「こ、これは……!!」
目の前に現れたものに、は驚きと同時に大きく目を見開いた。
それと同時に、アベルがエステルとシェラザードを逃がすように指示を出している。
「でも、気をつけて……、無理をしないで!」
「いいから、行きなさい!」
その、アベルの声を聞いたからか、装甲車へ転がる2つの影を見ていたモニカが舌打ちをすると、
旋回する“叫喚者”をバックステップだけで回避しながら叫ぶ。
「おい、イクス! ここの馬鹿どもはお前に任せた! あたしはお嬢ちゃん達を追う!」
「おのれ、馬鹿とは某のことかッ!?」
ペテロが馬鹿呼ばわりされたことに噛み付き、大きく“叫喚者”を振るう。
「貴様ァァァァ、誰が馬鹿だ、誰がッ!」
「てめぇだよ、デクノボウ。――そんなモン、いくら振り回したところでムダさね」
「それはどうかしらね」
その声と共に響いた銃声に、モニカは素早く反応し、体を横へ反転させた。
太く、そして、力強いその音は、後方にある壁にするどい爪痕を残す。
もしモニカが避けていなければ、壁に叩きつけられていたに違いない。
「――ほう、まだそんなのを隠し持っていたのか」
「正確には、今取り出したんだけどね」
銃弾が来た方向に視線を動かす。
そこにいるのは、散弾銃並みの大きさをした銃を手にしたの姿だった。
全てが銀で出来ているようで、形が複雑だが、見た感じは普通の散弾銃とあまり変わりはない。
「そんなにあたしとやり合いたいのかい? 生憎、今はそんな時間はないよ」
「分かってる。だからこそ、それを止めなくてはならないのよ」
そう言うなり、は銃口を再びモニカへ向けると、一気に引き金を引いた。
短機関銃のような銃弾の嵐がモニカを襲うが、彼女は地面を蹴ってそれを避けて、
手にしていた五指剣をしっかりと握り直した。
「あんたも馬鹿だねえ。同じような手であたしに勝つとでも思ったかい?」
再びモニカの姿が数センチの位置まで近づいてくる。
だが、の顔に焦りの色はなかった。
それを表すかのように、振り下ろされる五本指を冷静に見つめている。
「諦めがよくて助かるよ」
満足げに微笑むモニカだったが、その顔はすぐに打ち砕かれた。
五指剣が当たったのはの体ではなく、また別の硬い物質だったからだ。
鋭く、そして光り輝く剣が、モニカの五指剣を見事に捕らえ、押し上げられていたのだ。
「何……っ!?」
突然目の前に現れたものに、モニカが驚きの声を挙げた。
手にした物は確かに銃だったはずなのに、いつの間にか剣に変わっていたからだ。
「生憎、私は諦めが悪い人間なの。残念だったわね」
皮肉交じりでいうその声と当時に、モニカの体は後方へ飛ばされる。
何とか体勢を崩すことなく足を踏ん張ると、視線をの方へ向けた。
手にしている物は、確かに剣そのものだった。
しかしその柄は、まるで銃のように引き金がついている。
中心部辺りには銃口らしき影も見えている。
今までたくさんの武器を見てきたモニカでも初めて見る代物だった。
「それは、一体……」
「説明してるより、自分で体験してみた方がいいわよ」
そう言うなり、は手にしている物を、まるでつり竿のように引き上げた。
すると剣先部分が後方に折れ、引き金部分にはまって、カチャリという音と共にしまわれた。
そしてその引き金を引くと、銃口らしき部分から無数の銃弾が飛び出し、モニカの体を襲ったのだ。
「……なっ!?」
うまく避けたのはいいが、背中に壁があり、身動きが取れなくなったのだ。
「今よ、ペテロ!」
「お、おう!」
唖然と見つめていたペテロに一喝すると、彼は我に返り、再び“叫喚者”を握り締めた。
そして渾身の一撃を振り下ろしたが――、
アスファルトが弾ける鈍い異音とともに上がったのはペテロの呻き声だった。
「ちょ、ちょっと待てぃ!?」
石畳を抉った槌矛をみつめたまま、ペテロは目の前の光景を見つめていた。
そしてその後方で、が軽く舌打ちをする。
「やっぱり、少し甘かったか……」
『いくら何でも、これだけは無理よ』
「それもそうね」
少し納得はしたが、それでも悔しいのか、は壁に沈んで行くモニカを鋭く睨みつけていた。
彼女の行き先は1つしかない。
エステルとシェラザードが乗る装甲車だ。
「これはいかん。……すぐに我らもブランシェ達を追うぞ、ナイトロード、シスター・キース!
