格子状に緑の線で区切られた床を軽く蹴り、ある一定の方向へ向かって進み出す。

目の前に見えて来た光の塊の前で止まると、の存在に気づいて赤い光を発し、

彼女へ話しかけるかのように信号を送る。




「汝よ、主である我に反応し、真の姿を、現したまえ」




 の声に、赤い光が色を変え、光の塊が人型へと変化する。

何年振りかに見せたその姿に、は1つ息を漏らす。




「お久しぶり……、と、いうのは可笑しいわね」

『我はいつも、我が主の側にいる』

「知ってるわよ、スクルー」




 情報プログラム「スクラクト」。その母体に辿り着ける者は、以外に存在しない。

戦闘プログラムサーバ「ステイジア」のように表に姿を見せることも出来ないからだ。




「セフィーの画像は出せる?」




 指示に従うように、目の前に2つの画像が映し出される。

正確には、1つは何も移されていない、真っ黒な画像

――つまり、今だアイザック・バトラーの跡を掴めていない、ということになる。




「……やっぱり、つかめてないのね」

『前回と同じ展開だ。まだ続けるか、我が主よ? 事件は時効寸前だが』

「時効寸前だからこそ、必要なんでしょう」




 あの残酷な事件から20年。

はあの時のことを忘れたことがなかった。

いや、忘れるわけがなかった。

ローマに来て、当事者だった人物と出会ったことでさらに大きく膨れ上がったこの出来事を、

簡単に除外するわけにはいかなかった。




(ほんの些細なことでもいい。何とかして、情報を得なければ……)




 焦っている自分に気づき、は大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。

意識を集中させ、頭を切りかえると、もう1つの映像へと目を移動させた。



 食堂なのか、テーブルにはたくさんの食器類が並べられており、

極上のヴェネツィアングラスの縁が光っていた。

だがその近くで、1人の男と散弾銃を手にしている赤毛の少女が会話しており、

その背後には褐色の肌をした少女がいるようで、そちらに視点が動かされていた。




「セフィー、音声を」

『了解しました』




 映像・補助プログラム「セフィリア」の声とともに、画像から声が漏れ始める。

どうやら、今回の事件の趣旨を説明しているようだった。




『私が、皆を騙したとはどういうことかね! 私はただ、中央でのうのうと現状に

甘んじる豚どもや平和ボケした市民達に、すぐそこにある脅威の存在を思い出させ、

聖戦のきっかけを与えようとしただけだ』

「まだそんな馬鹿なことを言っているのね、この人は……」




 何も変わっていないダヌンツィオに、は大きくため息をつく。

これが原因――他にもあったが――で、も、当時異端審問官であったヴァーツラフも離脱したというのに、

性懲りもなく、まだそんなことを口走っているのだ。




「人間、諦めが悪いと嫌われるわよ」

も人のこと言えないんじゃなくて?』




 横入りするように聞こえる声に、はすぐ反応した。

気がつけば、情報プログラム「スクラクト」以外の光の存在があり、を見つめていた。




『アイザック・バトラーの件、確かに大事なことでもあるけど、どちらか1つに絞ったらどう?』

「そう出来たら、とっくにしているわ。出来ないから、両方やってるんじゃない」

『――最新データ:1件追加』




 2人の会話を横断したのは、

今までその状況を黙って見つめていた情報プログラム「スクラクト」である。




『教皇聖下アレッサンドロ18世、国務聖省長官カテリーナ・スフォルツァー、並び、

Ax派遣執行官“クルースニク02”と“ガンスリンガー”が食堂に接近中』

「――何ですって!?」




 情報プログラム「スクラクト」の言葉に、は大きくめを見開く。

すぐに反応した映像・補助プログラム「セフィリア」が、エクセルのもとから2分割して飛び立ち、

4人の姿を捉えたかのように映像として映し出す。




(このままじゃ、エステル達と鉢合わせになる……!)




 目を閉じると、は意識を集中させるかのように大きく呼吸を繰り返す。

暗闇が開け、視界がどんどん広がる先に見えた銀髪の神父へ向かって、が声を発する。




「アベル…………、聞こえたら、返事をして」




 銀髪の神父がかすかに動いたように見えたが、周りの人を気にしてか、すぐに素に戻る。

そしてしばらくして、の耳に何かが聞こえた。




さん、ですね』

「ええ、そう。緊急事態が起こったの。この先の食堂――たぶん、向かっている先だと思うんだけど――に、

エステルと例の吸血鬼がいるわ」

『……何ですって!?』




 表情には出していないが、アベルの声は驚いており、少しだが焦りを感じていた。




『エステルさんが吸血鬼と一緒って、どういうことです!?』

「詳しいことは後。とにかく、たぶんトレスあたりが一気に攻撃を仕掛けそうだから、

それを何としてでも阻止して、2人を逃がして」

『吸血鬼も、ですか?』

「ええ。……まだ確信を持って言えないんだけど、2人は何らかの罠に引っかかった怖れがあるの。

だから、何としてでも助け出さないといけないわけ」

『分かりました。やってみます』




 アベルの返答を確認すると、視界がどんどん遠ざかって行き、再び暗闇に戻る。

そしてゆっくり瞳を開ければ、アレッサンドロとカテリーナが食堂に到着したころだった。



 エステルが散弾銃の引きがねを絞り、轟音とともに9発の弾丸がシャンデリアを撃ち落す。

それが盾になり、M13を向けたトレスの攻撃を防いだ。

2発目は、シェラザードが身につけている“銀の腕”によって弾かれている。




『駄目です、トレス君! 撃たないで!』

『どけ、ナイトロード神父!』




 アベルがトレスを止めにかかるも、無慈悲に蹴り飛ばされ、悲鳴を上げる。

予想通りの行動だと言えど、同僚に対してあまりにも酷い扱い方だ。




(ローマに戻ったら、説教だわ)




 相手はきっと耳を傾けてはくれないだろうと分かっていても、

はそう思わずにはいられなかった。



 だが、次に聞こえたカテリーナの声により、そんなことなどすぐに忘れ去られてしまった。




『アレク!!』




 トレスが第3弾を撃ち放った先にいる人物。それは間違いなく、アレッサンドロの姿だった。

それはまるで、エステルとシェラザードを庇うかのようだ。




「アレク! 何てことを……!」

『アレッサンドロ18世は脳震盪を起こしているだけです。ご安心を、我が主を』

「そうだけど……」




 消去・修正プログラム「フェリス」の言葉を聞いても、は驚きを隠せないでいた。

アレッサンドロの性格をよく知っているからこそ、信じられないのだ。




(……もしかして、エステルのこと……)




 ふと、そう思い、エステル達の方へ視線を動かす。

シェラザードがカテリーナ同様に悲鳴をあげたエステルを後ろから抱きかかえ、

そのまま後方へ向けて跳躍し、砕けた窓を潜りぬけ、暗闇の中へ呑み込まていく。




「ヴォルファー、エステル達のところへ転送を」

『了解。気をつけて』






 転送プログラム「ヴォルファイ」の言葉を聞き、は軽く微笑む。

 そしてその姿が、その場からゆっくりと消えていったのだった。











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