「マタイ、私の声が聞こえる?」
『聞こえますよ、シスター・キース』
アベルにしがみつきながら、
は今まで連絡をつけてなかったマタイへ、ようやく連絡を入れることにした。
彼らに援軍を依頼しようと思っていたからだ。
『周りがやけに騒がしいですね。何かあったのですか?』
「自動二輪車で移動してる最中なの。風の音で煩くなってるけど、気にしないで」
アベルの運転は予想以上によくて、スピードが速い。
トレスが運転する装甲車に追いつく勢いで、
久々に後ろへ乗ったにとっては体を固定するのが大変だった。
(アベルが私の後ろに乗りたくない理由、分かったような気がする)
(分かってくれて嬉しいですよ。しっかりしがみついてて下さいね)
(頑張ってみるわ)
『で、私に何かご用ですか?』
アベルとの会話を横断するように聞こえてくるマタイの声に、はすぐに我に返る。
アベルに絡み付いている両腕をしっかりと彼の体に絡め、
体を固定してから、はその声に答えることにした。
「今の現状をどこまで把握しているのか分からないけど、大司教館に援軍をお願いしたいの。数は――」
『それなら、もう準備を整えてますよ』
「……何ですって?」
マタイのあまりにも早い対応に、は思わず顔を顰める。
ダヌンツィオに何か動きでもあったのだろうか。
『あなたのプログラムは非常に優秀でしてね。全ての情報は、そこから入出しました。――例の吸血鬼が、
“聖女”様と一緒に大司教館へ向かっているようですね』
「……ええ、そうよ」
どうやら、彼女のプログラムは予定通りの任務を遂行しているらしい。
は彼に気づかれないように安堵のため息をつくと、再びマタイに声をかける。
「今、私達も彼女の後を追って大使教官へ向かっているところなの。でも、人が足りなさ過ぎるし、
ダヌンツィオ大司教はまだあなたを頼っていると思う。だから――」
『相手の同情を引いて欲しい、ということですね。了解しました。しかしその後の対応は、
我々に一任させて戴いてもよろしいでしょうか?』
「そうね。でも、あまり大きなことはしないように」
『分かっております。――ああ、それと、市警軍中尉のドボーとやらを捕らえました。
こちらで事情聴取をしているところです』
「なら、すべては明確になるわね」
『これもあなたのお蔭です。感謝します』
彼との通信は、ここで途切れた。
いつになるのかは分からないが、
マタイのことだ、都合のいいタイミングを狙って侵入してくるに違いない。
「マタイさん、援軍を出してくれるんですか?」
「ええ。ま、いつになるか分からないから、しばらくは4人で何とかするしかないけどね」
通信が終わったのを確認するかのように、アベルがに声をかける。
風の音が予想以上に強いため、お互いに声を少し張り上げながら話す。
「トレスとペテロは? まだ追いつかないの?」
「前にいますよ」
そう言われてアベルの肩越しから前方を見ると、
そこにはトレスが運転してると思われる装甲車が走っていた。
どうやら、追いついたらしい。
「アベル、あなた、いつの間に自動二輪車を運転できるようになったの?」
「昔から運転できましたけど、なかなかそれを披露できなかったんですよ。何せ私より、
あなたの方が上手ですし」
「あら、誉めてくれるの? あんなに怯えていたのに?」
「後ろに乗るのとテクニックは違います」
確かにそうかもしれない、と、は思った。
テクニック的によくても、
後ろに乗る人物にとっては強い風に吹き飛ばされないように体を固定するだけで精一杯なのだ。
だがよく考えてみれば、もしこれでテクニックが悪かったら、
後ろに乗るものはもっと苦労したに違いない。
そう思っている間にも、アベルが運転する自動二輪車は装甲車の横を歩いていた。
後部座席に座っているペテロが、運転しているのがアベルで驚いたような顔をしていたのが見え、
は思わず噴き出してしまう。
「ペテロ、すごく驚いていたわよ。見間違いだと思っているに違いないわ」
「そんなに私が自動二輪車に乗るイメージ、ないんですかね?」
「そのヘナヘナ振りじゃ、誰も思っていないわよ。――どうやら、到着したようね」
の視界に飛び込んできた建物を指差し、アベルは軽く頷いた。
そしてスピードをゆっくりと弱め、その前に横付けして止めた。
『エステル・ブランシェとバビロン伯シェラザード・アル・ラフマンは、もう地下についてるわ。
――急ぎなさい、』
「どうしたの、ステイジア?」
戦闘プログラム「ステイジア」の声が上がり、自動二輪車から降りたは、
何が起こったのか分からず、彼女に呼びかける。
「一体、何があったの?」
『セフィー、地下室の映像を流して。その方が説明に早いわ』
『了解しました』
映像・補助プログラム「セフィリア」が応え、目の前に1つの映像が浮かび上がる。
それを見た時、アベルとの目が大きく見開いた。
「……何なの、これ!?」