早く行かねば、二人とも殺される!」
「そんなこと分かってます!」
怒鳴り返したアベルだが、盾に取った装甲車から離れれば、
忽ちトレスの生け贄になってしまうのは目に見えている。
こうなると、今すぐにでも動けるのはしかいない。
(さん、聞こえますか!?)
そう思っていたの脳裏に響いたのは、今、一番危険に曝されているアベルだった。
(聞こえるわよ、アベル。補助だったら、いつでもやるわ)
(ありがとうございます。……“剣を施した銃”、取り戻したんですね)
(まさか、水溜りから出てくるとは思ってもなかったけどね)
“剣を施した銃”――大災厄前に作られたと言われる、今や「幻の武器」と呼ばれる、
銃に剣が仕込まれた特殊武器だ。
銃は散弾銃、短機関銃、強装弾と切り替えられ、引き金を引く力によって切り分けることができ、
その上アルテミスも撃つことが出来る。
そして引き金部分にあるキーを引けば、折畳式になっていた剣が開かれ、接近戦の対応も出来るという、
まさに剣術と銃術すべてを1つでこなせる武器だ。
(で、どうするの?)
(火薬を詰めた弾倉を、あそこでチカチカしている街灯に投げつけます。そこで、
私がエステルさんとシェラザードさんがまだ逃走していないという振りを見せますので、
さんはそれに従って、一緒に逃げる振りをして下さい)
(了解。で、弾倉に1発ぶつければいいのね)
(その通りです。お願いできますか?)
(この場を切り抜けるためなら、やってやるわよ)
は手にしていた“剣を施した銃”をしっかり握り締めると、
トレスに気づかれないように地面を蹴った。
そして装甲車の集団の近くまで寄せると、アベルの支持を待つように、ある細道の前へ動いた。
「ペテロさん、さん、トレス君はなんとかします! だから、エステルさん達のことは
どうかよろしくお願いします!」
「分かったわ、アベル。気をつけて」
「お、おい、ナイトロード、汝はどうするつもりだ!?」
ペテロが狼狽するかのように叫んだ時には、アベルは勢いよく装甲車を飛び出し、
手にしていた火薬を詰めた弾倉が、
トレスの傍らにあるかすかに明滅している街灯に投げつけられていた。
「――無駄な抵抗だ、ナイトロード」
ガラスが割れる音など一切無視して、トレスはM13の銃口を突進してくるアベルに向けていた。
引き金に手を添え、弾丸を吐き出そうとしたその時、アベルが大声で叫んだ。
「今です、エステルさん。……今のうちに逃げて! さん、一緒について行って下さい!」
「了解、アベル。気をつけるのよ!」
「…………!?」
アベルとの声に、トレスのトリガーを絞ろうとした指が止まる。
しかしアベルの視線を追った先にあるのは、だと思われる1つの影しかなく、
あとはただの薄闇だとすぐに気づく。
「偽装か。――無駄な抵抗はやめろ、シスター・」
「だったら、そのまま大人しくしてくれないかしら、トレス?」
暗闇の中、何かに向かって手を挙げていることに気づいた時には、
は手にしていた“剣を施した銃”をある方向へ向けていた。
引き金を軽く引き、銃弾が勢いよく飛び出すと、先ほど弾倉を投げた街灯に直撃し、
小さな爆発が起こった。
(今よ、アベル)
(ありがとうございます、さん)
脳内に響く会話のことなど、トレスには聞こえているわけがなかった。
コンマ数秒の混乱から回復した時には、弾丸のようにかけた影が、トレスに体当たりしていた。
200キロ近いトレスのボディは地面に押し倒され、それをねじ伏せようとする。
そして数点したところでようやく上下に重なって止まった時、
も急いでその場にかけつけたのだった。
『こうやって見ると……、怪しいわね。、本当にアベル・ナイトロードでよかったの?』
(どーいう意味よ、それ!!!)
