地下道を走る2つの影が映し出され、足音が響き渡る。
その足音が止まったのは、目の前に突然現れた人物を見つけてからだ。
「……さん!」
エステルの声に、隣にいたシェラザードが驚いたように相手の顔を見る。
黒が混ざった長い茶髪、暗闇でも分かるような青と緑のアースカラーの瞳。
彼女が知っている中で、このような出で立ちな人物は1人しかいない。
「……! あなた、アルフ子爵ですね!?」
「その名前で呼ぶのは止めてと言ったはずよ、バビロン伯シェラザード・アル・ラフマン卿」
久々の再会とは言え、は特に何も感じていなかった。
確かに、相手がこの事件に関わっているとは思ってもいなかったが、
そんなことより、今はエステルの身の安全の方が大事だった。
「事情は全て把握しているわ。エステル、大丈夫?」
「私は大丈夫です。それより……、さんはシェラのことを知っているのですか?」
「前に帝国へ行ったことがあるって言ったでしょ? その時に知り合ったの。そのことはとりあえず置いといて、
ここから逃げましょう。ラフマン卿、エステルを抱えて。軽く跳躍するわよ」
「分かりました」
そう言うなり、の体がふわりと浮き、そのまま勢いよく飛び始めた。
走ってはいない。
それを証拠に、彼女の足は完全に地面から離れていた。
それを追うように、シェラザードがエステルを抱えて地面を軽く蹴った。
“加速”体勢のまま、の後を追いかけながら、目の前で起こっていることを分析しようとした。
確かには、普通の短生種とは違う。
それは帝国にいた時の彼女の力を知っているからこそ言えることだ。
だから、彼女に飛ぶ力があっても別に可笑しくはない。
一方エステルは、シェラザードとはまた別の視点を見つめていた。
それは、彼女の体がほんの少し透き通っているように見えたのだ。
それでは、本当のはどこにいるのであろうか?
「……背後から追っ手が来てるわね」
そんなエステルを我に返らせたのは、足を止めたの声だった。
『市警軍の数は10人強――2人を捉えるのには十分な人数だ』
「そうね。――ラフマン卿、あなたはエステルと一緒に逃げて。ここは私が食いとめる」
「しかし――」
「エステル、今ここが、どの辺りなのか、推測出来るわね?」
「え、ええ。大体ですけど分かります」
「それなら、適当な場所で地上に上がって、イグナーツさんのところへ行って。
私もそこに宿泊しているから、話は後で」
「分かりました。――行きましょう、シェラ」
「……はい」
シェラザードは、厄介なことに巻き込んでしまったへ詫びるように微笑んだが、
の視界にはその姿は入っていなかった。
そして市警軍が到着した時には、エステルとシェラザードの姿は、その場になくなっていた。
「そこをどけ! 緊急事態だ!!」
「そんなこと、私には関係ないわ」
その声と同時に、地上から何かが浮き上がり、市警軍達の叫び声が響き渡った。
まるで、鋭い針にでも刺されたかのようなその光景は、他の者が見たら、きっと気分を害するに違いなかった。
戦闘プログラムサーバ「ステイジア」が持つスティリアル
――地面の奥底に眠っている粘土を瞬時に固め、鉄のように硬くさせたのち針状に削られ、
地上に呼び出したことで起こった攻撃だ。
数分後、全ての動きが止まったことを把握し、は指を鳴らした。
針はゆっくりと地面へ戻って行き、市警軍達の体がぐたりとその場に倒れていく。
だが、彼らの体には、傷跡は1つもなかった。
「フェリー、彼らの思考プログラムから、今起こったことだけ排除しておいて。
ヴォルヴァー、戻るわよ」
『了解しました、我が主よ』
『了解したよ、我が主よ』
2つのプログラムの声がしたのと同時に、
の体も、またゆっくりとその場から離れて行ったのだった。
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