「――神父さま、さん、ここを出たら、あたし達、すぐに大聖堂に行きたいんですけど?」
エステルの声で、は我に返った。
シェラザードと中尉の会話を聞いていたエステルが、アベルとに囁いたのだ。
「あたし達を殺し損ねたことはすぐにでも大司教に伝わるはずです。――その前に、
シェラの家族を取り返さないと!」
「分かりました。――では、まず足を調達しましょう」
「そうね。……アベル、裏口に軍用車輛があるわ」
屋上から飛び込んで来た時に使用したロープを腰に巻き直しながら、
窓の外を覗くの報告を聞く。
「あれ、1台使えないかしら?」
「大丈夫でしょう。大司教までは、車を使った方が早いです。……とりあえず下に降りましょう」
「そうね。アベル、エステルと一緒に下へ」
「分かりました。さ、エステルさん、掴まって」
「はい。……さんは?」
「私のことは心配しないでいいから、早く」
「……はい」
心配そうな表情を浮かべるエステルに、は満弁の笑みを浮かべ、安心させる。
それに吊られるかのように、エステルも軽く微笑むと、アベルに支えられながら素早く窓枠を蹴り、
降下速度を殺しながら、手品のような鮮やかさで降りて行った。
下では、先に降りていたシェラザードが待っている。
「……ステイジア、『彼』のストッパーはどこまで外れているの?」
『この下に降りるぐらいだったら、問題ないはずよ。……でも、そうはさせてくれないみたい』
「えっ?」
「某らも降りるぞ、シスター・キース!」
気づいた時には、の体は“壊滅騎士”にしっかりと抱えられており、
隕石のような轟音を上げて落下していたのだ。
突然の出来事に、声すら挙げることが出来なかったは、
地面に下ろされるなりにペテロへ突っ込んだ。
「誰が抱えろって言ったのよ、この無差別破壊魔がー!!」
「ぬおっ! あそこで待っていたのは、そういう意味じゃなかったのか!?」
「全然違うわよ!!!」
「まあ、どのみち無事に着陸したのだからいい。よしっ、では、車を徴発するか」
「よくないってば!!」
「まあまあ、さん、落ちついて」
さらに突っ込みを続けようとするを、アベルが宥めようとする。
だが何故か、アベルはそんなの様子がいつも通りに戻ったことで、少し安心していた。
そんなをよそ目に、ペテロは手近に停まっていた重六輪装甲車の扉をこじ開け、乗るように指示を出す。
「さあ、乗るがよい、4人とも! 長居は無用! とっとと転進するぞ」
「またそんな目立つ車を選んで……」
「ばれることを覚悟しといた方がいいわね」
ペテロの振る舞いに嘆息しながらも、アベルとは頷く。
はペテロがいる装甲車へ向かい、運転席へ向かおうとする。
「さんが運転するんですね?」
「その方が一番安全でしょうに」
そう言いながら、装甲車へ向かおうとしたその時――、外で轟音が鳴り響いたのだった。
「……何っ!?」
慌てて外に出れば、アベルがエステルを抱きかかえて後方に跳びすさっていた。
近くにある車輛の影に隠れようとしたが、それすら予測していたらしく、
逃れようとするアベルを釘付けにしていく。
「ナ、ナイトロード!?」
「……! ペテロ、避けて!!」
なす術もなく後退して行くアベルを追いかけようとしたペテロの背後に何かを感じ、はすぐに声を挙げた。
それと同時に、滴るような悪意を含んだ声が、同じ方向から聞こえた。
「……他人の心配より、自分の心配をするんだね、テクノボウ」
“壊滅騎士”が視線すら向けぬまま、本能的に“叫喚者”を旋回させる。
だが、相手はそれを逃れたようで、何も反応がなかった。背後の気配が消失していたからだ。
「おっと、あぶない、あぶない♪」
「ペテロ!」
唯一動きを止められていないは、懐から短機関銃を取り出す。
銃口が向けられることなく、真っ二つに切り落とされてしまったのだ。
「あんたに下手に動かれちゃ、困るんだよ、シスター・」
その声が聞こえた時、ペテロの背後から2本の五指剣を首元に押さえつけている者がいることに気づき、
は大きく目を見開いた。
その人物は、にとって、そしてアベルにとっても厄介な人物だった。
「う、汝は何者だ? そしてどこから……」
「あたしはモニカ。派遣執行館“ブラックウィドウ”。……あんたらの商売仇さね」
その言葉と同時に、ペテロの首筋から高々と液体が吹き上げて、そのまま倒れてしまう。
それを目的したアベルが絶叫を挙げながら、その場へ向かおうとする。
「ペ、ペテロさん!」
「……アベル、動かないで!!」
が再び何かを察知したのか、すぐにアベルの動きを止めた。
それと同時に、足元を銃弾が抉っている。
「常駐戦術思考を狙撃仕様から殲滅戦仕様に書換え。……抵抗は無意味だ。武器を捨てて拘束することを要求する、
ナイトロード神父、シスター・」
2人の鼓膜を打つ声は冷たく、そして鋭い。
そしてその存在は、夜闇に浮かぶ光条照準器の赤い光ですぐに把握した。
「ト、トレス君……」
「ついに登場しちゃったわね……」
派遣執行館トレス・イクスは仲間を目の前にしたまま、銃口を向けたのだった。
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