「派遣執行勘“ブラックウィドウ”、お召しにより参上いたしました……」




 シチリア訛りの残るローマ公用語で、“ブラックウィドウ”シスター・モニカ・アンジェントが膝まつく。




「貴女にはこの街でやってもらいたいことがあります」




 ソファから立ち上がったカテリーナが取り出した写真は、

銀髪の神父とともにクレープを頬張る1人のシスターの姿。

どうやら、その人物を探し出して欲しいとのことだった。




「では、ただちに任務へ就きます、吉報をお待ち下さい。……おおっと、忘れていました。1つ確認を――。

もし、この娘を捕獲して、彼女が同行を拒んだ場合の処理は?」

「……私は“あらゆる手段を講じて”と言いましたよ」




 カテリーナは部下に顔を向けず、やや俯き加減で暖炉の炎を見つめている。

そして、容赦ない声で繰り返した。




「もし彼女が召還を拒み、貴女に抵抗した場合は、いかなる手段を用いても彼女を拘束しなさい。

――そしてその際、彼女の生死については問いません」

「承知致しました」




 モニカはどこか納得したように、首に絡み付いているチョーカーを軽く弾く。

側にいたトレスと共に部屋を出て行くのを確認して、カテリーナは1つため息をついた。




「安堵するのがはや過ぎるわよ、カテリーナ」




 鼓膜を打ち抜いた声は、カテリーナのよく知る声で、彼女は慌てたように周りを見まわした。

しかし、脳裏に浮かぶ姿はどこにもない。




「どこを見てるの? 私はここよ」




 視線を泳がすカテリーナに、再びその声が部屋に響き渡る。

そしてその先は、扉付近の壁の前で止まった。



 壁が揺らいだと思うと、何かがゆっくりと浮かび上がって行く。

最初に見えたのは、どうやら足らしく、そこから徐々に上に上がり、そして顔を映し出す。




「……………………!!」




 部下である人物――派遣執行官シスター・の服装は、

いつもの僧服でも尼僧服でもなく、休暇中に立ち寄ったような格好をしていた。

だがカテリーナには、そんな彼女の意図をすぐに理解したようだった。




「折角こそこそ隠れて、いろいろ調べたことを報告しに来ようかと思って来たら、

目の前にモニカがいて、確保しろというところまではいいけど、もしエステルが抵抗したら、

生死関係なく拘束しろ、ですって? そんなに彼女の存在が邪魔なの?」

「……何が言いたいのですか、?」

「とぼけても無駄よ」




 の目は鋭く尖っており、まるでカテリーナの胸を突刺すかのように冷たかった。




「私はエステルが今、どこにいるのか知っている。けど、教えないわ。教えてしまったら、

確実に彼女はモニカに殺されるから」

「それは……、シスター・エステルが同行を反対する、ということですか?」

「少なからず、今の彼女ならばね」




 お互いに、何かを探り合うかのように会話を交わす。

カテリーナとしては、何とかしてこの険悪な雰囲気を取り払いたいところであろうが、

はそれを望んでいないのか、相手に向かって鋭く釘を打つ。




「アベルが自分のところにいるからって、思う通りに行くだなんて思わない方がいい。

エステルは私が護る。彼女の考えが間違ってないってことを知っているから」




 エステルが少しでも誤った行動をしているのであれば、はその道を正すことをするだろうが、

知っている限り、彼女はそのような行動を取ってなどいない。

だからは、間違った指示を送ったカテリーナに牙を向いているのだ。




「だから、もしモニカがエステルを襲ってきたら――私がモニカを倒すわ。それ以外に方法はないもの」

「――待ちなさい、!」




 背を向けて、扉の奥へと消えようとしたを、カテリーナは慌てて止めた。

その瞳には、どこか戸惑ったような表情を浮かべていた。




「あなたは何故、そこまでしてエステル・ブランシェを護ろうとするの? あなただけじゃない。

アベルも同じよ」

「アベルはみんなに優しい人よ。大事にしている人を、誰1人として裏切ることが出来ない。

それをよく知ってるのは、あなたでしょう?」

「ええ、よく知っています。しかし、あなたはどうなのです? あなたは人間が嫌いだったはずよ。

なのに……」

「何度も同じことを言わせないで」




 再び振りかえった表情は、いつものとは違った。

目が鋭く尖っており、何かを睨みつけるかのように光っている。




「私とアベルは『繋がっている』の。アベルの考えは、私の考え。アベルの想いは、私の想いそのもの。

彼がエステルを助けたいと願うのであれば、私はそれを援護する。ただそれだけよ」

「ミラノ公、今、大丈夫ですかな?」




 カテリーナがに言葉を投げかけようとした時、

扉の奥からダヌンツィオの声が聞こえ、それが途切れてしまう。

慌てて我に返ったが、彼に向かって答える言葉が見つからない。




「どうやら、私はお暇した方がいいようね」

「お願い、。私の話を――」

「弁解の言葉なんていらないわ」






そう言った時には、の姿はもうそこにはなくなっていた。






ただ1人、ポツンと立つカテリーナの耳には、

扉越しから何度も呼びかけるダヌンツィオの声しか聞こえなかった。











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