今まで大量にいたはずの市警軍が、たった4人によって殲滅されようとしている。

ダヌンツィオの脚本が崩れていこうとしていく。




「い、いや、まだだ……。こんな馬鹿馬鹿しい結末があってたまるか!」




 一般用エレベーターがトレスに塞がれ、階段はペテロによって塞がれている。

そうなると、脱出する手段は貨物運搬用のエレベーターしかない。

そろそろ後ずさりして、そのボタンを押すと、鈍い振動と共に昇降機が下りて来る。



 しかしそれを見逃す者などいなかった。




「アベル!」




 丁度視線を向けたが目撃し、小さい声でアベルに向かって叫ぶ。

その声に真っ先に気がついたのは、アベルではなくてエステルだった。




「やばい! このままじゃ、逃げられる!」

「エステルさん!」




 一緒にシェラザードを支えていた手が取れ、散弾銃を片手にダヌンツィオの方へ向かって走り出す。

それを追いかけるように、アベルと、そしてアベルに支えられているシェラザードが追う。




「――ダヌンツィオ大司教!」




 醜く引きずった顔で喘ぐダヌンツィオに、エステルが睨み据えながら言葉を吐き捨てる。




「どこに逃げるつもりだったの!? これだけのことをしておいて……、償いもせず、逃げられるとでも思ったの!?」

「……ご、誤解だよ、シスター・エステル。君は何か私を誤解している」

「どんな誤解なのでしょうか、局長? ――いいえ、ダヌンツィオ」




 エステルの横にいたも、手にしていた“
剣を施した銃(ガンソード)”の銃口をダヌンツィオに突きつける。

その目は、この悲劇を引き起こした相手に向かって、とても冷たいものだった。




「あなたの考えは、間違っている。昔から変わらず、ずっとそう。だから部下に嫌われるのよ」

「私は部下に恵まれていた。――君も私に賛同した同士だろう?」

「私があなたに賛同した? 馬鹿なことを言わないで。私は前の上司の命令で、聖下に仕えるために

特警に入った身。聖下以外の人物には従わないわ。それに――」




 一呼吸置くかのように、ゆっくりと瞳を閉じる。

暗闇に浮かんだ人物の笑顔を見つめ、そしてまた、ゆっくりと瞼を開ける。




「それに彼も――ヴァーツラフも私と、同じだった」




 ヴァーツラフ・ハヴェル。

特務警察時代の直属の上司であり、後にAxの同僚になった人物。

そして当時、が一番慕っていた人物でもある。




「私は許さない。全ての現況を作ってしまったあなたのことを、許すわけにはいかない。

――だから逃げずに、罪を償いなさい!」

「ま、待ってくれ、キース大尉、いや、シスター・!」




 慌てたように首を振るダヌンツィオに、の鋭い視線が跳ぶ。




「わ、私はもともと、シスター・エステルをどうこうするつもりなんてなかった。た、ただ、この騒ぎを利用して、

専横を続ける先代教皇の遺児達を懲らしめたいと思っただけで、彼女に危害を加えるつもりなんてなかったんだ……。

ほ、本当だ!」

「――では、私達を殺そうとしたことは認めるのですね、大司教?」




 凍結した鋼鉄を思わせる声がして、視線を動かしてみれば、

地に汚れた法衣を身に纏っているカテリーナが、

目を醒ましたらしい弟を支えながら、片眼鏡の奥で冷たく見つめる。




「本当に残念です、ダヌンツィオ大司教。……あなたには失望しました」




 死刑宣告のように告げられた声に、彼女の背後でわずかに残った兵士達が、

トレスとペテロに追い詰められる。

そしての手にしていた“剣を施した銃(ガンソード)”も、何かを合図するかのようにカチャリと音がした。




「それなら私も、あなたを処罰する理由が出来たわ」




 引き金部分のストッパーが外れ、長く、鋭い刃が姿を現す。

銃から剣に変わった武器の先でダヌンツィオの目と目の間を指す。




「身分が変わっても、歴代の聖下を護るように命じられていることには変わらない。よって、

聖下を暗殺しようとした者は全て許さない」

「……………………!!!」




 の言葉に、ダヌンツィオが自分の死を覚悟したかのように大きく目を開いた。

そんな彼女の行動に、アベルが慌てたように向かおうとしたが、

貨物用エレベーターの置くから重々しい金属音とともに、

穏やかな声が響き渡ったことで、その動きが止まった。




<――はい、皆さん、お祭り騒ぎはそれぐらいにしていただきましょうか>




 シャッターが開き、内部から出てきたのは、天井に頭を擦らんばかりにして褐色の巨大な人影だった。




<全員、そのまま武器を捨てて下さい。――こちらは教理聖省異端審問局です>

「ブ、ブラザー・マタイ!?」




 昇降機の中から現れた巨大な影に向かって叫んだのは、同じ異端審問官であるペテロだった。




「何で、“ウリエル”と特警がこんなところに!? 汝らは、街に出向いていたのではないのか!?」

「――お、おお! ちょうどよかった! 力を貸してくれたまえ、ブラザー・マタイ!」




 ペテロの声とは違い、ダヌンツィオが情けない声を挙げる。

エステルとに各々の武器を突きつけられ、脱兎のごとく駆け出し、

動甲冑にすがりつき、涙声で訴え始めた。




(情けない姿。――あれが本当の姿だったら、今まで彼に慕っていた部下達は幻滅するわね)