戦闘プログラムサーバ「ステイジア」の突然の言葉に、が声を出さずに突っ込んだのは、
この発言のせいでアベルの気を緩めるわけにはいかなかったからだ。
そんなとは裏腹に、アベルはトレスへの説得を続けていた。
が、トレスはすぐに理解しようとしない。
「卿が選択できる行動は2つだけだ。――このまま降伏するか。それともその引き金を非違射て俺を破壊するかだ」
「そんな……! くそ……、私が、君を撃てるわけないでしょう」
「私なら出来るわよ」
予想外の言葉に、アベルははっとなり、いつの間にか隣に立っているの顔を見上げた。
そのの銃口は、トレスの眉間をしかと捉えて離さなかった。
「さん!」
「仲間の言葉を信じようとしない同僚なんて、私には必要ない。あなたは疑いすぎなのよ」
「ブランシェを拘束するように命じたのはミラノ公だ。俺はその指示通りに動いているだけだ」
「その、カテリーナの言葉をすぐに信用するところが、そもそも間違っているのよ」
トレスにとって、カテリーナの言葉は絶対である。
だがは、今までそのカテリーナの意見を完全に信じたことなど一度もなかった。
特にエステルが教皇庁に入ってから、彼女に対する視線がどこか冷たいように感じていた。
「私は彼女を許せない。事の発端をつきとめることなく、勝手にエステルを拘束し、吸血鬼であるラフマン卿を
悪者に仕立て上げたこと、絶対に許すわけにはいかないわ」
“剣を施した銃”を握る手が強く、そしてどこか怒りを感じる。
まるで、自分の大事な人の命が奪おうとしていた者が目の前にいるかのように、彼女の目は鋭く尖っていた。
「……さんがトレス君を撃つのであれば、先に私を撃って下さい」
だがそれは、トレスを押さえていたアベルの言葉によって、すぐに解放された。
「君は撃ちたかった撃ってくださって結構です」
ほとんど泣き顔になって立ち上がるアベルに、は大きくため息をつく。
予想していた行動なだけに、ほんの数メートルだがその場から離れる。
とて、そう簡単にトレスを撃てるはずなどない。
ここまで彼を動かせるようにしたのは、
彼女とローマにいる“教授”の力で、そんなトレスを自分の子供かのように接してきたのだから当たり前だ。
だからこそ、これ以上カテリーナの思い通りに動くことが嫌だったのだ。
「その代わり、お願いですから、あの2人は行かせてあげてください。……このままだと最買う、十字軍か、
いや、世界の終わりが来るかもしれないんです。あの2人が大司教館に無事到着出来ないと、とんでもないことが――」
「大司教館だと? ブランシェ達は大司教館に向かったのか?」
身を起こしたトレスが反応したのは、“十字軍”でも、“世界の終わり”でもなく、
“大司教館”という場所の名前だった。
「え、ええ、そうです。今回の一連の騒動はダヌンツィオ大司教が関連しているとかで……」
「ラフマン卿に“聖女”であるエステルを殺させ、帝国と戦争を起こそうとしていたのよ」
アベルのあとを追うように、がトレスに説明する。
「長生種で、帝国貴族であるラフマン卿が“聖女”を殺せば、国際レベル並みに騒がれ、
短生種の目が帝国への憎しみへと変わり、戦争を引き起こす。……これが相手の狙いよ」
「そんなこと、絶対にあっては……」
「大司教館には、現在、ミラノ公と生下が滞在中だ」
アベルの言葉を横切るかのように、トレスが口を開く。
M13の銃口は空気に接着されたかのように微動だにしていない。
「2人の宿舎は、吸血鬼の襲撃を警戒して、今夜より迎賓館から大司教館に変更されている。
……ダヌンツィオ大司教の提案によるものだ」
「何ですって!? じゃ、じゃあ、このままだとカテリーナさん達と最悪、鉢合わせ――」
『後方から、無数の市警軍がこちらへ攻撃を仕掛けようとしている』
情報プログラム「スクラクト」の声が聞こえた時には、トレスのM13が躊躇なくトリガーを引き絞っていた。
背後の針葉樹の立木に吸いこまれ、
一拍置いてから落下したブルーグレーの軍服と狙撃銃で武装した兵士に、
アベルが舌打ちをする。
「……市警軍!?」
「どうやら、外にも待機していたみたいね。何て数なの? これだけで、最低1部隊と半分はいるわよ」
数は少なく見積もっても300人以上――しかも、銃機関銃や対戦車砲などの重火器まであると、
さすがのペテロでも拮抗するのは難しい。
「ぬうっ、カトンボどもめ……。随分と沸いて出おったものだ。どうする、派遣執行館ども?
事情を説明してみるか?」
「否定。――その時間はない」
新しい弾倉を噛みこんだM13を掲げながら、トレスが平板な声で呟く。
「障害は実力を持って排除する。その後、ミラノ公ならびみ聖下保護のため、全力で大司教館に急行する。
――卿らも同行せよ」
「あなたに指示されなくても、そうするわよ」
ため息交じりで呟きながら、は手にしていた“剣を施した銃”を握り締め、
目の前にそびえる大群へ向かって突進したのだった。
(ブラウザバック推奨)