地下室には、アレッサンドロとカテリーナ、ダヌンツィオがいて、周りが赤く染まっていた。
そして無数の動甲冑――外骨格型戦闘強化服に身を固めた装甲歩兵が、
横たわる何かに向かって攻撃を仕掛けていた。
それは、皮膚を何かによって焼かれたシェラザードの姿だった。
「やばい! これじゃ、シェラザードさんが……!!」
「今、到着したぞ、2人とも。さ、すぐに――って、おい!」
到着したばかりの装甲車から降りたペテロが声をかけた時には、
2人の姿は大使教館へと姿を消していた。
地下へと向かう階段を降りながら、騒音が徐々に大きくなって行く。
そして視界に見えた光景に、アベルとはそれぞれの武器を手にした。
「アベル!」
「分かってます!!」
の言葉に反応するかのように、アベルは銃口をある1点に集中させた。
それは、何かに駆け寄ろうとしたエステルの前に憚る、1つの動甲冑だった。
「――エステルさん!」
高速射撃で放たれた6発の銃弾が、巨人の沸きを捕らえ、轟音を上げて転倒する。
それを見たがアベルを抜いて、地面を軽く蹴る。
引き金部分のストッパーを外した先から見えた剣が大きく振るわれ、
新たに現れた動甲冑が真っ二つに切れる。
「さん、中にいる方の命は――」
「外してるから大丈夫よ! ここまで来て、他人の心配するんだから……!」
そう言いながらも、再び迫ってくる動甲冑に、は軽く剣を1回転する。
動甲冑の足や手が異とも簡単に切断され、バランスを崩して倒れて行くのを見た後、
剣を元に戻して、すぐにアベルがいるエステルのもとへと行く。
「大丈夫ですか、エステルさん!?」
「大丈夫、エステル!?」
「神父さま! さん!!」
2人の姿を見たエステルが、床にへたりこみそうになるが、
そこは懸命に耐えて、2人に事情を説明する。
「神父さま、さん、気をつけて。……大司教は、ここでみんな殺してしまうつもりです!
あたしたちも……、そして、聖下やミラノ公まで!」
「分かってます。さんは、彼女のそばにいてあげてください」
「分かったわ」
泣き出しそうなエステルに、アベルは優しく頷き、そして前方にいるダヌンツィオへ、硬い光を帯びた目で転じる。
はアベルの指示に従い、エステルの元へと近づく。
「ここまで、よく頑張ったわ、エステル。……来るのが遅くなって、ごめんなさい」
「さんが謝ることじゃないです。あたしが相手の罠にかからなければ、こんなことにならなくてすんだのに……」
責任の擦り付けるのはよくないのだが、思わず自分のせいにしたくなってしまう。
そして背後に響くアベルの声に、は耳を傾ける。
「ダヌンツィオ大司教、あなたはも終わりです! シスター・エステル殺害未遂のみならず、
聖下やミラノ公暗殺の企て……覚悟されるがよろしいでしょう!」
「ナイトロード神父、貴様、どうやってここに……」
「どうやってって、方法は1つしかないでしょう、ダヌンツィオ局長?」
アベルの背後から聞こえた声に、ダヌンツィオははっとなり、その方へ視線を向けた。
そこにいたのは、服装は違えども、見なれた顔の人物だった。
「貴様は……、貴様は・キース大尉――“ガンメタル・フレイユ”!!」
「お久しぶりです、局長。相変わらず、変な正義感に借り出たされてるみたいで、呆れてものも言えません」
久々に会う元上司に、は目を針のごとく鋭くして睨みつける。
それは、ダヌンツィオがよく知っている、
特務警察特殊部隊大尉・キース――“ガンメタル・フレイユ”の目だった。
「なぜだ!? なぜお前がここにいる!?」
「なぜ? 理由は簡単です。今の私は、教皇庁国務聖省特務分室派遣執行官――“フローリスト”。
ま、今は単独で外の調査をしていたのですが」
「派遣執行官だと? 笑わせるな。主の存在を信じないお前が、シスターだと?」
「確かに、信じてなどいません。……けど、それでも私は……、派遣執行官になった理由がある」
派遣執行官になった理由。
それは、が一番信頼し、そして繋がっている者が選んだ道だからだ。
その者と共に、その者の願いを叶えるのが、今の自分の役割。
だから、は派遣執行官として、行動を共にしているのだ。
「2人だけだとしても、ホテルに送り込んだ部隊は何をやっているのだ!? あの兵力をどうやって!?」
「――戦いの帰趨を定めるのは、数ではないわッ!」
階段の方で悲鳴があがった先から聞こえたのは、達から出遅れる形となったペテロだった。
巨大な槌矛が一閃し、兵士達が呆気なく吹き飛ばされるのが見える。
「ブラザー・ペテロ見参! 罰当たりの讀神者ども! この某がある限り、部下には指一本、触れさせぬッ!」
「イ、“壊滅騎士”!」
教皇庁最高の騎士に、兵士達の間から震えの声が毀れる。
ただでさえ、元特務警察大尉で、“ガンメタル・フレイユ”と呼ばれていたがいるというのに、
さらなる強敵を目の前に、銃を取り落としてあとずさる。
「怯むな、臆病者ども! たかが3人で何が出来る。……おお、そうだ! 教皇を盾に取れ!
