再び目を開ければ、緑の線で作られた格子状の床に立っていた。
どうやら、まだ情報プログラムの中にいるようだった。
「マタイは戻って来てるの?」
『まだだ。恐らく、市警軍と共に、シスター・エステル・ブランシェとバビロン伯
シェラザード・アル・ラフマンを探しているのであろう』
「どこまでが本当なのか、分からないけどね。……セフィー、エステルとラフマン卿の映像を出して」
『了解しました、我が主よ』
乗車している者がまだ戻って来ていないのであれば、まだ帰る必要もない。
は映像・補助プログラム「セフィリア」に声をかけると、目の前に1つの映像が流れ始めた。
そこに映ったのは――。
「――ペ、ペテロ!?」
目の前に現れた異端審問局局長ブラザー・ペテロの姿に、は声を張り上げた。
シェラザードが彼の攻撃を受けてなのか、石畳に転がり、苦鳴をあげている。
まさか、エステル達が地上に出たのと同時に姿を現したとでも言うのか!?
「こうなるんだったら、場所を特定するんだったわ!」
『悔しがってもしかたがないわ、。とりあえず彼女達を助けることが先よ』
「そうね。ヴォルファー、もう一度エステル達のところへ――」
が転送プログラム「ヴォルファイ」に指示を出そうとした時と、
画面上から動物らしき鳴き声が鼓膜を打った。
視線をそちらへ向けると、ペテロの周りを無数の野犬が取り囲み、
彼に向かって牙を向けて噛みついていたのだ。
「これ……、どういうこと!?」
『野犬――それも、単なる野犬ではないわね』
画面の横に姿を現したのは、1つの光の塊だった。
それがゆっくりと姿を変え、人型になると、視線を画面の方へ向けた。
『イシュトヴァーンに縄張りを置く野犬はいないはずだから、これは人工的に出されたものよ』
「人工的に? それは、一体誰が……」
『我が主よ、シスター・エステル・ブランシェが何者かの車を止めて乗車しました。追いかけますか?』
「ええ、セフィー、お願………………危ない!!」
が大声を張り上げたのは、画面一杯に大口を開かれた野犬が映し出されたのとほぼ同時だった。
暗闇の映像が残り、次第に砂嵐のように見えなくなってしまうと、
は慌てたように他のプログラムへ指示を出した。
「ヴォルファー、セフィーをすぐに救出して! スクルーはエステル達の居場所を探知して……」
『私は無事です、我が主よ』
焦るの声とは裏腹に、どこか穏やかな声と共に、彼女の目の先に小さな光を灯した。
そこから見える羽の生えた小さな人影は、まさしく、のよく知る存在だった。
「セフィー! よかった、無事だったのね……!」
『私はプログラム体です。ウィルスの攻撃以外は無意味です』
「ああ、そうか、そうだったわ……」
長年共にいすぎたからから、は彼女がプログラムであることを忘れていた。
いや、生まれた頃から家族同然として共にいたのだから、
彼女にとってプログラムも、れっきとした「人間」だったのかもしれない。
しかしプログラムだからこそ、映像プログラム「セフィリア」の姿は、
普通の人間では見ることなど出来ないはずだ。
なのにあの野犬は、「彼女」の存在に反応して、攻撃を仕掛けてきた。
(相手は野犬。人間とは違う勘が働いたのかしら……)
『我が主よ、シスター・エステル・ブランシェとバビロン伯シェラザード・アル・ラフマンが
乗った車がホテル・ツイラーグの前で停まった』
情報プログラム「スクラクト」の声で、はすぐに我に返った。
目の前で映し出されている映像――探知機専用の点で表記された居場所は、
間違いなくホテル・ツイラーグの場所だった。
「部屋はどこになの?」
『検索する――我が主よ、すぐにホテル・ツイラーグへ飛べ』
「どういうこと?」
相手の命令に、は思わず顔を顰めてしまう。
だがその表情も、すぐに一変したかのような鋭く目を尖らせたのだった。
『2人が滞在している部屋は……、……アイザック・バトラーが宿泊しているスイートルームだ』
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