シェラザードがアレッサンドロを殺そうとしていることは、
にとって、何があっても阻止しなくてはいけないことだった。
しかし、ここで“剣を施した銃”を発射させてしまえば、エステルが止めにかかるのが目に見えていた。
「な、何言ってるの、シェラ? こんな時に冗談はやめてよ……」
「勿論、これは冗談なんかじゃないわ、エステル。……私は、これから教皇を殺すの」
「ちょ、ちょっと待って下さい、シェラザードさん」
シェラザードの振る舞いに、同じように度肝を抜かれていたアベルが、あたふたと口を挟む。
「落ち付いて下さい。とりあえず、その手を聖下から離し……」
「邪魔するな、短生種!」
視線を向けないままで、シェラザードの右手が一閃すると、
アベルを含めたほとんどの人間が勢いよく弾き飛ばされた。
だがは、飛ばされはしたもの、両足でしっかりとブレーキをかけたことによって、
壁への衝突を免れた。
「ミ、ミラノ公! 神父さま! さん!」
「……動かないで、エステル! そちらの短生種達も!」
反射的に被害に会った者達へ駆け寄ろうとしたエステルと特務警官に警告を飛ばす。
そして、視線をに向けた。
「……さすがですね、。この衝撃に耐えられたのは、あなただけです」
「私も自分で自分に驚いているわ」
事実、はこの衝撃に勝てるとは思ってもいなかった。
しかし、手にかけたままの“剣を施した銃”を持つ今の自分なら耐えられると、
どこか自信がどこかにあったのだ。
「あなたとは、出来ればこんな形で会いたくありませんでした。それだけが、私の食いに残ることです」
「私もよ、ラフマン卿。……いいえ、シェラ」
「……ようやく、そう呼んでもらえましたね」
「呼び方なんて、そんなに重要なことじゃないわ。……それより、すぐに聖下を離しなさい。さっきも言ったけど、
私は聖下を護るように命じられて教皇庁に入ったの。だから……」
「それは出来ません」
の申し出を、シェラザードは即反対した。
こればかりは、意見を変えるつもりはないらしい。
「エステル、あなたはこちらに来るのです。他の人は動かないで。……ちょっとでも動いたら、
あなた達の教皇と聖女さまは死にます」
「……各員、その場に止まりなさい」
警告を受けたマタイが、特務警官に命じるが、その背後ではトレスが戦闘拳銃を掲げようとした。
「やめんか、神父トレス! 聖下にあたる!」
「そうよ、トレス。すぐに下ろしなさい」
「否定」
再び上げるトレスに、はシェラザードがエステルに言葉を発している隙を狙い、
前かがみになって、軽く地面を蹴った。
そしてトレスとペテロのところへ向かうと、すぐに彼を制止させた。
「確かにシェラは長生種で、私達の敵かもしれない。けど、今回の事件では、彼女も被害者の1人なの」
「だが、聖下の命を奪おうとしているのは、卿にも理解しているはず」
「それでも駄目よ」
の視線は、鋭くトレスに向けられていた。
それはまるで、「友人」を護るかのように、必死になっているように見える。
「もうこれ以上、無実の人間を殺したくない。あなたにも、殺して欲しくない。それに、
聖下も絶対に殺されたりなどしない」
「そう言いきれる理由は?」
「分からない。けど、彼女がそんなことをする人じゃないことを、一番よく知っているのは私とエステルよ。
……だから信じて」
短生種を愛し、自分も短生種に生まれることを望んでいたシェラザードが、アレッサンドロを殺すわけがない。
は心の底から、そう信じていた。
それは勿論、今彼女を説得しているであろうエステルとて同じだった。
「2人とも……、いいえ、3人とも無事に助かると、信じ……」
最後の言葉は、何かの騒音によって消され、トレスの耳に届けられることはなかった。
慌てて振りかえれば、シェラザードの左胸を、一粒弾が抉っていて、
エステルの手にしている散弾銃からは硝煙があがっていた。
その散弾銃を手にしたエステルの手と重なっていたシェラザードの手から力が抜けると、
その場に崩れていこうとした。
「……シェラ!!」
突然の出来事に、は慌ててその場にかけつけようとした。
だが、今ここでかけつければ、とシェラザードの関係が異端審問局にばれてしまう。
自分が過去に“帝国”へ潜入し、彼女と同じ帝国貴族として、
その身を置いていたという事実を、異端審問局に知られるわけにはいかなかった。
「シェラ! 駄目だ、シェラ! 助けてあげるから。……助けてあげるから!」
「ありがとう。……でも、もう無理ね……」
影から見えるシェラザードの表情に、
は彼女が、まるで何かを成し遂げて満足しきった表情をしているのが分かる。
それと同時に、は彼女が何をしたかったのか、すぐに把握し、かすかに目を大きくした。
(そうか。シェラはエステルを……、エステルを“聖女”にするために、自分を殺させた……!)
正確な事実は分からない。
しかし、シェラザードなら間違いなくやることだと、は何となくだが分かっていた。
それが彼女の“願い”であり、これから先の、未来への“希望”になることを。
「……ご無事ですか、シスター・エステル?」
全てが終わったことを把握したかのように、マタイがゆっくりとエステルへ声をかけた。
それに反応するかのように、はすぐに足を、
シェラザードの攻撃によって壁に吹き飛ばされ、ようやく立ちあがったアベルの方へ向けた。
本当ならば、すぐにエステルの元へ行って、慰めの言葉1つでもかけてあげたかった。
しかし今の彼女には、そんな言葉など無意味でしかない。
ならば、今はこのまま、離れていた方がいいと判断したのだ。
「怪我はない、アベル?」
「え、ええ……。……大丈夫です」
安心したようにほっと息を吐くと、その先にいるカテリーナの元へと向かう。
そっと手を差し出すに、カテリーナは驚いたように彼女を見つめる。
「……どうして」
「え?」
「どうして、私に手を貸すのですか?」
質問され、は一瞬戸惑ったが、その理由がすぐに分かり、思わず呆れた表情をする。
「私は聖下を護るように命じられて、特務警察に入隊した。そして、先代教皇聖下から、あなたの護衛を依頼され、
Axに入った。……あなたの無事を確認するのは、当然のことでしょう?」
妥当の答えだった。
にとって、カテリーナを助けるのは当然のことで、
彼女の身の安全を確認するのは当たり前の行動だった。
何を期待してたのだろう。
愚かな考えをしていたことに、カテリーナは苦笑してから、の手を取り、その場に立ちあがった。
その後、同じくカテリーナの無事を確認してきたトレスに彼女を託すと、
は視線を、再びエステルの方へと向けた。
その表情には、何かを強く誓ったかのように鋭かったのだった。
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