教皇を人質にすれば、そやつらには何も出来ぬ!」
ダヌンツィオの命令に従うように、兵士達がアレッサンドロとカテリーナに銃を突きつける。
しかしそれは、壁越しに撃ちこまれた卿装弾によって破砕されてしまった。
無残な姿になった壁の向こうから現れたのは――。
「戦域確保。……損害評価報告を、ミラノ公」
「“ガンスリンガー”!」
アレッサンドロとカテリーナの前に現れたトレスに、カテリーナはほっと息を吐く。
はそれを確認すると、急いでエステルの方へと身を翻した。
「この愚か者どもが……、何を怯えている! 相手はたかが4人ではないか! 潰せ!」
「戦いは数ではないと言っている! 愚か者!」
ペテロの槌矛が旋回し、兵士達を次々と吹き飛ばす。
ダヌンツィオは何とかして応援を求めようとしたが、
カテリーナ達を守って立ちはだかっているトレスの銃撃に曝され、助けに行くことすら出来ないでいた。
その間に、アベルとはエステルと傷だらけのシェラザードを安全な位置まで移動させた。
「神父さま、さん、バビロン伯を……、シェラを助けて!」
着衣の汚れも気にせず、大事な友の助けを求めるエステルを、は見ることが出来なかった。
肌のケロイドは拡大を止めているが、出血が多い上に、傷がなかなか塞がろうとしない。
溶血性桿状細菌郡にとって深刻な障害を齎す銀が、大量に撃ち込まれていたからだ。
「厄介だな。……これだけの銀が体内に入っていると」
「さん、傷が治せるんでしょ!? だったら、すぐにシェラの傷を……」
「そうしたいのは分かる。けど、私の力は長生種には効かないの。全部の銀を取り除くしか、
方法はないわ」
の力は、長生種に効果はない。
しかし、銀を抜くだけなら、すぐに出来るかもしれない。
は黒十字のピアスを指で弾くと、すぐに声をかけた。
「フェリー、聞こえる?」
『はい、我が主よ』
の声に反応して聞こえて来たのは、修正プログラム「フェリス」だ。
「ラフマン卿の体内にある銀を、少しでもいいから取り除いて欲しいの。ウィルスで飛ばせれたら、
もっといいんだけど」
『やってみます』
体内に注入されたものを取り除く作業はよくやることだ。
しかし、今回は相手が長生種ということだけに、普通のプログラムでは解決できないかもしれない。
それでも、何もしないよりもマシである。
「エステル……」
小さな声が、3人の鼓膜を叩く。
血に汚れた顔の中で、シェラザードの目がかすかに開いたのだった。
「もう、私は駄目みたいですね……」
「ば、馬鹿なこと言わないで! 絶対に……、絶対に助けるから! 諦めないで!」
「……ありがとう、エステル」
シェラザードの手を強く握り締めるエステルを、は胸を痛めながら見つめている。
こんな時に、彼女の役に立てない自分が情けないと感じていたからだ。
彼女の役に立てない自分が情けない? どうして、そのように思うのだろうか?
「人間」を護ると誓ったのに、こうして命を失うからか?
それとも、他に理由があるというのか?
『彼女のこと、よろしくお願いしますね、』
頭が、割れる。
いろいろなことが旋回して、崩れそうになる。
エステルのことを考えれば考えるほど、大きな穴に嵌って行く感覚。
これは一体、何なのか――。
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