本当、あなたのプログラムは凄いものです。一気にこれだけの画像を配信出来るとは」

「軍の配置位置はどうなっているの?」

「市内全域で、吸血鬼捜索の振りをさせてます」

「振り? それって、どういう意味?」

「細かいことは言えません。まだあなたを信じ切っているわけではありませんしね」




 他の企みがあることは察しがついていたが、どうやら相手は、それをすぐに打ち明けようとはしないらしい。

は諦めたかのようにため息をつくと、ピアス越しにいる人物へ、音に出さずに声をかけた。




(何なのか分かる、ステイジア?)

『大体は。スクルー「1人」じゃ荷が重いからって、「彼」が影で動いてくれたわ。ちゃんとお礼を言うのよ』

(どうやら、帝国へ行ったことで、ストッパーの1つが解除されちゃったみたいね)

『相手は逆に嬉しそうだったけど』




 帝国で、は予想以上に「父親」の力を借りたためか、

戻って来た時に、情報収集機能だけがうまく塞ぐことが出来なくなったらしい。

ため息をつきながらも、逆に助かったため、そっと胸を撫で下ろす。




(で、どうなの?)

『エマヌエーレ・ダヌンツィオは、“聖女”を吸血鬼によって殉教させ、それをきっかけに十字軍を

起こさせようとしているの。エステル・ブランシェは、それに利用されただけ』

(つまりエステルは、もとから殉教させるように仕立てられてたってこと?)

『そうなるわね』




 つくづくあの男のやっていることは腹立たしい。

はマタイに気づかれないように顔を引きつると、画面上に映っている映像に目を動かした。




(で、エステル達の居所は?)

『今、例の吸血鬼とともに、大聖堂へ向かっています。映像に出しますか?』

(その必要はないわ。画面の映像が偽物じゃなくなってしまうし)




 がマタイへ提供したのは、通信プログラム「ザイン」の回線記録だけで、

小型電脳情報機に表示されているものはすべて偽物だった。

正確に映像・補助プログラム「セフィリア」が動いているのは、

アイザック・バトラーを探しているものとエステルを追いかけているものしか存在していない。

つまり「彼女」は2分割しかしていないのだ。




「ブラザー・マタイ」




 隣で声が聞こえ、はすぐに我に返る。

マタイのもとへ1人の特務警察官が現れ、何やら耳打ちをし、

用が済むと、相手は敬礼をしてその場を離れた。




「シスター・キース、少しの間、私は席を外します。あなたはそのまま、ここにいて下さい」

「了解。早く戻って来ることね。そうじゃないと、ここから脱走したくなりそうだから」

「あなた自身が我々に協力すると言うのですから、そう逃げるようなことはしないと思いますが、

努力してみましょう」




 薄く笑い、マタイはの隣から姿を消すと、は右側の黒十字のピアスの先を掴んだ。

が、それはすぐに止められた。




『「中」へ入る前に、もう1つ。――例の吸血鬼の特定が終わったわ』

「特定出来たのね」

『ええ。しかも、相手はれっきとした帝国貴族よ』




 装甲車の中には、誰もいなかった。

運転席に座っていた体格の大きい曹長も、マタイと共に席を外したからだ。




『名前は、バビロン伯シェラザード・アル・ラフマン。真人類帝国ティミショアラ都護府で――』

「――副参軍を勤めてたけど、例の皇帝暗殺事件にて、スレイマン卿の企みに乗せられ、

彼の陰謀の片棒を担されたため、帝国から逃げ出した」

『知っていたのね』

「予想していただけよ」




 ディグリス公スレイマンが、あの事件を1人で進めたとは考えにくい。

そこで目に付いたのが、彼の姪であるシェラザードの存在だった。

としては、あまり考えたくなかった事実ではあるが、

それが事実だと分かった今は「予想」ではなくなった。




「スクルー、入るわよ」

『了解した。プログラム〔スクラクト〕進入10秒前』




 黒十字のピアス越しにいる「者」に声をかけると、

は右耳につけているピアスの先についている数ミリの玉のようなものを引っ張り始めた。

長く伸びたコードを小型電脳情報機の横にあるプラグに刺し込むと、ゆっくりと瞼を閉じた。




『プログラム〔スクラクト〕進入5秒前。4、3、2、1……、進入開始』






 そして再び目を開けると、そこは「異空間」という言葉が合うかのような、

何もない夢中力状態の空間へと移動されていたのであった。











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