次々に銃弾が迸り、咄嗟の事に混乱する兵士達の方を撃ち抜いて行く。

も華麗なステップを踏みながら、短機関銃を振るって、アベルに応戦する。




「ナ、ナイトロード神父……、神父さま! さんも!!」

「ご無事ですか、エステルさん?」

「怪我は……、ないみたいね。……アベル!」

「え……?」




 縋り付いてきたエステルの顔を見下ろして心底ほっとしたアベルだったが、

の一声に、床に転がっている巨漢に気づいた。

それはアベルももよく知る人物で、にとっては、大事な存在の1人だった。




「イグナーツさん…………!!」




 目を大きく見開き、思わずその場にかけつける。

もう元に戻って来ないことが分かっていても、はそれを認めたくなく、

彼に声をかけようとする。




さん!」




 だが、後ろから聞こえた声に、はその行動を止めてしまった。

振りかえれば、まるで自分のせいだと言わんばかりに痛ましげに眉をひそめるアベルの姿だった。



 先ほどのようなことを阻止するかのように。




「ごめんなさい、エステルさん。もうちょっと早く到着していれば……」

「――き、貴様、一体何のつもりだ!」




 アベルの謝罪の言葉を消すかのように、嫌悪と激痛に煮えたぎった罵声が飛ぶ。




「我々は聖命に従って行動している。――いくら神父と言えど、邪魔立てすると容赦せんぞ!」

<――“容赦せん”だと? それは某の台詞だッ!>




 豪華なシャンデリアと化粧漆喰に飾られた天井が崩れ、

悲鳴を上げる兵士達のただ中に地響きを上げて振り立ったのは、

今まで屋上で待機していたペテロの姿だった。




「異端審問局局長ブラザー・ペテロ、見参ッ! ドボー中尉とやら、汝がシスター・エステルを

殺害に及ばんとした顛末はこの某が、とくと見届けた!」

「い、異端審問局局長だか何だか知らんが、構わん! 射殺しろ!」

「愚かなり、鼠賊ども!」




 相手の攻撃をかわしながら、ペテロは手にしている槌矛を旋回させ、兵下達が悲鳴を上げて吹き飛ばされる。

それはまさに“壊滅騎士”という名に相応しいもので、は思わずため息をつく。




「……相変わらずね、ペテロ」

「全くです」

「ふはははははははっ! どうした、どうしたカトンボどもぉぉぉ! 口ほどにもない!」

「……ペテロさん、お願いですから、ちゃんと手加減してあげてくださいよ」

「たぶん、無理ね」




 困ったように声をかけるアベルに対し、はそっけなく否定する。

そしてアベルと共に、足腰に力が入らないエステルに手を貸して立ち上がらせた。




「大丈夫、エステル?」

「はい。……薬入りのホットチョコレートを飲んだので、それで力がうまく入らなくて」

「薬入りの? どうして?」

「シェラと共に行動していたあたしのことを、イグナーツさんが市警軍に報告したんです。

それで、私の行動を封じれば、シェラが逃げれなくなると思ったらしく……」

「それで、この騒ぎになったのね。……イグナーツさんは、相手に騙されたってこと、か……」




 一瞬、攻撃を仕掛けた市警軍達に怒りを覚えたが、すぐにそれを押さえた。

隣にいる神父がそれに気づいたら、また自分のせいだと思い、抱えてしまうからだ。



 そのアベルは、の手を借りながらエステルの手を引いて歩き出すと、

部屋の隅で銀の鎖をかけられたシェラのもとへ向かった。




「シェラザードさんですね? エステルさんを助けてくれてありがとございます」




 緊張したかのように強張らせたシェラザードに、アベルがほやっと笑いかけ、安心させるように頷く。




「……お礼と言っては何なのですが、我々があなたを保護します。同行していただけませんか?」

「私の家族がこの街の大司教に捕らえられています……。私を保護してくださるのであれば、

彼らの身柄もぜひとも取り返して欲しいのですが」

「無論です。ですよね、さん?」

「そうね」




 安心させるように頷くエステルへ返すように、シェラザードは笑顔を返し、軽く首を振った。

エステルをに任せ、アベルがシェラザードを縛り付けている銀鎖を解いている間、

はシェラザードに話しかける。




「士民がどこに収容されているのか、検討はしているの?」

「いいえ。手がかりは何も」

「それじゃ、こちらで場所を推測するわ。スクルー――」

「お待ち下さい、。これ以上、あなたの手を借りるわけにはいきません」




 情報プログラム「スクラクト」に声をかけようとしたを、シェラザードは止めた。

一瞬疑問そうに顔をしかめたが、廊下の方から、無数の軍靴が響き始め、慌ててペテロの方を見た。




「ペテロ!」

「ああ、分かっておる! ここは一旦引くぞ、ナイトロード! 足手まといがおったのでは思うように戦えん!」

「ええ、それがよさそうですね。では、シェラザードさん、場所を変えることにしましょう。

……ついてきていただけますね?」

「ええ。……あ、ちょっと待ってください」




 足をふらつかせているエステルを支えたまま、アベルは頷き、シェラザードに促す。

しかしシェラザードは、エステルの散弾銃を拾い上げると、

力なく床にへたり込んでいたドボーに向かって銃口を向けた。




(なるほど、直接聞き出せばいい、というわけね)




 シェラザードの行動に、は納得したように心の中で呟きながら、

今日はやけに周りに気を使われているような感じがしていた。




「彼らをどこに閉じ込めているの? 言いなさい! 早く!」

「だ、大司教館だ……。大司教館の地下牢に閉じ込めてある。……本当だ!」

「大司教館の地下牢……」




 大司教館は、昨夜、彼女とエステルが襲撃したイシュトヴァーン大聖堂の敷地内にある。

なのには、彼女達とアイザック・バトラーのことに気を取られ、

他まで気が回っていなかった。




「あなたは悪くありませんよ、さん」




 そんなを察したのか、エステルを支えて立っていたアベルが、優しく声をかける。




さんは、シェラザードさんのご家族が捕われていたことなど知りませんんでした。

そして、私も。ですから、あなたは何も悪くありません」

「神父さまのおっしゃる通りです。あたしもさんには、シェラの家族のこととか、

教えていませんでしたもの。さんが後悔することなんてありません」

「アベル……、エステル……」




 本当に今日は、周りに心配をかけてばかりだ。はそう思い、思わず苦笑してしまう。

そして、こうやって自分を庇ってくれる人がいることに、少しだけ安堵感を覚えていた。






 自分を大事にしてくれる人がいる。

 昔にはなかったこの光景を、彼女に見せてあげたいと思うぐらいに。