「――




 が慌てて我に返った時には、シェラザードの手がに伸びようとしている時だった。




「あなたにも、迷惑をかけてしまいましたね、

「私はただ、昔の借りを返したかっただけよ」

「身分証明書を偽造しただけですよ」

「そして、列車の切符を取ってくれたわ。そうじゃなかったら……、……私は幼いエステルに会うことなんて、出来なかった」




 の言葉に、エステルははっとなり、彼女の顔を見る。

 そして、あの時のことを思い出した。



 あの時――イシュトヴァーンへ初めて来たは、旅の途中だと言っていた。

だが、どこから来たのかということを、話そうとはしなかった。

その場所が“帝国”だっただなんて、思ってもいなかった。




「あなたには感謝してる。そうじゃなかったら、私はここに来ることも、エステルと会うこともなかった。

私はその借りをしっかり返したいの。だから、諦めないで」

「……ありがとう、……」




 差し出された手を、強く握り締める。

 そしてシェラザードは薄く笑って口を閉じた。

唇が目に見えて青ざめ、体温が低下していくのが伝わってくる。




「……とにかく、いまのうちに彼女だけでもどこか安全なところに移動しましょう」




 アベルがときおり跳んでくる銃弾から頭をすくめつつ、安全な場所を求めて視線を巡らせる。

もすぐに切り替え、アベルと共に探し始める。




「ここだと、巻き添えをくいかねません。まずは、どこか安全な小部屋にでも避難して……」

「そうね。ここから一番近い安全場所は?」

『牢の奥に、監視員用の小部屋がある。今は無人だ』

「それじゃ、そこへ移動……」

<逃がさんぞ、吸血鬼ども!>




 醜くひび割れた機械音が響き渡り、騒々しい金属音がエステル達の鼓膜を引っかく。

先ほどアベルの手によって転倒した動甲冑が、バランサーが復旧したらしく、

機械鋸を振り上げて叫んだのだ。




<貴様らはここで死ぬのだ!>

「――おどきなさい」




 それに対して、アベルの声は静かだった。

シェラザードをエステルに託し、静かに眼鏡のブリッジを押し上げる。




「どかないと、あなた、後悔なさいますよ。……私は今、大変怒っています」

<怒っている? それがどうした!>




 動甲冑はせせら笑い、冷たく輝く神父の瞳も気にしていない様子だ。




さん)

(了解。ヴォルファー)

『交換なら終わってるよ』




 転送プログラム「ヴォルファイ」の声を確認すると、もすぐに“
剣を施した銃(ガンソード)”の引き金に手を添える。

その間に、アベルの手にした旧式回転拳銃は、目の前にいる動甲冑へ向けられた。




<4匹まとめて切り刻んでやる! せいぜい、のたうち回って死んで行け!>

「のたうち回る? のたうち回るのはあなたの方です……。申し上げたはずです。――私は怒っていると!」




 その言葉と同時に、アベルが放った6発の銃弾は、

銃声がほとんど1つに重なって聞こえたほどの発砲速度で突進して行った。

だが相手は“歩く戦車”と呼ばれる動甲冑。

旧式回転拳銃で立ち向かうのはあまりにも無謀すぎる。

そう、誰もが思っていたのだが――。




「今です、さん!」

「任せて!」




 アベルが叫んだ時には、すでにの手にしていた“
剣を施した銃(ガンソード)”の銃口は6発の銃弾のに向けられていた。

そこに向かって引き金を引き、飛び出した銃弾は――散弾銃並みの破壊力を持たせた強装弾だった。



 によって放たれた銃弾のスピードは速く、アベルが撃った6発目の銃の後方に到達すると、

後ろを押し、前方の5発にそれぞれぶつかり、その勢いのまま目標地点へ向かって突進して行く。

そこだけ火でもつくのではないかと思うぐらい、空気が割れて行くのが分かるほどだ。



 そして目標場所まで到達すると、計7発の銃弾は細い強化鋼の鎖刃――鎖の連結部をたち切られた機械鋸が、

鞭のように所有者自身の体を襲い始め、循環剤が血のように勢いよく噴き出し始めたのだ。




<う……、嘘だ!>




 搭乗者のうろたえた悲鳴が上がり、後退しつつも、必死で崩れかけた姿勢を立て直そうとする。

しかし、それもアベルの計算のうちに入っていた。




『“クルースニク02”、これを使って』

「ありがとうございます、ヴォルファイさん」




 かすかに右手を動かし、アベルは空弾倉を魔法のように銃身から吐き出し、

左手に現れた新しい銃倉を噛み込ませる。

そして再び、先ほど撃ち抜いた膝関節に銃口を向けた。




「――終わりです!」

<…………!>




 再び放たれる6発の弾丸は、ずれることなく目標地点に撃ち込まれ、今度こそ完全に間接を破壊する。

そして声にならない怒号と循環剤を高々と吹き上げながら、

混乱する兵士達のただ中に倒れ込んだのだった。




「アシスト、ありがとうごさいます、さん」

「こっちも、お役に立ててよかったわよ、アベル」






 かすかに微笑むアベルに、もかすかにだが、嬉しそうに微笑んだのだった。











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