 ダヌンツィオの訴える姿を見ながら、は大きくため息をつく。

どこまでが本音で、どこまでが嘘なのかが分からなくなりそうだ。

こんな人物の下にいたと分かると、彼女自身も呆れてしまう。




「……マタイ、そろそろ言われてばかりじゃなくて、言い返したらどう?」

<私は感心して聞いていただけですよ、シスター・キース。――なるほど、それが猊下の“脚本”というわけですね>




 まるでの言葉が合図になったかのように、

“ウリエル”の外部スピーカーから感銘を受けたような声が漏れたが、

腕に省茶腐れた火炎放射器がダヌンツィオへ向けられた時には失笑へと変わっていた。




<申し訳ございませんが、猊下、あなたを逮捕します。容疑は教皇ならび枢機卿の暗殺――叛逆罪です。

30分前、逮捕したドボー市警軍中尉が何もかも喋ってくださいましたよ>

「!」




 特務警官達に囲まれて立つ1人のドボーの姿に、ダヌンツィオの顔が蒼白になる。

だが、警告はこれで終わることはなかった。




<ああ、それとこの二日間、傍受させていただいたあなたの通信と、押収した市警軍への善命令文書は

すべてメディチ枢機卿に送らせていただきました。もうすぐ、異端審問局より、正式の召還命令が届くと思いますので……、

悪しからず>

「マ、マタイ、貴様、謀ったな! フランチェスコのさしがねか!? 最初から、私を疑っておきながら、

わざと泳がせておいたのだな!?」

<まあ、あまりにもタイミングが良すぎましたからね、今回の一件は>




 最初から知っていた上での作戦だったことは、も薄々感づいていた。

だから彼と協定を結び、通信経路を異端審問局に解放したのだ。

そのお蔭で、余計な手間や説明する時間が減り、ダヌンツィオのことだけに集中しなくても済んだのだ。




<要するに猊下、あなたの脚本は、作品として陳腐にすぎなかったんですよ


……さ、皆さん、彼を上にご案内して下さい>




 ヒステリックに喚くダヌンツィオに容赦なく手錠がかけられ、はようやくほっと息を吐いた。

しかし、これで全て解決したわけではなかった。




(さて、新たな出口を探さなくてはならないわね……)




 の声は聞こえることなく、視線だけがアベルに抱えられている長生種に向けられた。

そのの視線に気づいたのか、手錠をかけられ、

引きずるように連行されてゆくダヌンツィオを眺めながら、

エステルが苦い口調でシェラザードに囁いた。




「……シェラ、ここから逃げよう。あたしも一緒に行くわ」




 アレッサンドロとカテリーナの命に別状はなく、終わったかのようにも見えるが、

ここにシェラザードがいる限り、全てが解決したとは言えない。

このままだと、確実にシェラザードは異端審問局に捕われ、その後の結末は手に取るように分かっていた。




「だから、早く逃げよう。このままじゃ、あなた、殺される!」

「そうですね……」




 何かを言いたそうなアベルを視線で制しながら、エステルが早口で告げたが、

シェラザードは顔色こそ悪いが、落ちついていた。




(ラフマン卿の様態は?)

『完全ではありませんが、銀は取り除いてあります。しかし、バチルスの活動を再開するのには、

もう少し時間がかかるのではないかと予想されます』




 修正プログラム「フェリス」の報告に、気づかれないように頷く。

長生種に使ったことのない修正機能を使っているのだ。

効果が現れるのはまだ先の話のようだ。




「……ちょ、ちょっと、シェラ、どこに行くの!」




 エステルの声が耳に届けられたのは、

がプログラム「フェリス」の報告を受けた直後のことだった。

そして声の行き先に目が移った時には、大きく目を見開いていた。




「こんばんは。……あなたが教皇制下ですね?」




 あまりにも大胆に接近してきたために、特務警官もカテリーナも、

誰何することなく失念していたらしく、唖然としている。

そんな彼女の行動にカテリーナが気づいた時には、少年を立てに取るようにして後ろに回っていた。




「ラフマン卿、あなた、まさか……!」

「その、まさかです、




 銀手袋をアレッサンドロの眉間に押し当て、言葉の矛先をに向けたまま、

慌てて追いかけてきたエステルを振り返る。

一度背後に閉まった“剣を施した銃(ガンソード)”に手をかけて、は相手の顔を見つめていた。






「エステル、あなたの言う通り、このままだと、私は確実に死ぬでしょう……。

だから、その前に私は彼を殺すわ」











(ブラウザバック推奨)