その夕方。アベルへ事の報告をしようと、

は中央歌劇場にある森林の1格で、ステージがあるらしき場所を見つめていた。

正確には、映像・補助プログラム「セフィリア」が映し出している舞台の映像を見つめていた。




 “イシュトヴァーンの悲劇”と各国に伝えられた事変の現場は未だ瓦礫のままで、

所々に瓦礫が散らばり、床は大きく亀裂が入っている。

それに混じって、ダヌンツィオがアレッサンドロを横につれ、

多くのメディアの前で訴えるかのような演説を繰り広げていた。




「自分が招いたことを、あたかも他人――それも吸血鬼の手によって施したかのように言うだなんて、

普通ならそう簡単には出来ないことよ」

『それは言えてるわね。――ん?』

「どうしたの、ステイジア?」

『劇場の隅にいるの、アベル・ナイトロードじゃない?』

『その通りです、ステイジア。ちなみに、そこには異端審問局局長ブラザー・ペテロも控えております』




 戦闘プログラムサーバ「ステイジア」の質問に、プログラム「セフィリア」が答え、その画像を拡大する。

確かに、あの銀髪の髪と白銀の鎧の2人は、がよく知る人物達であった。




『監察中失礼する、我が主よ』

「いいわよ、スクルー」




 黒十字越しに聞こえて来た声に、はすぐ反応し、聞き耳を立てる。




「何か分かった?」

『アイザック・バトラーと共にいた者の正体が判明した』

「……何ですって!?」




 アイザック・バトラーの連れの者――姿の見えないを嗅ぎ付け、

攻撃を仕掛けた人物の推測が可能だということに、は驚きを隠せないでいた。




「本当なの、スクルー!?」

『間違いない。そしてこの結果により、アイザック・バトラーの普段の居場所も特定出来る可能性が

出てきた』

「凄いじゃない、スクルー! 偉いわよ!!」




 部下を称えるかのように、は歓喜の声をあげた。

今まで何1つとして手がかりがなかった人物について、ようやく知ることが出来るからだ。




「で、その付き添いの男の名前は?」

『名はグテーリアン。“牙の眷属(ライスツァーン)”と呼ばれる長生種だ』

「“牙の眷属(ライスツァーン)”?」

『巨大な狼に変身する能力を持つ者のことだ』




 狼に変身することが可能となると、彼は野性的な力を持っている、ということになる。

野生動物は、時に普通の人間では見ることが出来ないものも見える場合があると聞く。

昨夜、姿が見えないを襲うことが出来たのは、その勘が働いたからだと考えられる。




「となると、セフィーを襲ったあの野犬も彼が仕組んだってこと?」

『恐らくそうなるであろう。――そして彼には、もう1つの顔がある』

「もう1つの顔?」




 なおも続くプログラム「スクラクト」の説明に、が首を傾げる。

アイザック・バトラーの側近が長生種で、野犬に変身出来る特殊能力がある。

それだけではないというのか?




「それって、一体何なの?」

『“牙の眷属(ライスツァーン)”グテーリアンは――薔薇十字騎士団(ローゼンクロイツ・オルデン)の一員だ』

「…………………何ですって!!?」




 突然耳に入ってきた言葉に、は思わず、だが周りに届かないぐらいの小さな声で叫んだ。

事件に全く無関係だと思っていた組織の名前が、突如として現れたからだ。




「それじゃ、アイザック・バトラーも薔薇十字騎士団の1人だっていうことなの!?」

『その可能性は高い。――追加情報1件追加。“牙の眷属(ライスツァーン)”グテーリアンが移動を開始した。……ん?』

「どうしたの、スクルー!?」

『プログラム「セフィリア」。我が入出したホテル・ツイラーグ前の映像をすぐに流せ』

『了解しました』




 プログラム「スクラクト」の指示に従い、

プログラム「セフィリア」が舞台の映像を縮小して、新たな映像を流す。

そこに映し出されたのは、もよく見なれたホテル・ツイラーグの正面玄関だ。



 車に乗り込む2人の男性。

1人は先ほどから話題に上がっているグテーリアンの姿。

そして、もう1人は――――。




「ど、どうして……!」




 見覚えのある顔に、は自分の目を疑うかのように大きく見開く。

の知っている限りでは、彼は2年前のとある事件により、瓦礫の下敷きになって死亡しているはずだ。

いや、そんな手で相手が簡単に死ぬはずはない。

そうだとしても、彼がここにいる理由などどこにもないはずだ。




「どうして……、どうしてここに、彼がいるのよ……!!」

『行き先はイシュトヴァーン大聖堂。――どうやら、何者かと接触するらしい』




 プログラム「スクラクト」の言葉を聞いた時には、すでにの体は木から離れていた。

いくつもの木を横断し、誰にも見つからない位置で地面に降りると、

すぐそばにあるイシュトヴァーン大聖堂に向かって走り始めた。



 もし今回の事件の発端が薔薇十字騎士団だとしたら、

自分達は、いや、ダヌンツィオも含め、全てが彼らの罠に引っかかったことになる。

彼らは裏の裏をかいて攻撃を仕掛けてくることなど、は重々承知していた。



 大聖堂では、明日執り行われる慰霊式典の下見中らしく、カテリーナとアントニオがそれを見つめていた。

アントニオは暇そうに欠伸をしていて、退散するかのように手を振ると、

カテリーナに何やら手紙のようなものを受け取って、その場を離れて行った。



 そんなやりとりを目にしながらも、は大聖堂の中には入らず、すぐ裏手に回った。

彼らのことだ。

誰にも気づかれない場所で用を済ませて、すぐに退散してしまうに違いない。




「彼らはどこにいるの?」

『裏手の森林の中にいる。――どうやら用件は済んでしまっているらしい』

「となると、それも調べないといけないってことね。全く、面倒なことを……」




 軽く舌打ちをしながら、は素早く森林の中をかけていく。

途中で軽くジャンプし、木の枝に手をかけると、振り子の原理を使って身を軽く振り、

勢いよく回転して、枝に体を巻きつけ、そのまま上に乗る。

そして再び飛びはねて、木々に飛び移り、目的地まで一気に進んで行く。



 しばらくして、地面に1つの影が見え、はスピードを早めていく。

姿を横に捉え、そのまま追い越すと、相手の目の前に現れるかのように、

勢いよく枝から地面に降りた。



 相手は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに状況を把握したのか、うっすらと笑みを浮かべているように見える。

まるで、再会を喜ぶかのようだ。




「これはこれは、お久しぶりですね、様」

「その呼び方、すごく腹が立つから止めてもらわないかしら?」




 いつの間にか向けられた短機関銃の銃口に対して戸惑うどころか、

むしろ歓迎しているかのように見える顔を、は鋭く睨みつける。

まるで、何年も追いかけた犯人を取り押させたかのようだ。






「さあ、今回の事の真相を全部話してもらいましょうか、

イザーク・フェルナンド・フォン・ケンプファー――薔薇十字騎士団(ローゼンクロイツ・オルデン)!」











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